第25話 ヒッカー氏、来る

「あのクソ鳩にどんどんパーツを集めさせて、まとめて壊すだとぉ?」


「ええ。ピジョンがパーツを集めれば集めるほど、彼らの装置の完成は遠のきますからね。あんな恐ろしい装置はこの世にあってはいけない」


「ふうむ……。まあ、サラさんのアイデアなら仕方あるめぇ」


 サラを見ると、自信満々の笑みを浮かべているが、口の周りはケチャップで真っ赤に染まっている。

 テーブルに備え付けられたペーパー・ナプキンを取って拭いてやると、入り口のベルがチリン、と鳴った。

 店の入り口には『貸し切り』の札が出ている。

 なのに入ってくるという事は、その男こそが約束の相手だろう。


「遅かったじゃないか。早くここに座れ」


「は? 私ですか?」


 作業服姿でビールケースを抱えた中年男の手を取り、無理矢理席に座らせる。

 何が起こったのかさっぱりわからないといった様子だが、ヨークが説明してくれるはずだ。


「大佐……いえ閣下。彼は違います。仕事の邪魔をしてすまないね、戻ってくれ」


「は、はあ」


 男はビールケースを店主に渡すと、伝票にサインをもらって店を出て行く。


「ったく。配達に来たならそう言えってんだ」


「有無を言わせなかったのは閣下です。わざとですか? ……まあ、わざとでしょうね」


「?」


 カーターにはヨークが何を言っているのか、さっぱりわからなかった。

 重大な秘密を持ってくるのだ。

 怪しまれないように変装をして然るべきである。

 やがて再びドアベルが鳴り響き、今度は身なりの良い紳士が入ってきた。

 白髪にこれまた白い口髭、顔に皺はあるが、鷲のような鋭い目つきが印象的だった。

 帽子を帽子掛けに置くと、男はこちらに恭しく頭を下げた。


「今度は何だ? 食材の搬入なら店主は奥だぜ」


「閣下、そういうのはもう良いですから。あちらがオスカー・ヒッカーさんです」



 ◇ ◇ ◇


「早速ですが本題に入りましょう。『コンピューター』の部品ですが、回収に成功した分は我々にお預け願いたい。この世界では製造できない貴重な半導体ですからな」


「ダメだ」


 ヒッカーの言葉にカーターは脊髄反射で反対した。


「理由をお聞かせ頂いても?」


「決まってるだろ。俺らエイプル人に作れないって事は、まだこの世界には早いって事だ。訳もわからず与えられるままオモチャを弄んで、大戦争やらかしたんだぜ」


 機関銃。戦車。潜水艦。航空機。そしてそれらを作るための工作機械。

 特に初期のそれらは、地球ではとうの昔に退役した実物からのリバースエンジニアリングで作られた物が多いという。

 地球で不遇の扱いを受けた大量の技術者が、それらを次々と実用化したのだ。

 試行錯誤の失敗を経ずしていきなり完成されたそれらの武器は、実戦で使われるまで誰も本当の威力を知らなかった。

 結果、今までに無かった大量殺戮という概念が誕生し、攻撃魔法は全て時代遅れとなった。


 ヒッカーはテーブルの上で筋張った手を組む。

 いかなる感情も読み取れない灰色の視線が突き刺さった。

 カーターは思わず生唾を飲んだ。

 この男は、どうも得体の知れない所がある。


「オルス帝国をはじめ、諸外国も独自ルートで『コンピューター』を集めているともっぱらの噂です。エイプル王国の国力が他国に後れを取るようになったのも、それゆえかと」


「ぬう……」


 生き馬の目を抜く国際競争は、戦争が終わった今も決して終わってはいない。

 弾丸の撃ち合いが終わったとしても、終わる事の無い永遠の宿命だ。

 先端技術におけるコンピューターの使い途は計り知れない。

 エイプル王国が独自に開発し、ビル一つを占有する蒸気式計算機『解析機関』がオモチャ同然と言える性能なのだ。


「貴重な部品が一つ敵の手に渡ったのは、誠に遺憾な事です。コンピューターにも色々あり、あれを使えば複雑な並列処理を行う事ができたのですが」


 嫌みかよ、という言葉を飲み込む。

 これは嫌みそのものだ。明確にカーターを非難している。


