2 課題

 それから二週間がたった。休み時間に加納の教室に関山があわただしく入ってきた。雑誌をひろげて興奮気味に言った。

「加納、あの前野、高城中学出身だってよ、知ってたか」

「知らないし、なに、その高城中学って強いのか」

「強いもなにも全中の県代表だよ」

「なんだ、じゃあよっぽど層が厚いのか。哲也がバスケ部に入れないほどの」

「いや、エースの木村ってヤツはなかなかのもんだがそれ以外はそうでもない。木村ひとりのワンマンチームといってもいいぐらいだ」

「木村って哲也が時々名前を出すヤツだな。ソイツはすごいのか」

関山はひとつツバを飲んで続けた。

「いや、前野に比べれば全然ダメだ。やっぱり前野は少し変だからバスケ部に入れなかっただけだと思う。考えてもみろ、これほどの中学で前野のテクニックを見たら普通どこの高校もほうってはおかない。それほど前野はすげぇ、あれは本物だ。だが中学の先生はバカだから誰も前野に気づきもしなかった。

 加納、言いたくはないがオレを外してでも前野を使ってくれ。アイツがいればマジ、インターハイも夢じゃない。オレは前野には悪いが高城中学のボンクラ教師に感謝したいぐらいだ」

「ズイブン哲也を買ってるんだな」加納は笑みが止まらなかった。

「ああ。前野のドリブルを見てオレは正直、鳥肌がたったよ。こんなことははじめてだ。ビデオやプロの試合も見てきたがあれほどすげぇドリブルは見たことがない。

 ただアイツはすぐ自分の殻に閉じこもるし変なところがある。鈴木ともうまくいかない。オレも正直、前野と話すのは苦手だ。だけどオレはなんとしても全国に行きたい。加納、前野を生かすも殺すも、オレたちがインターハイに行けるかどうかも、みんなお前にかかっているんだぜ」

加納は関山が持ってきた雑誌を見ながら言った。

「勝手なこと言いやがって。ま、まずは哲也をいじめていたっていうこのキツネ目の木村ってやつをぶっ倒さないとな」

加納は立ち上がった。

「よし、先生に言って地区予選前に他校と練習試合を一度組んでもらおう。哲也をまず試合に出さないとな。なにしろアイツはまだ試合に出たことがない。一度実戦しないと」

加納は関山の肩を叩いた。

 関山はうそぶく。

「青春野郎は相変わらずだ。吉井が色男って呼ぶのもわかるぜ」


 練習試合が決まった。昨年地区予選で負けた春江高校。そのまま春江高校はベスト4までいっている。練習試合は日曜日だが井上先生は用事あるからと来られないということになった。春江高校の顧問監督の豊田先生が一任するということで話がまとまった。

 春江高校は三回戦で破った辰巳高校などほとんど覚えていなかった。春江チームのほとんどがやる気がなかった。それもそのはずで昨年はダブルスコアのゲームだ。記憶に残らないのも無理はない。

 だが辰巳高校は充分リベンジできるとふんで試合を組んだ。自分たちもきつい練習をこなしてきた。今年は全国を本気で狙おうとしているのだ。

 辰巳高校スターティングメンバーは加納、鈴木、吉井、関山、前野。裕子は不満だった。

「レイラは去年も試合にでていない。いわば秘密兵器だ。隠しておきたいんだ」

そしたら吉井は笑い出した。「そーそーコイツはパワーとかシャックなみにすごいけど同じようにフリースローもヘタクソだからな」

「お前だってうまくないだろ。お前の尊敬するマイケルジョーダンは公式戦でも目をつむってフリースローを決めたらしいぞ。お前はできるのか」加納は一喝した。吉井は悪態をついた。

