第3話 自称ドMの幼馴染は面倒くさい

 朝ごはんを食べたあとは麻衣と共に大学へと向かった。家から大学までは電車を利用して通学している。

 本当は一人暮らししたいのだが、下の妹たちもいるためあまりお金をかけられないからということで電車通学なのだ。

 麻衣は私の家から徒歩15分程の所にありさほど遠くはない。


「今日はお昼何食べる?」


「うーん、私はなんでもいいよ」


「じゃあ学食の定食でいい?」


「定食って気分では無いのよね…」


 いや今自分なんでもいい言ってましたやん。


「じゃあ丼物?」


「丼物も違うかなー」


 なんでもいいとは?彼女中でなんでもいいとは一体何を指しているのだろうか。

 これでは全く話が進まない。駅までの間になるべく決めたいのだが、決まりそうになさそうである。


「あ、おはよう2人とも!!」


 この前に進まない会話に割って入ってくるように、元気な挨拶が後ろから聞こえてきた。

 振り返ると満面の笑みした紅い縁のメガネが特徴の薄ピンク色のミディアムヘアの巨乳の女性がいた。


「なんだお前か」


「酷いなーいっちゃん。でもそういう素っ気ないの嫌いじゃないよ?」


「チッ…」


 今あからさまに舌打ちをした麻衣である。顔も不機嫌そうにしている。

 ちなみにこのヘラヘラしているメガネの女性は私の幼馴染である執行来栄しぎょうくるはである。

 余談になるが、家は私の家のすぐ隣なのだ。そして同じ大学。ならばなぜ一緒に行かないのかというのは…。


「麻衣ちゃんおはよう!」


「あら?生きてたの執行さん?目覚めなくて良かったのに」


「うん!元気だよ!朝から気持ちいい罵倒ありがとう!」


 麻衣は冗談などひとつも言っていない。これは全て本心なのだ。

 それほどに来栄くるはを嫌っている。どうしてなのかはイマイチ分からないが。


「お前もハート強いなこれだけ言われても笑ってるなんて」


「だって罵られるの大好きだもん、興奮してくるよね?」


「いや、しねぇよ」


 私の幼馴染はドMの変態なのだ。しかもかなりめんどくさい。

 並の人間なら関わりたくなくなるくらいに。私も幼馴染でなければ絶対に関わりたくはない。

 それほどにヤバい人物なのだ。麻衣と来栄くるはは中学からの同級生同士であるが、2人は仲が良いとは言えない。

 記憶にある限りでは麻衣にしつこくドMを来栄くるはは発揮していたはずである。


「ねぇねぇいっちゃん!今日一緒にお昼食べよ!?」


「え?あ、でも俺麻衣と食べるから」


「じゃあ麻衣ちゃんも一緒に食べよ!」


 おかしいな。私は麻衣と食べると言っているはずなのに、何故か麻衣が後付のようになっていた。

 来栄くるははマイペースなところがある。幼馴染である私は慣れていからいいものの、麻衣からしてみればイライラするだろう。

 麻衣は自分のペースや予定など狂わされるのが死ぬほど嫌っているからである。


「ねぇ執行さん?あなたは私に打たれたいのかしら?それとも…」


「それいいね!打たれるってなんだかエッチな気分になっていいかも!」


 ニコニコ笑っていられる来栄が私は恐ろしい。麻衣恐らく冗談ではなく本気で実行するはず。付き合っているからこそそこら辺はよく分かる。

 麻衣の方も表向きは笑ってはいるが目が全く笑っていない。

 ただ来栄の暴走を止めなければ、後で尻拭いをするのは私である。


「ちょっとまった!…おい来栄…お前マジでふざけるな…後で尻拭いするのはおれなんだぞ…?」


「えぇ…?だってーいっちゃんと一緒に食べたかったのに…」


 来栄を掴んで小声で話をした。


「頼むからやめてくれ…麻衣の機嫌を損ねるのだけは…」


「まぁ…後で私のお願い聞いてくれるならいいけど…ね?」


 こいつ…。しかしこれを聞かなければ後々面倒なことが起こってしまう。

 仕方なくここは我慢して来栄の意見を呑むことにした。

 結局この後、私は彼女の麻衣、そして幼馴染の来栄と一緒に大学に行くことになってしまった。

 この時終始不機嫌な顔をして尚且つ、時たま舌打ちをしていた麻衣と、それを知らんようにした笑顔の来栄を見て嫌な汗がで続けるのだった。


 ◇◆◇◆◇◆