「こちらをご覧ください」


 ヒッカーは小脇に抱えた鞄を開くと、中から小さな電球を取りだした。


「この電球がどうかしたか? なんかゴチャゴチャしてるな」


「電球ではありません。これはオルス帝国が開発した『真空管』と言いまして、電子流を制御する事で整流や発振、増幅などを行う部品です。わがエイプルではまだまだ試作段階ですが、オルスではこれをさらに小型化した『トランジスタ』すらも実用化間近と聞きます。おわかりですか? これは致命的な差です。技術の黎明期で一年遅れるという事は、将来に於いて取り返しの付かない圧倒的な差となってしまうのですよ。ですが『マイクロプロセッサ』が一つあれば、これを数十億個並べるのと同じ機能を発揮でき、その差を埋められます」


「…………ふむ?」


 全くもって現実感の無い数字である。


「応用範囲は色々ありますが、弾道計算や暗号解読は言うに及ばず、プログラミング次第では人工知能や意識のアップロードすらも実現可能と言われています」


 カーターの知識ではヒッカーの言う事は丸っきり理解できない。

 地球の技術がそれだけ優れているという事だけだ。


「技術立国としての威信を取り戻すため、一つでも多くのコンピューターが必要なのです。おわかりいただけますかな? 王室顧問探偵のボールドウィン閣下」


「…………わーったよ。だがな、肛門じゃねぇ。顧問だ」


「は?」


 ヒッカー氏は一瞬首を傾げたが、何事もなく話を続けた。


「――では、こちらの資料を参照ください。当然ですが、極秘でお願いします。では、私はこれで」


 ヒッカーは立ち上がると恭しく頭を下げる。

 態度こそ立派な紳士のそれだったが、一瞬向けたサラへの視線が気になった。

 王族への敬意がまるで感じられないどころか、まるで奴隷を見るような視線に思えてならなかった。

 奴隷制度はジョージ王の時代に廃止されているが、元奴隷およびその子孫の暮らしは今なお苦しい。

 ヒッカーが帰った後、三人は店内に残された。


「……行ったか。あのヤロウ、オレ様が場を和ませようとして言った会心のジョークをスルーしやがって」


 カーターが目を向けると、サラは口を尖らせ、ぷらぷらと脚を揺すっている。


「あのひと、なんかこわいなー」


 窓の外からベルが鳴り響いた。ヨークが呼んだ馬車が店の前に停まったのだ。

 ごくごくシンプルな馬車で、華美な飾りは見られない。

 しかし、ドアには大きく漫画に出てくる美少女キャラクターがペイントされているのだ。

 別に宣伝などを目的としたものではない。

 ただ単にヨークが熱中している作品だ。しかし、気になる事が一つ。


「私たちも帰りましょう。殿下は私が送っていきます」


「おう、頼むぜ」


 サラが暮らす総理大臣の屋敷は、アパルトメントとは逆方向だ。

 二人が乗った馬車を見送ると、カーターは再び店内に引き返した。


「妙だな。前にあった時は別のキャラが描いてあったはずだが。たったの三ヶ月、いや十二週間前だ。めちゃくちゃ早口でキャラの魅力をあんなに熱弁していたのに」


 たった十二週間でお気に入りのキャラクターが変るなどあり得るだろうか。

 いずれにせよ、あの恥ずかしい馬車の関係者だと思われるのは避けたかった。


「貴族趣味ってのは、さっぱりわからん。……まあいいか。もう一杯だけ飲んで帰るぜ」


 カーターは知っている。

 このツケは明日からのトレーニング量を五割増しにして支払わなければならない、という事を。


「店長、わかるか?」


「はあ」


 グラスを磨く店長は、顔だけをこちらに向けた。


「大切なのはトレーニング、バランスを考慮した食事、適度な休息だ。これを『三位一体』とオレは言っている。わかるか? 全ての基本はここにあるんだ。そもそも筋肉があれば全ての悩みは――」


「飲み過ぎではありませんか? タクシー呼びます?」


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