ホオズキのせい


~ 十二月二十九日(土) 布袋 ~


  ホオズキの花言葉 私を誘って下さい


 <ちょっぴりお礼な特別話>



 今まで、どんな過去の記憶を手繰っても。

 俺と穂咲、そしておじさんの三人しかどのページにもいないものと思っていたのですが。


 この七福神巡りに関しては。

 もう一人、誰かがいたようなのです。


 十数年前。

 一緒に歩いた子を必死に思い出そうとしているのは……。


「晴くん、良くん、藍くん……」

「およしなさい。女の子って言ってたじゃないですか」

「じゃあ、風ちゃん、今ちゃん、松っちゃん……」

「ほんとおよしなさい」


 どこからか。

 俺だ私だという声が聞こえて来そうですので。


 ちなみに、大変重要ですのでお断りしておきますが。

 私たちの会話に出て来た方々は。

 いかなる皆様とも一切の関係がございません。


「ホオズキの花言葉じゃあるまいし。お願いされても一緒に七福神巡りなんかしませんからね?」

「誰に言ってるの?」

「さあ」


 実行前に気付いてよかった。

 違う次元からお友達を連れてこようとしていたこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 大変重要ですので繰り返しお断りしておきますが。

 十数年前に一緒に歩いた子は。

 いかなる皆様とも一切の関係がございません。


 ……ですから。

 あなたではありません。



 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、烏帽子の中に押し込んで。

 今日も戦闘態勢ばっちりな穂咲ですが。


「あら、こんなところにカフェなんかできたのね」

「ケーキがおいしそうなの」


 戦闘態勢は見た目ばかり。

 気分は未だ平和条約の真っただ中。


 これでは。

 目的地へたどり着ける気が全くしないのです。


「さっき大福を食べたばかりでしょうに」

「試食で四分の一っきりもらっただけなの」

「それに、大福とケーキを同じ土俵にあげられてもねえ」


 ねー、などと顔を見合わせる乙女二人に。

 逆らう気など湧きません。


 そうですよね。

 洋菓子を食べる行為と和菓子を食べる行為は。

 まったく違う物ですよね。



 ――滅多にないおばさんのお休み。

 きっと、七福神巡りじゃなくてもなんでも良くて。

 穂咲とべったり楽しみたいのでしょうけれど。


 でしたら俺を巻き込む意味、無いじゃないですか。


 俺だってやりたいことがあるわけで。

 そりゃあ、もう一人という誰かさんのことが気になりはしますけど。


「……手をあげない」

「さっきからなに言ってるの?」

「さあ」


 繰り返しお断りしておきますが。

 いかなる皆様とも一切の関係がございませんので。

 参加したがらないように。


 とにかく。


 お二人の邪魔になっているようで。

 なんだか居場所もありませんし。

 どうぞデートをお楽しみくださいという気分なのです。


 そんなことを考えた俺の目の前で。

 おばさんが、カフェの扉をからんからんと開きます。


 すると中から賑やかな声。

 ご近所さんの親戚一同と言った雰囲気の団体さんが。

 テーブルとカウンターをほぼ占拠していたのです。


「申し訳ございません。ただいま、お二人用のお席しかご準備が無く……」


 ウェイトレスさんが俺たち三人の顔を見て。

 ご丁寧にお断りされるのですが。


「では、二人で食べていくと良いのです。俺は家に戻りますので」


 世間の常識とはかけ離れた俺の胃は。

 先ほどのお饅頭でそこそこ膨れておりますし。


 親切心ではなく。

 ごく自然に言ったのですが。


「三人で座れないなら意味無いの」

「そうね。また足を運びます」


 穂咲とおばさんは。

 お店から出てきてしまいました。


「ええと、何と言いましょう」

「気にしないでいいの」

「そうよ、三人で座れなきゃ意味無いからね」

「いいえ、そうではなく」


 俺が首を捻るのを。

 二人してきょとんと見ておりますが。


 素直に嬉しいとは思います。

 俺が仲間外れにならないよう気を使ってくださったようですし。


 でも。


「何と言いましょう、合理的ではないと申しましょうか……」

「別に気にしないでいいの。また機会はあるの」

「それより、地図に書いてある布袋様、この辺りじゃない?」


 画用紙を広げて歩き出したお二人さん。

 ケーキを食べたかったのはあなた方で。

 俺は否定していたのですけれど。


 なんだか親切を押し売りされたような。

 不思議な心地ではあります。


「じゃあ、明日再チャレンジなの」

「お店やってるかしら?」

「そしたら、ショートケーキ食べたいの。道久君は?」

「勝手にショートケーキ頼んじゃうでしょうが」

「ママは久しぶりにモンブラン食べたいわ。そう言えば道久君、最近はコーヒー派なのよね。美味しいと良いわね」

「ケーキの時は紅茶がいいです。おばさんも勝手に頼んじゃダメですよ?」


 どうして俺がいることが前提なのでしょう。

 でも、二人とも親切心で言ってくれているのですよね?


 これは男女の感覚の差なのでしょうか。

 仲間外れにしないという事の価値感。


 寂しがり屋な女性らしい発想と言えばそうなのでしょうけど。

 正直、俺は家でごろごろしていたいのです。


 まあ、カフェの一件はともかく。

 七福神巡りは楽しくて。

 楽しそうにしている二人を見ているのもそれなり幸せで。

 文句を言おうとは思わないのですけれど。


「ああ、これじゃない?」

「ぜんぜん布袋様じゃないの」

「でも、大きな袋担いでるし」


 そう言えばあったなあというおぼろげな記憶しかない小さな神社。

 そこに、時代を感じる風神様と雷神様がいらっしゃいまして。


「ああ、何となく覚えているような気がします。たしかそれが正解だったのではないかと」

「そうだっけ? まあ、いいの。じゃあ早速スタンプを……」


 そして穂咲はスタンプ台を広げたところで首を捻ります。

 どうしました?

 間違えてファンデーションでも持ってきました?


 だったら初めて使った時みたく厚塗りにしないと。

 押したかどうかわかりませんよ?


「やっぱり、もう一人の子がここで押したの」

「……そうでしたっけ」

「そうなの。パパが、ここは誰もいないからじゃんけんでスタンプ押す人を決めなさいって」


 そんな記憶はありませんが。

 穂咲がそういうのなら間違いないのでしょう。


 どうしても思い出せない三人目。

 一体、どなただったのでしょうね。


「……違いますから。ホオズキの花言葉を連呼しないでください」

「誰に言ってるの?」

「さあ」


 繰り返しお断りしておきますが。

 いかなる皆様とも一切の関係がございません。


 …………ございませんから。


 手をあげない。


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