第10話 調査用紙は荒ぶる

  部室に戻ると、市来と香が机の上をプリントで山積みにして黙々と作業を行っていた。


 「嵯峨っち、鈴ちゃん、お疲れ様ぁー。どうだった、取材は」

 「取材と言うよりも神江は生徒会に宣戦布告をした」


  市来が口をポカンと開けている中、嵯峨はどかっと椅子に座った。嵯峨は座って腕を組むだけで特に言葉を何も発さなかった。開いている窓からひゅうと風が入ってきて、プリントが舞った。香が慌ててプリントをかき集め、嵯峨はくしゃみをした。


 「窓を開けっぱなしにするなって言っただろ。花粉症になってしまう」

 「いやもうなってるんじゃないすか?」


  また風が強く吹き込み、市来の机の上にあるプリントが舞い上がる。それを急いで集めるのは何故か香。鈴は香の元へ行って床に落ちるプリントを拾う手伝いをした。


 「どゆこと、宣戦布告って」

 「あ?」

 「新聞部廃部の危機じゃないっすか!?」


  やはり嵯峨は何も言わない。見兼ねた市来は今度は鈴に視線をずらした。鈴はかき集めたプリントを抱え、市来に向き直る。


 「生徒の声次第です。私はとりあえず次号のファンファーレを見てください、と会長に頼んだだけです」

 「え?!取材は?!」

 「週三以下の噂は本当かどうかちゃんと質問しましたよ!」

 「で、ガチだった?ガセだった?」

 「ガチでした」


  市来は頭を抱えて、椅子に座り込んだ。え、私は何か不味いことをしたんだろうか。鈴は少しあたふたした。市来はこちらを見ずに鈴にまた尋ねた。


 「他に取材したことは?俺と香ちゃんで作ったメモ、持っていったでしょ鈴ちゃん」

  「それしか取材はしてません。嵯峨先輩がその……ドッキリを、取り乱すドッキリを私に仕掛けてきたので」

 「……嵯峨っち会長にまた喧嘩腰になったの?ドッキリとか……半分本当で半分嘘でしょ」

 「左様」

 「左様じゃねえよ!新聞部に墓穴を掘ったんだよ部長がぁぁ!このクソ部長がぁぁぁ!!」


  鈴と香はいきなり叫んだ市来の声にびくっとした。市来は黙って椅子に座る嵯峨の元へ行き、嵯峨の胸元を掴んだ。


 「お前部長のくせに何生徒会に感情でたてついてんだよアアア?!」


  このままだと男子高校生の喧嘩が始まってしまう。後輩二人は顔を見合わせ、オロオロとした。

  いや待て。これは予想外の事態。もしかしたらこれって市来先輩の―と思った瞬間、香がプリントを手に叫んだ。


 「市来先輩聞いてください!生徒のアンケート結果、週三以下は廃部に対して反対意見が沢山出ています!!これを大々的にトップに載せれば、生徒会も考え直してくれますよ!生徒も実際に不満に感じていたんですから!鈴ちゃんが既にファンファーレの宣伝はしてきているし!」

 「あっそうなの、なら問題無いね」

 「切り替え早くないですか?!」

 「鈴ちゃんはもう経験済だけど、香ちゃんは初めてだったね」


  市来がニヤニヤとしながらまた椅子に座り、作業に戻った。はぁ、とため息をついて嵯峨が口を開いた。


 「経験済って言葉何か嫌じゃないか市来」

 「え〜?嵯峨っち何考えとるん?」

 「何でもない」

 「でも今回の新入生の皆さんは優秀だよぉ。鈴ちゃんなんて小説まで書いちゃうからね。凄いわぁ」


  香もほっと胸を撫で下ろし、市来の隣の机に向かった。鈴は香の席の前だったため、鈴が椅子に座るとプリントの束がよく見えた。

  入りたい部活に入れているか。入れているに丸。生徒会の部活対策について不満があるか無いか。あるに丸。アンケートは丸をつけたり、簡潔に答えたりするだけの非常に簡単で短い設問だった。


 「あの、市来先輩。私何か手伝えることとか……」

 「ああうーん、そうだね……香ちゃんちょっと半分くらい渡してあげて。今は入りたい部活に入れているかいないかでの集計をとってる。入れていないって答えている人は入りたい部活が書いているはずだから、ざっと見て何か変わったのがあったらメモしておいて。トップを書くのは鈴ちゃんだからね。そういうことを残しておくと記事が書きやすい。データは俺と香ちゃんに任せて」


  渡されたプリントの束は単行本一冊くらいの厚さがあった。まずは入れているかいないかで仕分け。その作業はすぐに終わり、それぞれの枚数を数える。次は入れていない人の詳細回答に目を通す。

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