 あの重くしい通学時間からある程度時間が経った頃、授業であの来栄と一緒になったのだった。

 あいつはわざとらしく俺の隣に座ってきた。


「ここ空いてるー?」


「もう座ってるじゃねぇかよ…」


 既に座っていた来栄に突っ込んだ。しかし彼女はそれでは足らずに私の方へと身体を近づけてくる。

 大教室であるためあまり目立ちはしないが、傍から見たらバカップルのように見られるだろう。

 全くのゴメンだ。別に嫌いではないが鬱陶しい。なぜわざわざ詰める必要があるのか分からない。

 私が左利きと知っておきながら、わざわざ左側に座り詰めてくる。

 嫌でも彼女に当たってしまうのだ。

 わざとやっているのだろうか?


「狭いから詰めるな。字がかきにくい」


「そんなこと言わないでよー興奮しちゃうから?」


 どういう事?どういうこと?一体さっきのどこに興奮する要素があった?もしこれで興奮しているとしたら確実に変態である。

 いや、来栄は変態である。幼い頃からそれは変わりない。

 一緒に遊んでいる時も、使いたいおもちゃがあった時、彼女から奪うとそれに顔を赤らめて、「もう、強引なんだから…いいよ…私をめちゃくちゃにして!」なんてこと口走っていたくらいである。


「ねぇねぇ、いっちゃん」


「なんだよ?」


 もうすぐ授業が始まるというのにまだ話しかけてきた。


「麻衣ちゃんのこと好き?」


「あぁ、そうだよ。それが?」


「私のことは?」


 いつものニコニコした顔でそう質問をする。顔が近いのもあってどこか恥ずかしさがあるが、そこは彼女のペースに乗せられないように素っ気なく返した。


「まぁ、幼馴染としては嫌いではないけど…」


「じゃあ好きなんだね?」


「いや、まぁ…人としてな?」


「じゃあ異性としては?」


 なんだかグイグイとくる。でもこの質問は割とされたことがある。

 どうせ、罵られたくてこのような質問を毎回しているのだろう。


「それはないな。お前とは小さい時の仲だからお前のことはだいたい知ってるからな」


「ははは。まぁ、そうだね。からの仲だもんね?」


 来栄は笑顔は変えなかった。彼女は常に笑顔である。どれだけの罵倒や暴言にも喜ぶ。

 小さい頃の心ながら凄いなと感じていた。今となってはやばいやつにしか見えないが…。


「ちょっとお手洗い行ってくるね」


「あぁ、授業始まるから急げよ?」


 そう言うと来栄はトイレへと向かっていった。

 これが私の幼馴染である。皆さんが好きか嫌いかは別れるかもしれないが、少なくとも私は好きである。1人の人間として。


 ◇◆◇◆◇◆


 たまらない…。そう、彼からのあの言葉いつ聞いても私にとっては心地よい響きであった。


「はぁ…。今日も最高だよ…いっちゃん」


 トイレの個室で1人何か《こと》を及んでいた。彼女は手に紺のハンカチを持っていた。

 そしてそれの匂いを嗅いではもう片方の手である場所を触っていた。


「あっ…いい…はぁ…はぁ…たまらない…」


 頬は赤らめて淫乱な瞳をしていた。まるでメスのようにいやらしく淫靡なものであった。


「もっと欲しい。足りない…いっちゃんが私のものになってくれれば…」


 私はいっちゃん。そう伊月に対して感情を抱いている。

 もう何十年も続くこの気持ち。いつも必死に抑えているのだ。

 しかし、いっちゃんには彼女がいた。彼女の名前は五十嵐麻衣いがらしまい

 私とは中学と高校の同級生である。ぽっと出の彼女にいっちゃんを奪い取られた時は腸が煮えくり返っていた。

 しかし、同時に抱いたのは大切ないっちゃんを取られたことに対してひとつの寝取られ感情を抱いた。

 それが私にとってはなぜかのように感じたのだ。

 この二律背反ジレンマが私の心を苦しめている。


「いっちゃん…いっちゃん…いっちゃん…いっちゃん…」


 私自身この感情を自分自身でしか慰めることはできなかった。今は自分で慰めるとしよう。

 しかし、またいつかいっちゃんが私の傍に戻ってくるはず…。



 その後来栄が帰ってきたのは授業が始まって30分後のことであった。












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