第4話 取り扱い注意

 麻衣から言われたラウンジへとやってきたのだが、結局来栄はついてきた。

 その時既にいた麻衣の顔は本当にやばかった。下手に会話をすればえらい目にあう。それはわかりきっていた。


「あら伊月?変な虫けらが横についてるけどどうしたの?」


「えー!?虫けらって私のこと?酷いな麻衣ちゃーん」


 しかし喜んでいた。来栄にはどんな罵倒も褒め言葉のように感じるらしい。

 紅い縁の眼鏡の女来栄は左の人差し指を眉間部分のフレームに当てて掛け直した。


「あなたって伊月にだいたいくっついてるけど、友達少ないの?ぼっちなの?」


「うーん…ぼっちって訳では無いけど、私はいっちゃんと居る時が1番楽しいから!」


 確かに来栄はいつも傍にいた。私が着いてくるなと言っても着いてくる、そんな関係が今に至っている。

 来栄を意識したこともある。しかし、幼馴染であるということも心の中で邪魔してきた。


「もう、仕方ないから…3人で食べよう?」


 私はこのままでは拉致があかないと考えて妥協するように麻衣に促した。

 しかし、それにホイホイ呑むような彼女では無い。


「私変態ドMメガネと一緒にご飯を食べるなんてまっぴらなんだけど?」


 眉間に皺を寄せて露骨に嫌そうな顔をしていた。そして右手を人差し指から順番に流れるように開いたり閉じたりしていた。

 これは麻衣がイライラしている時にでるクセである。


「もう麻衣ちゃんたらー。そんな目をしないでよーゾクゾクしちゃうから」


 こんな状況でよく笑っていられるなこの変態は。お前が良くとも後で被害を受けるのは私なのである。

 それをそろそろ理解してもらわないと私の身が持たない。

 そこで、麻衣を宥めようと耳打ちをした。


「頼むから…とりあえず今日は我慢してくれ…」


「へぇ…私に我慢しろって言うの…?」


「分かってる…お前が怒ってるのは、分かってるから…」


「まぁ…後で…よね?」


 妥協を呑んでくれたものの、それ相応の代償を払うことになってしまった。

 麻衣は不敵な笑みを浮かべており、怖かった。一体何をされるのだろうか、考えるだけでゾッとしてきた。


「ねぇねぇー何話してるのー?」


 耳打ちをしていた私たちの方に来栄がこちらの方にやってきた。

 しかし、あまり聞かれたくないような話であったため直ぐにやめた。


「じゃあ…3人で食べるとするか?」


「わーい!いこう!」


「チッ…」


 あぁ…やはり露骨に嫌な顔をしている。それに舌打ちまでわざと聞こえるようにしている。それに対して来栄は気にしてるような素振りは全くなかった。

 これが私の彼女と幼馴染である。私は禿げるのではないかと言うほど苦労をしている。

 他の学生からも見られているため、早いところ場所を変えることにした。


 ◇◆◇◆◇◆


 有名な建築家が作ったらしいのか内部は色々とこだわっており、壁に緑を生やしたり、無駄に豪華なシャンデリア、座り心地の良いクッションの入った木の椅子や机、そして真ん中にどんと置かれた噴水という大学の食堂にやってきた。

