第13話 新入生歓迎パーティー
入学式が終わり、夕方からは新入生歓迎パーティーだ。
「すごいです……」
「ああ。そうだね」
目を丸くしているのは、ナオミだけではない。
オズワルドとて同じだった。
王立学院の新入生歓迎パーティーは、学院のホールが使われる。
驚くべき事に、この中でバスケットボールさえも行うことができるのだ。
それだけの面積が着飾った男女で埋め尽くされている。
オズワルドは、父からもらった一張羅に身を包んでいた。
「なぁに、あの服。肩パッドでかすぎよね。ああ、世紀末スタイル?」
「いわゆる『ヒャッハー』ね。実在したなんて。だから屋上で――」
「シーッ! 聞こえたらどうするの!」
周囲がどうにも騒がしい。
どうやらオズワルドの服は流行から大幅に遅れているらしい。
周りの男子生徒は身体にフィットしたスーツを着ているが、オズワルドが着ているのは流行を二周ほど遅れた黒のフロックコートだった。
オズワルドのワードローブの中では、これが最も値の張る物だ。
「申し訳ございません、オズワルドさま……ナオミの独断で衣装を交換いたしました。いかなる罰も覚悟しております」
「いや。君が謝る事はない。むしろ感謝している」
ナオミはひどく申し訳なさそうに項垂れていた。
「チェックのシャツに、上下ケミカルウォッシュのデニムと指ぬきグローブ、赤いバンダナでは、こういった場にはふさわしくないかと思ったのです。どのような罰でもお受けします」
「いや、むしろ感謝している」
「えっ……?」
「危なかったよ。君がいなければ僕はその服で来ていたんだ」
もし自分で選んだ服を着ていたら、入り口で追い返されていただろう。
ナオミはバツが悪そうに頭をかくと、テーブルに並んだ料理を指した。
「オズワルドさま、ナオミがお料理をお持ちします」
「ああ、頼む」
ナオミはきらびやかな料理が並ぶテーブルに向かう。このパーティーは立食形式だ。
給仕もいるが、彼らはおもに専属の給仕を持たない学生を担当する。
ひときわ目を引くブロンドの長髪が目に入った。バージニアだ。
「なかなかイカスじゃない。似合ってるわよ、時代劇みたいで」
「君にそう言われると、皮肉に聞こえるよ」
「皮肉ですって? これは社交辞令というものよ。下手な事言って乱暴されたらたまらないもの」
「そんな事はしないよ」
「わかってるわ。一応ね」
バージニアはツインテールに纏めた髪をうっとうしそうに払う。
服装は金糸で華やかに飾られた、真紅のドレス。
華やかな女学生たちの群れの中で、彼女は異彩を放っていた。
大きく露出した首筋と肩は、驚くほどに白い。
「バージニア。君のそのドレス、よく似合ってるよ。すごく綺麗だ」
バージニアは持っていた扇子を広げると、口許を隠した。
「……お上手ですこと。デビッド、彼にシャンパンを」
「かしこまりました」
タキシードに身を包んだ青年が恭しくグラスを差し出す。
その瞬間、不思議と多くの視線を感じた。
会場の女学生や、メイドたちの視線だ。
このデビッドという執事の青年は、ずいぶんと女性人気が高いようだ。
彼はうやうやしく主人を立てる態度を取って吐いたが、醸し出される雰囲気は雄弁だった。
「乾杯」
「乾杯」
グラスを当て、口を付ける。
バージニアはすでに頬が赤く染まっており、そこそこ飲んでいるらしい。
やがて彼女は同級生の群れに戻っていった。
「ちょっと、バージニア! あなた、大丈夫なの!?」
「そっか、デビッドがいるものね」
「カッコいいわ~! さすがデビッド!」
何やら騒がしいが、オズワルドに話しかけようとする者は居なかった。
バージニアに次ぐ例外と言えるのが、ヘレンだ。
「デビットは目立ちすぎ。執事としては甚だ疑問」
「ヘレン。君も来ていたのか」
ヘレンの服装は、黒を基調に紫のフリルで彩られ、遠目には地味だが形そのものは非常に華やかで先進的だ。
「私だってここの学生。当然参加する権利はある」
「ははは、そうだよね」
「あなたはもう少し周囲に気を払うべき。その点、あなたのメイドはよく働いている」
