第12話 放課後の晩餐
「今日隼くんと奏先輩は?」
「鈴ちゃん、今日は木曜だよ。元からオフやで。今日はたまたまトップの手が足りなくて鈴ちゃんを呼んだだけ」
「まあ、滝川は記事が完成してからでないと何もできない担当だし、立石ならもう原稿は届いた」
そう言って嵯峨は先程から目を通している原稿をヒラヒラと振って見せた。それに比べて鈴はまだ始めの一文字を開ける作業すらしていない。まだ終わりそうもない調査集計にちらりと目をやり、思わずため息が出そうになるのを噛み締めた。その様子を嵯峨は悟ったのか、原稿を持ったまま腰に手をやって言った。
「そんなに進度は気にするな。セカンドには神江ノベルがあるっていうのもあるし。今回のトップは重要だからな。まあいつも重要だが」
「七十五号の発行はいつまでって決めてんの?」
「……一学期中間より前には終わらせたい」
一学期中間。そんなことはすっかり鈴も香も忘れていた。そうだ、部活ばかりに専念する訳にも行かないのだった。高校生の本職である、学業。それを怠ってしまったら―おまけに理系科目を怠ってしまったら―どうなるか分かったものではない。まだ顧問が多田で良かったと鈴はつくづく思った。元から国語は得意な方である。
「中間の勉強もちゃんとしないと、俺みたいになっちゃうからねぇ」
市来はへらへらと笑いながら椅子に座り、今度は生徒会に対してどう思うかで集計を開始した。その設問の集計は想像以上に早く終わった。何故なら生徒会に賛成と回答した生徒が5割にも満たなかったからだ。
季節はまだ春ということもあり、外は暗く感じなかったが時計は七時を過ぎていた。七時のチャイムに気づいた人すら居なかった。流石にそのくらいの時刻になると、また多田が登場した。
「熱血なのは良いがね、部員ども。そろそろ帰りの支度をした方が良いのでは」
はーい、とそれぞれ多田に返事をすると帰りの支度を高速で始めた。支度をしながら市来が香に話していた。
「集計データは俺にお任せ下さい。新聞部だけど数学の方ができるんだぜ」
「ありがとうございます、市来先輩」
「俺こう見えて理系クラスなんだよ。国語の方ができない。多田ティーにはたまに世話になる」
嵯峨が部室の明かりを消し、ドアの施錠をした。鍵を返しに職員室に向かった嵯峨の帰りを鈴達は待っていた。鈴は帰ろうと思ったが、市来が昇降口に向かわなかった為、何となくその場にいた。ここの部活は部員が少ないからなのか、とても部員一人一人と関わりやすかった。かなり個性的ではあるが。
嵯峨が戻ってくると市来は口を開いた。
「もう七時半だしさ、この後飯行かない?」
「俺は別に構わないが……二人はどうする?」
鈴はいきなりの展開に一瞬戸惑ったが、このまま帰宅したら家に着くのは八時を過ぎてしまうだろう。香はどっちでも、という非常に困った答え方をした。鈴ちゃんは、と市来が答えを待っていた。鈴は急いでスマホを取り出した。
「とりあえず親に連絡していいですか?多分大丈夫だと思います!生物的にご飯を体が求めています」
最後の台詞がおかしかったのか、声を上げて市来は笑った。嵯峨も軽く吹き出していた。鈴は自分も変人の一人なのかもしれない、とつくづく思い始めてきた。母に夕飯はいらない、と連絡したところで鈴はようやくうなずいた。
「まあご飯って言ってもサイゼなんだけどね!俺も生物的に体が飯を欲してるよぉー」
学校の最寄り駅前のサイゼに四人は向かった。傍から見ればただのダブルデートのようだ。しかし、男先輩二人が一緒に帰ってくれるのは後輩にとってなかなか心強かった。先輩、しかも異性の先輩と夜ご飯を食べるなんて、普通だったら緊張もするし話題も必死に探そうとするだろう。しかし市来がいたおかげでそんな心配は無かった(市来は殆ど一人で喋っていた)。
市来は一人で一皿チキンサラダを注文し一人で食べていた。嵯峨はセットについているシーザーサラダ、鈴と香は二人で一皿、市来と同じものを食べていた。
「市来先輩って大食い……?」
香がおそるおそる聞くと市来は首を振って人並みです、と答える。嵯峨は黙って黙々と食べていた。
「俺、こう見えてベジタリアンなのよ」
「へえ意外。焼肉とか凄く好きそうなのに」
「肉とか魚とかタンパク源めっちゃ食べるのは嵯峨っち。食べれるもんは何でも食べちゃうのが滝川奏」
「何故フルネーム」
注文したものがやってきて、それぞれ個々の夕食に手をつけた。時刻は七時五十分。お腹が鳴るところだった。よくよく考えてみると、これは鈴にとって人生初の"放課後JK"だった。まだ茜と遊ぶ約束はしていなかったし、部活が終わったら真っ直ぐ家に帰宅していた。まさか、先輩達との夕食が"放課後JK"になるなんて。制服でプリを撮ったりスタバに行ったりするのを夢見ていた。これから毎日部活に追われる日々が私を待ちうけている……。
「手が止まってるぞ神江。神江?どうした、神江」
嵯峨の声ではっと我に返った。正面に座っている市来も心配そうな顔をしていた。そしていつものように笑う。
「栞先輩に出会った日のことでも回想してるの?今って感じだけど。俺気になってたんだけどさ、自己紹介で鈴ちゃんああやって言ったの、流石にアドリブでしょう?」
「アドリブじゃないです……本気でした……というより隼くんと香が優秀過ぎて、私ただの浮いた奴ですよ」
「まじかよ、それはやっべえわ。でもねぇ、本当新入生は入らないんじゃないかって心配してたんだよ、俺達。ねえ嵯峨っち?」
ああ、と嵯峨は答えると口にグリルチキンを運ぶ。しかし鈴が盗み聞きをした時は十二人中三人しか入部させなかった、とか言っていたような。かつては新聞部は人気部活だったんじゃないのか?
「新聞部は結構入部希望者……多かったんじゃないですか?」
「え?誰から聞いたの、その話」
「く、クラスの友達がそういう噂を聞いたって、だから」
市来と嵯峨は一瞬顔を見合わせたが、嵯峨はすぐに自分の食事を始めた。代わりに市来が口を開いた。
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