 ここは、「第6食堂」という所である。うちの大学は全部で10の食堂があるがここはその中でも新しい。最近新築されてるからである。


「まぁ…ここが無難よね」


「私日替わり定食にしよー」


「はぁ…疲れた…」


 2人の相手をするのは並大抵の人間では不可能である。なんせドSとドMが一緒にいるのだから。まぁ…大変である。

 ご飯を食べたいが疲れてそれどころでも無くなっていた。


「伊月は何が食べたいの?」


「俺はカツカレーかな」


「そう、分かったわ」


 私が食べたいものを聞いて麻衣は注文するカウンターの方へといった。

 疲れた私のために、持ってきてくれるのだろうか。

 普段私への扱いが酷いがやはり優しいのだなと少し涙が出そうになっていた。

 少し待つと、お金を払いこちらへお盆を持ってくる麻衣がいた。

 疲れも取れてお腹も空いてきたため、楽しみで仕方がなかった。


「さてと食べようかしら」


「え?」


「どうしたの?伊月?」


 私は唖然としていた。麻衣のお盆に乗っていたのは肉うどんだけであった。

 他は箸と水の入ったコップしか乗っていなかった。私のカツカレーはなかったのだ。


「え?俺のカツカレーは?持ってきてくれたんじゃ…?」


「何言ってるの?自分のものは自分で取りいきなさいよ?バカなの?」


 彼女は冷静にそう言っていた。しかしよく見ると少し薄ら笑いを浮かべていた。

 まさか、わざと聞いたのだろうか。持ってくるように見せかけておいて。


「いっちゃん食べないの?」


 後ろから今日の日替わり定食のすき焼き定食をお盆に乗せた来栄が尋ねてきた。


「くっ…今から取ってきます…」


 食べられると思ったのに、まさかの誤算であった。こんな些細なことであっても麻衣はドSを発揮してくる。

 私の考えは甘かったようだ。とぼとぼとカウンターの方へと向かっていくのだった。

 その後、お昼を食べ終えた後は私と麻衣はもう1つ授業があり、来栄は2つ授業があった。

 それぞれ授業が違ったため、各教室に行くため一旦別れた。


「やぁやぁ…ひなちゃん。なんか元気無さそうだけど大丈夫?」


「あぁ…気にするな…いつものやつだ」


 私は少し古い8号館という建物の826教室という所にいた。

 建物は古くて所々壁の塗装が剥がれて木特有の茶色がむき出していたり、業務用エアコンが黄ばんでいたり、上げ下げ式の木の椅子はギシギシ言うような教室である。

 そんな教室の真ん中の左端に私は友達の女の子と座っていた。

 言っておくが浮気などではない。この子はサークルの友達なのだ。

 この授業で知っている友達が彼女しかいないから一緒に受けているのだ。


「あぁ…噂の彼女さん?大変そうだねー」


「と幼馴染だよ…アイツらが一緒にいると大変なんだよ…」


 アッシュ系に染めあげたボブカットの小動物のような可愛らしさの少し胸が寂しげな女性。

 この子の名前は志波雪路しわゆきじである。話し方もフワフワしており、癒しである。私は彼女から朝比奈という名字から「ひなちゃん」と呼ばれている。

 まぁなんでもいい。可愛いから許す。正直こんなこと麻衣の前で言えば殺される。


「両手に花だね。でもひなちゃん優しいから彼女さんたちの気持ち分かるなー」


「ははは。まぁ別に嫌いじゃないし、むしろ好きだからいるんだけどね…」


 雪路、普段私はユッキーと呼んでいるからそちらで呼ばせて貰うと、ユッキーと話している時は心が穏やかになる。

 というか心が洗われていく気がする。

 先生がやって来て授業が始まった。私の学部は商学部であり、この大学では最も古く歴史のある学部である。しかし、そんな伝統とは裏腹に単位を取ることが容易であることから、楽商学部らくしょうがくぶと蔑称で呼ばれている。

