第8話 タンポポは踏まれたり蹴られたり

 鈴もすぐに入口に視線を送った。奏が声を上げる。


 「多田ティー」

 「おお……今年はワン、ツー、さん……新人は三人か。随分会議も盛り上がっているようだな、良い事だ」

 「奏先輩、多田先生って新聞部の顧問なんですか?」

 「そうよ。あ、多田ティーって一学年だったっけ」


  多田先生。高一の現代文を教えている男の先生だ。日本史オタクで、極度の変人。ということは、もうこの数日の授業で皆気づいていた。鈴も多田先生の授業は受けていた。多田はひょろりと背が高く、サングラスのような眼鏡をかけていた。その眼鏡で視界は良く見えているのか、それともただのお洒落のつもりなのか、それは分からない。


 「ほお……とうとう生徒会に歯向かうってのか。新聞に載せて発行した途端、廃部届けなんて出ないだろうねぇ、嵯峨。まあ俺は嫌いじゃないよ、下克上ってのは大事なことさ」

 「いや別に下克上するってわけじゃ……」

 「まあ心配するな。新聞部ってのはな、アスファルトに咲くタンポポみたいなもんさ。踏まれようが叩かれようが唾吐かれようが必死に生きる」

 「えー私唾は吐かれたくないなぁ」

 「アスファルトに咲くタンポポって何かのフレーズっすか」


  多田は生徒に甘く見られているのか、関わりやすいと思われているのかよく分からない。多田のことを好きな生徒は好きだし、嫌いな生徒はとことん嫌い。そういった所だろう。少なくとも部員からは嫌われていないようだ。


 「嵯峨達は布良達が座ってきた椅子に今座っているんだからな。まあ頑張りたまえ」


  はっはっは、と高笑いをしたと思うと多田はバタンと音を立てて部室から出ていってしまった。市来が三つ目のカントリーマアムを食べながら言った。


 「何しに来たんだあの人」

 「……諸君、セカンドは前田の持ってきたスクープで良いか?今ようやく見つけた。賛成の者は挙手!!」


  市来、奏、隼、香、鈴全員が黙って手を挙げた。最後に何故か自分で嵯峨も挙手をする。


 「よし!!第七十五号編集会議はこれで終了だ!セカンドは立石、頼めるか?それから、トップは神江お前が書け」

 「私がトップ記事?!」

 「そうだ!何か文句あるか?!」

 「大丈夫よー鈴ちゃん。私もサポートするし、嵯峨さんがちゃんと添削してくれるから安心して」


  それから約三日後。鈴のクラスにも新聞部からのアンケート用紙が配られた。アンケートには名前や学年は一切書かず、回収してからすぐに封筒に全て入れられた。部員が居るクラスは部員が回収しろ、と嵯峨に言われていた為、鈴と隼は教壇でアンケートの枚数を数える作業をしていた。隼とは部活中も殆ど話していなかったが、向こうから声をかけてきた。


 「担当の方はどう?」

 「それがね、これから嵯峨先輩と生徒会室に取材に行くんだよー。生徒会おっかないったら、もう」

 「ああ、それ俺も入学式の時に思ったよ。生徒会長結構キツそうだったよな。でも嵯峨先輩と一緒なら良いじゃないか。え、でも取材関係は市来先輩と前田じゃなかった?」

 「その二人なら今日のこの調査の結果を集計しなきゃいけないから帰るのは七時過ぎるかもとか、ぶっ飛んだこと言ってたよ。隼くんの方は?」


  隼は肩をすくめて少し笑いながら言った。もっと仕事ができると思っているのかもしれない。……いや仕事って何だ?部活だ。


 「前田がスクープを持ってきた時にめちゃくちゃ細かく調べていてさ。後は原稿作って、滝川先輩や多田先生に見てもらったりするだけ。流石過ぎるよ、前田は光が丘の新聞部にいただけある」


  光が丘中学ってそんなに凄かったんだ。鈴には新聞部界のことはよく分からない。まだこの世界に入ってようやく二週間と言ったところだ。

  隼は封筒を脇に抱えると、鈴に向き直って言った。


 「神江は先輩達に気に入られてると思うよ。見てわかる、それに小説だって連載されるんだしさ」

 「ああ、何かありがとう。私まだノリで部活に入部したって感じがあるんだけど、隼くんもさそんなに固くならなくても良いんじゃないの?せっかくの部活なんだから楽しく……」

 「……そう考えられる神江が何だか羨ましいよ」

 「へ?」


  ふと時計に目をやると、あと五分で生徒会室に集合する時間だった。鈴は筆記具とメモ帳を手に、それから必要かどうかはわからないがカメラも首に下げて、集合場所へと走った。

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