第9話 取材相手は犬猿の仲

 何故新聞部なのに私は廊下を走っているのだろう。そんなことをつくづく考えてしまうのだった。

  生徒会室前には既に嵯峨が立って待ち構えていた。


 「カメラまで持ってきて、準備は万端だな神江」

 「はい。あと五分くらいですかね」

 「神江、先に謝っておくが。俺と生徒会長は非常に仲が悪い。というよりも相性が悪いのだ」

 「確かに仲は良くなさそうですね」


  嵯峨と生徒会長は雰囲気が似ている。雰囲気が似ている人って誰でもあまり近づかない傾向がある。逆に良さそうな例は嵯峨と市来だ。


 「今回のアポも、あの愛嬌だけはある市来に頼んだんだ……流石だな、市来は。よくあんな奴と会話ができるもんだ」

 「わ、私一人で取材?インタビューしましょうか?」

 「ほう。随分勇気があることを言うな。駄目だ、初めての取材を後輩一人に任せてはおけない。手本を見せなくては」

 「かえって反面教師になるんじゃ―」

 「何だ?」

 「何でもないです」


  大丈夫なのか。本当に大丈夫なのか。先輩達が大変な状況になったら私はどうなる。その場合は逃げれば良いのか?奏先輩に助けを求める?職員室に駆け込む?

  生徒会室に入ると、生徒会役員が二人こちらに向かって椅子に座っていた。鈴と嵯峨が入ってきてすぐにすっくと立ち上がる。ネクタイはきちんと締めたはず……なんて今更心配になってくる。


 「今日は部活のことで取材……でしたっけ?」


  生徒会長は仏頂面で二人に尋ねた。もしこの状況で写真撮っても?なんて頼んだら、会長は笑ってくれるのだろうか。そんなことを考えている場合ではない。思わず自分の頬を叩きそうになって、慌てて止めた。ボールペンとメモ帳をすぐに用意する。

  ここに来てすべきことは、香と市来に頼まれたことをただ質問すれば良いだけ。質問内容は全てメモしてある。


 「あの、早速お尋ねしますが―」

 「部活動を廃部に追い込もうとしている事についてどう思っているか教えていただきたい」


  鈴が言いかけた言葉に重ねるように嵯峨が堂々とメモに書いていない質問をした。半分喧嘩腰であるようにも見えたが。鈴は唖然として嵯峨の方を見た。嵯峨は肘で鈴をつつき、メモをしろという素振りを見せた。

  鈴は仕方なく生徒会長の回答に耳を傾ける。


 「その聞き方は何かおかしくないか、嵯峨。俺達は別に廃部に追い込んでいる訳ではないだろう。部活動として機能していないから廃部しろと部長に頼んだ。そうしたら部長は許可をした。それだけの事」

 「しかし、去年存在していた文芸部は活動日数は週二と、活動履歴は見られていたんだぞ。中には本気で活動をしていた生徒も居たかもしれないんだ。現に、神江は文芸部に入るのを楽しみにしていた生徒の一人だ」


  何故私を出すんだ、と言わんばかりの視線を鈴は嵯峨に送りつけた。会長は冷たい目で今度は鈴を見た。鈴は目が合わないように視線を泳がせ、メモ帳に目線を落とした。


 「じゃあ何でそんな子が新聞部に入っているんだ?」

 「より部活動を自由化にすることを訴えるために彼女は新聞部に入ったんだ。彼女は本気で文芸部に入ろうとしていた。嘘だと思うのなら次号からのファンファーレを見てくれ。彼女の小説の連載を始める」


  平気な顔で嵯峨は嘘を淡々と会長に話した。二人の雰囲気が段々と悪化してきた。どうにかして止めなくては。何とかしなくては。私しかそれをできる者は居ない。


 「あっあのっ!!会長に質問があります……。週三以下の部活を廃部にする、という噂が出ていますがこれは本当の事ですか?もし本当ならその理由を教えていただけないでしょうか?」


  鈴の声で、会長の意識は嵯峨から鈴へと移った。何故か嵯峨の口元が少し緩んだような気がした。


 「週三以下の部活は活動しているとは言えないと生徒会は判断したからです。それは会計にも影響してきているんです」

 「例え活動日数が週三以下でも、その少ない日数の中でしっかり活動できていた部活だとしても、ですか」


  会長は困ったように口をつぐんだ。鈴は深呼吸をして、ゆっくりと自分の言いたいことを伝えた。


 「新聞部は今回、部活強制の利点についての話題を取り上げています。次号のファンファーレには実際の生徒達の声も載せる予定です。是非、記事に目を通してください。それからまた検討していただけたら嬉しいです」


  今までの自分とは思えないくらい落ち着いていて丁寧に発言をすることが出来た。それ以上取材を続けることはなく二人は生徒会室を後にした。鈴は言おうか迷っていたが、栞の言葉を思い出して嵯峨に怒るように言った。


 「あっあのっ嵯峨先輩!!栞先輩から言われているので、きちんとお伝えしますけど……会長に対してちょっと喧嘩腰過ぎじゃないですか?!あの態度は失礼です!何取り乱しちゃってるんですか!反面教師にさせてもらいます!ありがとうございます!」


  すると何故か嵯峨は笑い出した。腹を抱えて一人で笑っている。


 「いやぁ、関心したっ神江!あれは全部俺の熱烈な演技だ!ああやって質問外なことを聞き、現場が予想外の展開になった時……お前はどうやって取材を続けるかと思ってな。ちゃんと終わらせることができたな、良い感じだぞ神江。おまけに俺のことも一言も二言も多い気がするが叱ってくれて」

 「え、どういうことですか、先輩……」

 「これは毎年恒例のイベントなんだ。取材の相手は色々変わるけどな。俺達も布良先輩方にしてやられた」


  あー面白い、と笑って嵯峨は部室に向かって歩いて行ってしまった。嵯峨の話が本当になら、香ももしかしたら市来に何か騙されたのかもしれない。今度尋ねてみよう。

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