 ただそれはこの学部のことを知らないバカ共が言っていることであり、実際はどれも難しい。


「そういえばひなちゃん。ゼミ選び決めた?」


「あー、すっかり忘れてた…」


「前期テスト前まで希望出さないといけないからね…ゼミ相談どこかいったの?」


「どこも言ってないわ…」


 今私は2年生である。2年生からは希望制でゼミ選択がある。

 しかしまだ私はどこに入るか決めてはおらず、ゼミ相談にすら行ってないという状況であった。

 これにはユッキーも少し呆れたような顔をしていた。


「ちゃんといかないとダメだよ?ゼミ相談行ったことも選考の評価になるから」


 彼女の言う通り、どこかにいかなければならない。しかし、あまり行きたいと思うようなところがレジュメからでは見つからなかったのである。


「そうだ。今度三島ゼミに行ってみようよ!」


「え、あの三島先生の?」


 三島ゼミとは管理会計を専攻としたゼミである。うちの大学には2つの会計のゼミがあり、ひとつは人気があり、毎年倍率の高い相川ゼミそして、先程の三島ゼミである。

 三島ゼミの先生である三島由香里准教授はまだ30代の教授の中では若い部類の人である。

 美人であるが、性格が少しキツそうな感じの人であったために私は苦手だった。


「明日行こうよ!」


「そうだな…ひとつくらいはいくか」


 ユッキーの誘いを断る理由もないためこれで決まった。

 そういえば麻衣もどこかのゼミに友だちとゼミ相談いくって聞いたような気がしたがあまり記憶にはなかった。

 その後は経営心理学の講義を聴いて時間が経っていた。


「これで今日の講義を終わります。お疲れ様でした」


 教壇に立っている先生がそう言うと、学生は漏斗を流れていく水のように狭い入口に吸い寄せられるように帰っていた。


「じゃあ帰るとするか」


「そうだね」


 私たちも帰ることにした。だいぶ落ち着いてきておりすんなりと出口へと行くことが出来た。

 出口を出るとニコニコと笑顔を作っている麻衣の姿がそこにはあった。


「ま、麻衣?もう授業終わったのか?」


「えぇ。だからあなたを迎えに来てあげたのよ?」


 言葉に棘があった。それにどことなく不機嫌そうにしていた。理由は自分自身でも分かる。恐らく自分の知らない女が彼氏と楽しそうに話していたなら不機嫌になる彼女は多いのではなかろうか。

 私はハーレム系ラノベ主人公やご都合主義主人公が大っ嫌いなのだ。

 だからこそ、ここでとぼけたようなことはしない。


「そちらの方は?」


「この娘はうちのサークルの友達だよ」


「はじめまして。志波雪路しわゆきじです。ひなちゃん…伊月くんとはサークルの友達です」


 わざわざ頭まで下げて丁重に挨拶をするユッキーを吟味するかのようにジロジロと上から下まで見ていた。


「このロリコン…」


 私に近づいてぼそっとそう呟いた。そしてお腹の皮ををぎゅっと力強くつまんだ。

 と言うよりもロリコンという言い方は失礼だろと思ったが、幸い向こうには聞こえてなかったからよかった。


「う…」


 痛みがピリピリと伝わってくる。


「はじめまして。伊月の五十嵐麻衣いがらしまいです」


 麻衣はやけに彼女という部分挨拶はするものの、礼まではしない。それが私の彼女麻衣である。

 人に頭を下げるなど知るほど嫌と言うくらいであるから。


「あ、私バイトがあるからこれで失礼します!」


 ユッキーは私たちに気を使ってくれたのか、はたまたこの妙な空気に耐えられなかったのか、そう言うと軽く会釈して帰っていった。


「ふふふ。私が言いたいこと分かる?」


「……。考えたくない…」


「お仕置きね」


 終わった。今日の出来事のせいでかなり麻衣はイライラしている。朝から来栄からの邪魔、昼も来栄、帰り際には自分の知らない女と話していた。彼女が怒らないわけがない。


「あら?あなたに拒否権なんてないわよ?はいかYESしかないから」


 人権とは?君は日本国憲法第11条のことを知らないのか?基本的人権の尊重を。

 とんだ独裁国の女王だよ。でもそういうところも受け入れて付き合っているのだから、どうしようもない。


「さて、いきましょうか?い・つ・き?」


「は、はい…」


 ガクッと項垂れ彼女の言うことを渋々聞くことにした。

 一体どんなお仕置きが待ってるんだろうか。興奮などまったくしない。と言ったら嘘になってしまう。

 最近おかしくなったのも絶対に麻衣のせいな気がしてきた…。


















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る