第3話

目が覚めると自室のベッドの上……ではなく玄関にいた

我ながらひどい寝相である

顔を洗おうと洗面台の前に立ち、自分の姿を見る

「……あれ、スーツ?」

自分の格好に驚いてしまった

どうやら私は仕事から帰ってそのまま玄関で寝ていたらしい

「昨日、仕事だったっけ……」

昨日のことを思い出そうとしたが、記憶が抜け落ちでもしてしまったかのように何も思い出すことが出来ない

「なんで……」

混乱と同時に恐怖に襲われる

「そうだ、スマホ」

いつもSNSやスケジュール管理をしているスマホを見れば何かわかるかも、と思いカバンからスマホを取り出し、手帳型のケースを開く

「12月24日、土曜日、9時27分…」

ロック画面に表示された現在日時を読み上げる

「今日の予定、デート、駅に10時」

バナーに表示されたスケジュールの通知

「……駅に10時?!」

もう一度時間を確認する

あと、30分

「急がなきゃ」

我ながら冷静だ

まずやることは……

「……もしもし?ごめん、ちょっと遅れちゃう」

遅刻の連絡と謝罪

これで大丈夫、少しは時間の余裕ができた

電話を終え、ケースを閉じると1枚のカードが落ちる

「こんなところに名刺なんて入れないのに…」

白いカードには地図のようなものが印刷されている

名刺に地図が印刷されていることなど滅多にない

不思議に思い裏返すと、そこにあったのは見慣れないアルファベットの文字列だった


「バー、ロイヤルクロエ……」


その文字列を読み上げる

「この名前、どこかで…」

聞いたことがあるような、ないような

初見ではないような気がするのに、知っているわけではない

何かが引っかかっている感じがする

だが……

「いけない、こんなことしてる時間ないんだった」

カードを玄関の靴箱の上に置き、出かける準備を始める

シャワーを浴び、髪を整えていつもとは違う化粧を施した

服は前から決めていたワンピース

この時期には少し寒いかもしれないが、それも含めて色気ということにする

忘れ物がないか確認し、鍵を手にとって家を出る

鍵を閉めようとした時、あのカードを思い出した

もう一度ドアを開けて見た時には、カードはなくなってた

「なんだったんだろう…」

解消されない蟠りを抱えたまま鍵を閉める



ドアから鍵を抜いた時には、もう忘れてしまっていた



さっきまで何を悩んでいたんだっけ…

忘れてしまったものは仕方ない

占めて30分の遅刻

謝罪から始まるデートで申し訳ないが、今日1日を楽しむことにしよう

そう思って、駅に向かって歩き出した


















いらっしゃいませ

ようこそ、ロイヤルクロエへ

え、僕ですか?

ただのバーテンですよ

クリスマスの夜に仕事をするくらい寂しい人間です

何を疑っているんです?

僕をつついたところで、何も出やしませんよ

ここはお客様に素敵な時間をお届けするだけの、ただのバーですから

何も特別なものはありません

あぁ、あのカクテルですか?

あの子はキャロルって言うんです、ブランデーとベルモットのカクテルで……って、その説明はさっきもしましたね

意味は、「この想いを君に捧げる」

キザなことするな、なんて思いました?

ちょっと頑張っちゃいました

結局、彼女は忘れてしまうでしょうけどね

どうしてわかるのか?

それはここが「ロイヤルクロエ」だからですよ

何を訳の分からないことを、って顔してますね

まあまあ、まずは一杯いかがですか

まったく、その警戒心の強さ、誰かさんと一緒ですね

わかりました、お話しますよ

これできっと、謎は解けるでしょう






ロイヤルクロエ、和名、管丁字

花言葉は、「夢」

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覚めざらましを 雪代 @y_snow

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