 加納はこの試合にいくつかの課題を設けていた。まずは全員に最初のシュートまでのパスをなんとしても自分にまわしてくれとお願いした。加納がポストプレイをするからそこにボールをまわしてほしい。最初だけでいい。だが、その最初が何事にも肝心だと念を押した。今年の冬に新生の辰巳高校は大きな体の加納とレイラを生かしたチームにしようと決め事をしていたので全員に別に異論はなかった。

 試合が始まった。ジャンプボールは加納が制して鈴木がキャッチした。全員が走る。吉井にパスがわたる。一気に加速する。先ほどジョーダンと比べられて頭にきていたからムキになってドリブルをする。加納のディナイディフェンスを交わすためのスピンをかけたパスを送る。フェイク・アップ・スピン・パス・ダウン。ボールが床を弾き、曲がって加納の足元に飛ぶ。パスを受けた加納が飛び込みジャンプ。相手のブロックが飛ぶ。そこを狙って哲也にパス。パスを受けた哲也。ディフェンスはついてきていない。ジャンプ、シュート。ボールは高い弧を描き、そのままリングへ入った。得点。

「ヨッシャー」誰よりも大きな雄叫びを加納はあげた。一つ目の課題をクリアしたからだ。見事にうまくいって寒気すら感じた。

 課題一。それはなんとしてでも自分から哲也にパスをして、試合を通じて最初の得点を哲也があげることだった。最初でなくは意味がない。これは最初から決めていたことだと暗示させたかったからだ。これがうまくいったからもうそれだけでこの試合に価値はあった。次の課題は哲也がチームにパスをすることだ。

 関山から哲也の可能性の話をされてから加納は積極的に哲也とコミュニケーションをとった。パスの練習ひとつをとってもいちいち、それは本で読みました、それは本で読んだからわかりますと答える。今は慣れたが最初は戸惑った。いや、少しムカついていた。

 だがこれが哲也という人間だと知ればそれはそんなに気になることではなかった。哲也は普段は無口で話そうとするのをこらえている感じだ。だがひとたび喋り出すと止まらなくなる。息つかせないほど喋る。それも気をつけて加納は聞いていた。そして気がついたことがある。

 哲也はこの性格のおかげで今まで友達ができなかった。それだけではない。人とうまく接することができず、味方のひとりさえいなかった。今まで哲也はこの十五年間をたったひとりで戦ってきたのだ。バスケ部に入ることすら許されず、だけどめげずに練習を繰り返した。誰も哲也に気づかず、哲也はずっとひとりでがんばってきていた。

 加納は、これからはひとりじゃないということを哲也に教えたかった。オレはお前を信頼してパスを送る。だからお前もチームを信頼してパスを出してくれ。それは願いにも等しかった。それがチームの勝利に繋がるし、なによりもこれからの哲也の人生のためでもあるからだ。

「ナイス哲也、ナイッシュー」加納はできる限りの大きな声で哲也に言った。

 試合は初め均衡していたが徐々に力の差が出始めた。春江高校が逆転してそのまま点差が開いていった。

 加納は哲也にパスを送るがいつもの動きが見られなかった。あきらかに体が固い。シュートまでもっていけない。途中でスティールされてボールを取られる。加納はこの試合で哲也に自信をもたせるのを課題のひとつにあげている。逆に喪失させてしまってはこのチームの未来はないと思っていた。

 加納以上に鈴木がいらだっていた。ポイントガードというポジションはいわばチームを後方から起爆剤にする司令塔だ。ポイントガードから支点にボールをまわすのがバスケットボールの基本だ。相手チームの見事なディフェンスに味方が硬直している。バスケは24秒ルールというのがある。24秒以内にシュートをしないと相手にスローインを与えることになる。だがパスが出せない。自分でつっこむもブロックされる。鈴木は胸をかきむしられるほどの焦りをもった。思うように試合ができない憤り。

 哲也が加納の横を滑り込むように走り抜ける。つられて哲也のマークも追いかけるが加納に衝突する。加納を使って哲也がマークを振り切ったのだ。「野郎、加納をスクリーンに利用してピックしやがった」鈴木が哲也にパスを送る。だがその強烈なパスを哲也はファンブル、後ろに飛ばしてしまう。

