プルヌスのせい


~ 十二月二十七日(木) 七福神巡り ~


  プルヌスの花言葉 困難/邪魔



 テーブルの上に小さな桜。

 こんな季節に良く咲きましたね。


 お正月飾りのつもりで買ったとのことですが。

 元日までお花がもてばいいのですが。


 そんなお花が飾られたテーブルの。

 お向かいに座るのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 桜の花言葉は素敵なものが多いのに。

 それが桜全般を表すプルヌスの花言葉となると。

 途端にネガティブなものになるのです。


 そんなミニチュア桜の向こうには。

 軽い色に染めたゆるふわロング髪が。

 ……見えません。


「その大黒様ルック、なんとかなりませんか?」

「お気に入りなの。あたしの中の、トレンドなの」


 それが?

 ほんとに変なやつなのです。



 ――昨日の父ちゃんの言葉に素直に従えなかった俺は。


 本日は朝から図書館に行くというガセネタをまいてから。

 わざわざ電車で一駅移動して。

 入ったこともない喫茶店でモーニングなど注文したところ。


 それをテーブルまで運んで来た大黒様に強制帰国させられるという。

 もはや理由を考えることもやめたくなるような目に遭ったのです。


「……このトレー、返却しに行かないといけないのです」


 せめてもの救いは。

 冷めても小倉トーストが美味しかったことくらいですね。



「まったく、この大事な時にお出掛けなんて困った道久君なの」

「GPSがオンになっていたからと言って追いかけてくる君の方が困ったやつなのですけれど」

「これを作んなきゃいけないの」


 そんなことを言いながら。

 穂咲はテーブルに大量の消しゴムを並べます。


「…………それは、その状態で完成品です」

「七福神ラリーなの」


 そして、折り目が半分方破けた地図と。

 朱色が何となく一面に塗られた古臭い厚紙を出してきたのですが。


「それ、昔やった覚えがあるような……」

「これにスタンプしてもらったの。ふわっと覚えてるの」

「そうでしたっけ?」


 さらに、画用紙を何枚かと紐を取り出したので。

 ようやく言いたいことが理解できました。


「ラリーを始める前に、スタンプとスタンプ帳を作るのですか?」

「そうなの」


 頷きながら、消しゴムに油性ペンで次々と字を書いていきます。


 エ、黒、ロ、門、ホ、人、天。


 察するに、七福神の名前を表しているようですが。


 なるほど、賢いですね。

 左右対称なら彫りやすいのです。


 仕方がないので簡単そうな「エ」の字を手に取って。

 カッターで塗られたところを彫っていくと。


「道久君、何やってるの?」

「え? 手伝っているように見えませんか?」

「逆なの。そこを残して周りを彫るの」

「面倒!」


 ちょっと愕然。

 でも、膨れた穂咲に勝てるはずもなく。


 すぱっと消しゴムを切ってリセット。

 改めて「エ」の字を書いて、周りを彫っていきました。



 ……年末の慌ただしさが。

 今年は早めに終了してしまったよう。


 静かな町内を。

 鳥の鳴き声が渡り歩きます。


 窓からは斜めに深くお日様が遊びに来て。

 ぽかぽかな温かさをお歳暮代わりに運んでくれます。


 そんな冬の一日。

 気付けばちょっぴり幸せなひと時。


 冷たくなったコーヒーをちびちびと飲みながら。

 三つ目の消しゴムへ手を伸ばすと。


「あ」


 完成品をスタンプ台につけて。

 画用紙にペタンと押した穂咲が変な声をあげました。


「どうしました?」

「寿老人の『人』の字が、『入』になっちったの」


 ……え?

 では、この文字のチョイス、偶然だったのですか?


「左右が逆になるのは当然でしょう」

「しまったの。『門』の字もやり直しなの」

「やり直す必要なんかどこにも…………。みごとに『はね』てますね」

「親なら一万八千点なの」


 穂咲は消しゴムをさくっと切り落として。

 今度はストレートな『門』の字を彫り始めました。


「仕方ない。『人』の字は俺が彫りましょう」

「難問なの。慎重に行くの」


 そんな必要ありませんよ。

 俺は上だけくっ付いた、左右対称な『人』の字をさっと彫ってぺたんとハンコを押すと。


「そういうインチキはずるいの」


 さくっと切られて却下されました。


「やれやれ。では、俺は地図でも解析してますか」

「そんなら、この画用紙を半分に切って張り付けるの」

「はいはい。…………おお、何となく見覚えがあるような気がする地図なのです」


 町内の様子がコミカルに描かれた地図には。

 至る所で七福神が笑っています。


 その場所へ行ってスタンプを押すのですか。

 なかなか楽しそうなのです。


 おばさんも一緒に探すと言っていましたし。

 ちょっとは真面目にやりましょうか。


 しかし、地図がボロボロで。

 ところどころ、何が書いてあるのかよく分からないのですが。


「こんな地図で全部探せますかね?」


 画用紙を切りながら訪ねると。

 穂咲は、急に眉根を寄せてしまいます。


「なんであたしが探すの?」

「え?」

「道久君が探すに決まってるの。変なことを言う道久君なの」


 そうでした。

 プルヌスの花言葉は困難、あるいは邪魔。


 これが活けてある時点で。

 困難については諦めるべきでした。


 俺が昨日の父ちゃんの言葉を頼りに理性を辛うじて保っていたら。

 おばさんが、ドタバタと居間へ駈け込んで来ました。


「ほっちゃん。今日中にお仕事片付きそうだけど、明日探しに行くの?」

「そうなの」

「ふふふ、じゃあ、ママは二人の行く手を遮る敵として暗躍するから!」


 …………なに言ってるの?

 ああ、しまった。


 もう一つの花言葉の方でしたか。



 面倒なことになったので。

 モーニングのトレーを返却しに行くふりをして。

 そのまま旅に出ましょう。


 もちろん。

 携帯は家に置いていきます。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る