ナオミを見ると、皿を持ったまま男子学生たちに取り囲まれ泣きそうになっていた。
「ねぇ君、どこの子? 可愛いじゃん」
「この後さ、一緒に飲もうよ」
「良い店知ってるんだぜ、俺」
ヘレンは長い前髪の間から鋭い視線を向けている。
「主人のために情報収集。メイドの鑑」
「いや、違うと思うよ」
どう見ても困っているようにしか見えないので、助け船を出そうと一歩踏み出した時だ。
「失礼、グリーンバーグさん。あちらでノートン様がお呼びですので、至急お戻りください」
デビッドがナオミに声を掛けると、男子学生たちがざわついた。
「やべぇ……アイツのメイドだったのか……!」
「あ、危ねー!」
「くわばらくわばら」
デビッドはその場でこちらに深く頭を下げた。
「お、オズワルドさま!」
真っ青な顔でナオミが戻ってくると、オズワルドの背中に隠れてしまった。
「泣かなかったんだな、偉いぞ」
「うぐっ……」
ナオミは唇をきつく結ぶと一度深呼吸をし、大事そうに抱えた皿を差し出す。
「……へ……平気です。お料理、お持ちしました」
「ありがとう」
しかし、この異様な雰囲気は何なのだろう。
バージニアとヘレン以外、誰もオズワルドと話そうとしないのだ。
こちらから声を掛けようにも、例外なく逃げられてしまう。
「…………う~ん。失敗だったかなぁ」
オズワルドにあっけなく敗れた三人は、ゲイリー・ベンソンと、フンバルト・ウンデル、マーラー・シコルスキー。
いずれも王都の下級貴族だった。
彼らの怪我は大したことはなく、また顔に傷が残るような真似もしなかったため、彼らもパーティーに参加しているはずだ。
見回してみると、すぐに見つかった。例によって三人で固まっている。
たまに腰をさする仕草が痛々しいが、数日で治るだろう。
「……よく考えてみれば、僕も悪かった。よし、謝ろう」
三人に向けて一歩を踏み出すと、まるで伝説に出てくる海を割った予言者のように人の群れが分かれていく。
「ねえ、ベンソン君、ウンデル君、シコルスキー君……さっきはその」
「ひいっ!?」
「ゆ、許してくれ!」
「これをやる! これで勘弁してくれ!」
シコルスキーは怯えきった顔で、何かペンダントのような物を差し出してきた。
「いや、そういうのはいらないけど。僕はただ――」
――謝ろうと。
その言葉も、彼らには届かなかったようだ。
「頼む! 受け取ってくれ! 芸術見本市で買った物で、売れば金貨百枚はかたい! これをやるから許してくれ!」
シコルスキーはペンダントのような物を無理矢理オズワルドに押しつけると、ベンソン、ディアとともに脱兎のごとく逃げ出した。
「ま、待ってよ。いらないったら……」
オズワルドの右手は虚しく空を切る。
シコルスキーのペンダントは五センチ角の正方形で、厚さは五ミリほど。
表側は銀色の金属で覆われ、見た事もない文字が刻まれている。
裏側は黒い樹脂のような素材で、一ミリ間隔で小穴が無数に開いていた。中央にはくぼみがあり、米粒ほどの四角い石が並んでいる。
「……困ったな。う~ん。…………そうか! とりあえず受け取っておいて、明日返せばいいんだ。今日はまだ混乱しているだろうしね。それをきっかけに話ができるようになるぞ」
オズワルドはペンダントをポケットに収めた。
「人の財産を無理矢理……」
「あんな悪人、見た事ないわ……」
「怖い……怖いよ……」
今は言わせておけばよい。
明日になって落ち着いてくれれば、今日の事を謝って、ペンダントを返して友達になれるのだ。
そうすれば誤解も解ける。それまでの辛抱だ。
オズワルドはポケットの中でペンダントを握りしめた。
「オズワルド・ノートン」
「はい?」
後ろから肩を叩かれ、振り返る。
そこには、警備員一個小隊を引き連れた学院の教師。
眉間には皺が寄り、いかにもお怒りのようである。
「君の停学が決定した。今すぐに自宅待機したまえ。詳細は追って沙汰する」
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