「おい」鈴木が哲也に怒鳴る。哲也もしばらく立ち尽くす。両手のひらを見つめて呆然とする。加納が鈴木に近づく「哲也はこれが初試合なんだ、緊張しているんだろう。哲也にはもう少し軽いパスをしてくれないか」鈴木はそれを聞いて加納を睨んだ。「なに」

 試合は進む。思うようにプレーができない。ことごとく春江高校のペース、ボールの支配力は完全にもっていかれている。

 哲也は肩で息をしはじめていた。それでもまわってくるボール。とうとうドリブルでボールを自分の足にぶつけてはじいてしまう。それを見た鈴木が怒鳴る。哲也は自分を見失う。頭を両手でかきむしり唸りをあげる。

 ここで第一クォーター終了。

 ベンチに戻るなり鈴木は加納の胸倉をつかんだ。

「加納、この一年を外さないのか。レイラをまだ出さないのなら他の一年と交代させろ。なにがゆるいパスをしろだ。そんなもん出したらスティールされてしまう。相手は春江だぞ、わかってんのか」

「これはオレたち辰巳高校としての新生チーム、最初の試合でこれはまだ第一クォーター終了だ。しかも公式試合でもない。焦ることはなにもない」

加納は横を見やる。一年生は全員萎縮している。この状況で出したら鈴木に怒鳴られるのは見えている。明日にでも退部しかねない。だが、哲也は自分が受け入れる限りは部に残る、そう信じていた。「このままでいく」

加納はまわりを見ながらひとつ深呼吸して言った。「関山、スクリーンアウトを確実にして少しでもリバウンドをとろう。オフェンスリバウンドをとってチャンスを広げよう。吉井、外にまわすから思い切ってシュートをうってみてくれ。鈴木、頼む。哲也、さあ行くぞ」

そのとき加納は哲也の頭をなでた。何気なく行った行為。哲也はその瞬間顔がほころんだ。体がほてってきた。目つきがかわった。

 鈴木はスタイルを変えるつもりはない。加納に任せていたら負けてしまう。相手をひきつけ哲也にさっきのより強い弾丸のようなパスを出す。哲也はそれを柔らかく受け、そのままクイック・ジャンプ・ストップ・シュート。相手ディフェンスはついていけない。

鈴木もそのあまりの速いクイック・シュートに目を疑った。吉井はシュートの瞬間が見えなかった。気がついたらボールが高く飛んでいた。関山は一番近い場所で見ていた。だからパスの速度もよくわかっている。それだけに哲也のすごさを知った。加納は哲也に駆け寄り背中を叩く。「ナイッシュー」

春江高校の攻撃はシュートが決まらず、それを加納がリバウンド制す。鈴木にボールがわたり速攻に移った。だが春江高校の戻りも速い。哲也にパスを出す。哲也はパスを受けてドリブル。アンダーハンドレイアップを計る。ドライブを入れてボールを体でプロテクト、ひとり抜く。つっこんでジャンプ・シュートに行こうとする。ブロックにふたり走りこんできた。臆することなくクラッチ。「バカ、強引すぎる」鈴木がそう叫ぼうと思った瞬間、胸元にボールが飛んできた。パス。鈴木は完全フリーの吉井にパス。吉井、スリーポントを決めた。

「哲也、ナイスパス」加納が叫ぶ。「ちょっと待て、今のはオレのナイスシュートだろ」吉井が加納に詰め寄る。「いや、今のはナイスパスだ」鈴木が吉井に言う。加納は微笑む。関山も哲也がさっきのシュートを考慮してのパスだということを知る。だからこそ哲也は相手全員をひきつけて味方全員をフリーに変えたのだ。哲也は厳しいチェックに合いながらファウルに触れるところがまったくない。巧みに相手をかわすことができる。関山は哲也に聞きたくなった。お前はどこでどういう練習をつんでいるんだ。そしてもっと見せてくれ、お前のプレイを。

