ミカンのせい


~ 十二月二十八日(金) 恵比寿 ~


  ミカンの花言葉 親愛



 昨日、合計三度電車に乗ったのに。

 その都度俺を連れ戻したこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 なにかの術でも持っているのですか?


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を。

 七福神巡りの正式なユニフォーム。

 大黒様の烏帽子に収納して。


 そのてっぺんに、ミカンを一つ乗せています。


「鏡餅ですか?」

「鏡餅ならダイダイなの」

「ダイダイ? ……それもミカンですよね」

「ミカンじゃないの。ダイダイはダイダイでしかないの」

「大きなミカンでしょうに」


 口喧嘩をする俺達を見ながら。

 後ろから付いてくるおばさんが。

 くすくすと笑います。


「あなた達、いつもそんなことやってるの?」

「穂咲がつまらないことを言うからです」

「道久君があんぽんたんなこと言うからなの」


 まったく、変な事ばかり言って。

 困った奴なのです。


 さて、今日一日で何か所まわることができるのやら。

 ひとまず一番簡単そうなところを目指してみたのですが。


 釣り竿と鯛。

 恵比寿様が描かれているこの場所は。


「……刺身くらいならありそうですが」


 居酒屋さんなのです。


 どうしましょう。

 俺と穂咲は、中に入れないのです。


「ここじゃないのかもしれません」

「同感なの。お魚やさんなら分るけど……」

「あら、覚えてないの? 昔はここ、魚やさんだったのよ?」


 え?


 穂咲の顔を見つめると。

 首をふるふると振られます。


 二人して覚えてはいませんが。

 それなら、正解はここだと思うのです。


 でも俺は穂咲と共に。

 そんな居酒屋さんを見つめていることしかできません。


 しかも、扉には準備中の札。

 知り合いでもない限りこれ以上は無理なのです。


「……昔はお魚やさんの隅にスタンプでも置いてあったのでしょうかね」


 いくら昔のゲームを見つけたからと言って。

 さすがにこれで遊ぶには無理があったようで。


 しょぼくれた穂咲の肩を叩いて慰めようとしたのですが。

 そんな俺の脇を抜け。

 おばさんが準備中の札のかかった扉を開いてしまいました。


「大将、いる?」

「藍川さん! また秋山さんとこんな時間から飲む気かい?」

「違うっての」

「おや、お子さんじゃないか、大きくなったねえ! それで? 何の用?」


 おいおい。

 まさかおばさん。


「……常連さんなのです?」

「だってしょうがないじゃない! ここのお魚、冷酒にぴったりなのよ!?」

「知りません」


 呆れた。


「あとで母ちゃんにもこっぴどく説教です」

「おや? こっちは秋山さんとこの子か! もうちょっとしたらおふくろさんと一緒に飲みに来れるな!」

「まだまだめちゃくちゃ先ですよ。それに母ちゃんと一緒なんて御免です」


 さすがに客商売。

 妙に心を打つテンポでお話されるので、つい引き込まれてしまうのですが。


「昔はお魚やさんだったのですか?」

「親父がね! でも俺の代になってすぐにコレにしちまったんだよ! まさか、みんなして魚を買いに来たのか?」

「いいえ、そうなると、大旦那さん? の方じゃないと分からないかもしれませんけど、七福神を探して歩いているのです」


 そう言いながら地図をお見せしたら。

 若旦那さん? は、目を大きく見開いてボロボロになった地図を覗き込みます。


「おいおい、懐かしいなあ! 藍川さんに頼まれたヤツじゃねえか! 俺がお前らのカードにスタンプ押してやったんだよ? 覚えてねえの?」

「ほんとなのです!? いや、すいません。何分小さかった頃のことで……」


 そりゃあ残念だなどと笑うご主人は。

 嬉しそうにスタンプを押してくれました。


「大将、無茶言ってごめんね?」

「ぜんぜん! 藍川さんと秋山さんのお子さんだ、無下にできねえよ! それに藍川さんには世話になったからね。……俺が好きな料理をやっていけるのも、旦那さんのおかげなんだ」


 どうやら、おばさんはご存じのお話のようでしたが。

 ご主人は、ここを居酒屋にするということに反対した先代を。

 穂咲のおじさんが親身に説得してくれたというお話を教えてくれました。


 思わぬ昔話に。

 穂咲も目尻を優しく下げて。

 本物の大黒様のような顔で喜ぶのでした。


「そうなのですね。その時も今日も、ありがとうございます」


 いいってことよと昔を懐かしむご主人は。

 地図に優しい笑顔で手を触れます。


「じゃあ、今日は十数年ぶりの宝探しって訳だ」

「宝? このゲーム、宝探しなのですか?」

「なんだよお前ら。それも知らずに始めたってのか?」


 急に穂咲が目をキラキラさせて俺を見つめてきますが。

 俺も、ちょっとドキドキし始めました。


「一体、ここにはどんなお宝が?」

「さあね、俺もそこまでは知らねえよ。……見つかると良いな、お宝」


 旦那さんはそう言うと。

 鼻歌まじりに仕込みの作業に戻ったのですが。


 そんな意外なお話は。

 俺を、急に夢中にさせたお話は。



 まだ、ただの序章だったのです。



「ああ、そうだ。もう一人の女の子は元気かい?」

「……だれ?」



 こうして七福神巡りは。

 予想外の方向へ転がり始めたのでした。


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