 しかし哲也のマークが厳しくなり、追い上げはしつつも点差は縮まらない。

 第二クォーター終了。十分のハーフタイム。ベンチに引き上げる。

「オレは後半ベンチにいさせてくれ。この試合を観察したい」関山は加納に言う。

「なんだよ、もうヘバったのか、だらしねぇなぁ」吉井が汗をたらしながら笑い声を上げる。「吉井、お前も無理そうなら休んでいてもいいんだぞ、代わるか」加納が言うが吉井は余裕だといってまた笑う。

「よし、後半は関山のかわりにレイラを出そう」

「やったね、ウチのエースを見せ付けてやんな」裕子がはしゃぐ。レイラは照れ笑いを浮かべる。「なにがエースだ、コイツはただ泥臭いだけじゃないか。エースってのはオレみたいなスマートな人のことを言うの」吉井は裕子に頭を叩かれる。「アンタのどこがエースだ」「お前こそ先輩に対してなんたる態度」

「哲也、疲れてないか」加納が肩で息する哲也に声をかける。「大丈夫です。まだ動けます。試合は緊張します。でも慣れたといいますか練習とあまりかわらなく感じてきました。試合ってこんな感じなんですね。なんかすごく楽しいです。鈴木先輩に怒られてばかりですけど」哲也は加納を見ずに床に視線を落としながら話す。

「後半始まる前に深呼吸をするんだ。少しは落ち着くぞ」

加納はスコアボードを見る。28対20で負けている。10点差にならずに終えたのはよかったがその先が縮まらない。昨年の試合も同じような点差で前半を折り返し試合が終わってみればダブルスコアと離されていた。それはスタミナ不足も否めない。それは今の試合も同じ。いや、メンバーの数でいえば昨年のほうがまだ厚かった。交代要員がいないということはそれだけ個人負担が重くなる。今も交代を関山とレイラがしてしまったからもう終わりだ。誰かがケガをしたらどうなる。

 第三クォーター開始。

 春江高校がボールをとって速攻を決められる。これで10点差。加納は相手を見る。メンバーが三人入れ替わっている。鈴木も気がついた。鈴木はそれをいいように解釈しない。「なめやがって」ムキになってつっこむ。スティール。相手にボールを奪われる。ヘルプ追いつかない。さらに点差が開く。

 関山は懸念を抱いた。鈴木は自分を見失っている。目線が動いていない。

「加納、ふりきれ」関山が叫ぶ。

 不用意なパスが鈴木から加納へ。パスカット。ボールを奪われそのままシュートされる。「関山、なんのつもりだ、コラァ」鈴木が叫ぶ。関山は叫ぶことで相手を加納に意識集中させて他のメンバーにパスを誘導させたかった。しかし加納を一番意識したのが鈴木であり、だからこそパスも読まれた。鈴木の幼稚さに関山は呆れた。

「黙って見てろ」鈴木は関山を叱責する。関山は腰を下ろす。もう、なにも言うまい。

 鈴木は相変わらずパスを送れない。吉井が駆け寄ってパスを受ける。走る。レイラにパス。やや強引だがつっこんでダンクシュート。オフェンスファウルか、春江高校審判が監督を見る。監督は首を横に振る。ファウルではない。「よぉーし」加納が叫ぶ。

 相手が速攻を仕掛けようとする。哲也が手を伸ばしてボールを奪う。スティール成功。そのボールを持ち込み、相手をひきつけてレイラにパス。レイラは確実に決める。

「やったー、二連続」裕子がはしゃぐ。

哲也は拳を握って「うん」と言った。そして大きな体のレイラを見る。頷いて走る。哲也は積極果敢に走ってオールコートでディフェンスする。巧みにボールを奪ってまた走る。先頭でゴールに向かい、シュートに見せかけてバックにパス。そこにはレイラがいてジャンプシュート、決まった。三連続。

 その後も哲也はボールを奪い続ける。相手は哲也を大きく避けてドリブルやパスをするようになるが哲也の運動範囲は広い。あっという間にそこにいる。

 関山はゲームを注意深く見る。裕子から前半のスコアシートを見せてもらう。照らし合わせて目の前の試合を見る。自分が試合に出ていたときは気がつかなかったことが見えてくる。関山はスコアシートを持つ手を震わせた。このゲームで一番誰よりも走っているのは哲也だ。だけど疲れを見せない。その上この集中力はなんだ。また関山の目の前で哲也がスティール、ボールを奪う。

 吉井や加納は前半から出ていたからか疲労がみえる。哲也は自分が切り込むかレイラにパスを送るかの戦略をとる。しかしそれもすぐに気づかれて二人は激しいマークにあう。吉井の外からのシュートはことごとく外れる。レイラは奮闘するが加納はリバウンドがとれない。鈴木はディフェンスでは強かったがオフェンスに繋げられない。

 点差は縮められない。第三クォーターが終わっても誰も口をきけない。ただ息をきることだけ。吉井も喋れなくなっていた。誰も目をあわそうとしない。声をかけることもなく第四クォーターがはじまる。

 第四クォーターになっても戦況はなにもかわらない。点はとったりとりかえしたりだが、そのわずかな点は哲也とレイラがお互いまわしてとっているものにすぎず、三年生はなにも得点にからめなくなっていた。

 ゲーム終了。70対66。終わってみればニゴール差。昨年はダブルスコアと離されていたのだ。だがメンバーは押し黙っていた。誰も口をきかない。加納は相手の監督にお礼の挨拶するのがやっとだった。

 辰巳高校の初試合は黒星で終わった。加納にとっての課題は最初のシュートでしか成し遂げられなかった。帰りの電車では肩を落としてスコアシートをじっと見ていた。

 今年が最後なのに。バスケットボールはサッカーや野球と違っていつでもどこでもできるスポーツではない。誰でも知っているスポーツなのにできる施設は驚くほど少ない。バスケのリングがどこにもないのだ。だからバスケができるのも今年限りになるかもしれない。それは薄々気づいていたがこう現実を目の当たりにすると暗澹たる気持ちになる。自分たちのチームはいつまでバスケができるのだろうか。

 そのまま家路につこうとする加納を関山は呼び止めた。ふたりで反省会をしようと誘った。加納はそんな気になれなかったが、関山は早い内に対策を練ろうと言ってきかない。疲れた体にムチうって渋々ファミリーレストランに向かった。他のメンバーとは解散した。

 

「さて、と」関山はメモを広げる。加納は眠そうにしている。「今日の試合、どう思う」「どうもこうもねぇよ、負けちまったじゃないか」加納はストローをもてあそびながら答える。長い息を吐く。関山は続ける。

「去年はダブルスコアだが今日の試合は四点差だ。負けはしたが、とにかく点差は縮まったことにかわりはない」

「ああ、相手は後半ベストメンバーを控えさせてこの結果だ」

加納は窓の外を放心して見つめる。

「今日の試合のスコアシートを借りてきたがお前見たか」関山はテーブルの上に広げる。加納は少し目をやるがまた視線を外に向けた。

「オレたちが三年になったとき今年のチームの構想を練っただろう。長身の加納をセンターにおいてハーフコートをじっくり使ったバスケをしようと。あれ、今日の試合を見て思ったがそれじゃ合わないと思う。

思い切って吉井と哲也を中心にした速攻のチームにしたほうがまとまると思うんだ」

「レイラをどうするんだ。そこで一回もめただろう。アイツはパワーはあるがスピードはイマイチだ。それを生かすためにゆっくりのゲームにしようって」

関山は待ってましたとばかりに微笑む。「それだ。そこで加納、お前もう少し練習してスモールフォワードまでこなせるようにしろ。外からも打てるようにしろってことだ。バスケはさほどポジション関係ないスポーツだが、お前、レイラにセンターを譲れ。加納がパワーフォワードをやるんだ」

加納はコップをテーブルに叩きつける。

「落ち着け。吉井が言うようにレイラは本当にシャックに似ている。アイツ、オレたちが思っている以上に鍛えている。体格じゃ加納より上だ。アイツは自己主張しないからな。だけど今日の試合一度も吹っ飛ばされなかった。それをコート上で気づいていたのは哲也だけだ。だから哲也は後半、最後のゴールへのパスはほとんどレイラにしていた」

加納は黙って関山を睨む。

「速攻のチームは確かにリスクも大きい。体力も消耗する。走りっぱなしだからな。だが爆発すると大量得点が望める。お前、哲也のスティールの回数知っているか。パスカットやドリブルカット、試合通じて十二回、うち後半八回だ。前半は最初の試合にとまどっていたが第二クォーターからいつもの哲也に戻ってこれだ。単純計算だがこれだけで二十四点哲也が防いでいることになる。それでいてマッチアップしているマークは外さない。ケビンガーネットを見ているようだった」

加納はスコアシートを見る。「続けろ」

「鈴木もマジックジョンソンに憧れているんだろ。だったらレイカーズ全盛期のようにショータイムをやらせればヤツも本望っていうか、やる気になるだろ」

加納は後半ほとんど哲也とレイラでボールをまわしていたことを今、スコアシートを見て気がついた。レイラが結構走っていることも。ディフェンスリバウンドをして哲也がボールをとって走りレイラにパスしてシュート。他の三人はなにをしているのか、スコアシートは無言のままだ。

「吉井はちゃらんぽらんの性格だからそうは見えないがアイツ、結構点を決める確率が増えている。3点シュートも何回か入っている。テクニックに走るところが難点だがおだてれば頼りになるヤツだ。スピードがあるから速攻もやりやすい」

関山はぎっしりとメモ帳に書き込みをしていた。

「まとめればこうだ、鈴木と吉井でボールを速攻でフロントコートに持ち込む。マークが遅ければそのまま行ってもいいが、そういかなければ哲也でかきまわす。ボールを落としても加納とレイラでリバウンド、フォローを入れる。ディフェンスに関してもセンターラインまでは哲也で当たりに行く。もし抜けられてもうちで一番ディフェンスのうまい鈴木がいる。ゴール下は加納とレイラで迎え撃つ。まぁチームによってマークする相手も違うだろうしその都度考えなければならないが基本スタイルはこれでいいだろう。戦略は単純なほうがいい。鈴木も吉井もややこしいのは苦手だろ」

加納は関山を見つめて深い息を吐く。

「本当は吉井にはポイントガードをやってほしい。そのほうが速攻しやすい。もっと言えば鈴木にはポイントガードは向かない。カッカしすぎだ。すぐまわりが見えなくなる。ディフェンスは最強だがそれだけじゃあな。だけど鈴木も吉井も今のポジションにこだわりがありすぎるから変えてしまったら余計こじれるから、これはもう今のままでいいけど。その上で勝つにはどうしたらいいかこれからも考えなければいけない。今日の試合でこれだけの課題が見えてきただけでも収穫があったんじゃないか」

加納はメモとスコアシートを見合わせる。

「関山は監督に向いてるかもな」

関山はやや苦笑する。

「ああ、プレイするより分析するほうが好きかもしれない」

加納は立ち上がって関山に握手を求める。

「なんのマネだ、それは」

「関山、全国に行こう。インターハイのベンチに座ってハクつけて体育大学の推薦枠を狙え。それで将来はプロの監督になれよ」

関山は立ち上がって加納の手を握る。

「当然だ」

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