初タピ

「お待たせ、セラ!」


 鈴のようにコロコロと転がる可愛らしい声。

 その方向に視線を向ければ、人混みの中にぴょこぴょこと動く髪先が見つかる。

 わたしの最愛の恋人、紅崎リコだ。


「ううん、こちらこそお待たせリコ。今日はどこ行くの?」


「もちろん、流行りのあれ! タピオカミルクティー!」


 両手をぐっと握りしめぴょんぴょん跳ねながら笑顔でリコは答える。

 タピオカミルクティー。確かに最近よく耳にする言葉だ。一度だけわたしもリコがお持ち帰りで持ってきたものを飲んだことがある。あの時は『タピオカチャレンジ』なるものをやらされてリコが不機嫌になったんだっけ。

 なんてことを思い出しながら嬉しそうに歩くリコの後ろをついて行く。

 

「ある専門店があるんだけどねー、目玉の商品は何と焦がしキャラメルタピオカミルクティー!」


「すごい名前のインパクトがでかいけど……でも美味しそうだね」


「でしょ!? もう楽しみ!」


 そう言ってリコは笑顔で振り返る。

 この元気そうで無邪気な姿がわたしはとても好きだ。彼女の笑顔を見ているだけで不思議と活力が湧いてくる。

 わたしもリコの言う焦がしキャラメルタピオカミルクティーなるものに期待を抱きながら、はぐれないようリコの手を握って一緒に歩く。

 そして件の専門店に辿り着くが……。


「わっ、すごい行列」


「こんなもんだよー。どこのお店もお昼なら結構並ぶよ」


「皆好きなんだねぇ」


「美味しいし映えるからね。私はあまり映えとか気にしないけど」


 確かにリコは食べ物の写真をSNSに上げたりはするが、あまり映えを意識しているような呟きはしていない。

 どちらかというとわたしとのデートを自慢したくて呟いているらしく、いわゆる拡散にはあまり興味がないようだ。それを聞いた時はすごく恥ずかしくなったけども。

 列を待っている間、店から白い髪に赤い瞳の中学生と思われる少女と高校生と思われるポニーテルの少女が並んでタピオカミルクティーを持って楽しげに会話しながらわたしたちの横をすれ違っていった。


「美味しい~! これすっごく俺好みの味だよ!」


「お気に召していただけて何よりです。ただ甘すぎませんか……?」


「分かってないな、この甘さがちょうどいいんだよ」


 なんて会話が聞こえてくる。


「……えへへぇ」


 甘味を想像したのだろうか、だらしなく頬を緩めてリコが笑う。

 彼女も相当の甘党で、日常的にミルクティーやいちご牛乳をよく飲んでいる。

 虫歯にならないか心配だが、本人曰く「ちゃんと歯を磨いてればならないよ」とのことで実際に健康診断でも問題無しと診られている。そして糖分を多く摂っているにも関わらず体型は不思議と変わらないので羨ましい。そのことを指摘したら「でもセラは全部おっぱいに行くじゃん」と失礼な言葉と共に不満げな目で睨まれたのだが。

 ともかく、ようやく列から解放され件のタピオカミルクティーを購入する。店から出て近くのベンチで飲むことにした。


「あ、セラ。ストローの刺し方知らないんだっけ?」


「え、ルールとかあるの?」


「ストローも蓋も普通のとは違うからね。こう中心を狙って、躊躇なく力強くストローをガッッて刺すの」


 言いながらリコは実践してみせる。

 本当に力強く勢いよくストローを刺していった。

 やりすぎでは!? と一瞬焦るが飲み物が溢れる様子はない。どうやらリコの言う通り力強くやるべきらしい。

 思わず生唾を飲み込む。よく分からないが緊張する。目の前の蓋とストローを見つめること数十秒。


「よし!」


 と、わたしは覚悟を決めてストローを手にとった。

 右手でストローを左手にカップを持ち、ゆっくりと右手を上げる。深呼吸。目の前の蓋をじっと睨みつけて。


「はぁっ!」


 気合の入った掛け声を上げながらわたしはストローを蓋に勢いよく突き刺した。

 突き刺して、なるほどと理由が深く分かった。ストローが突き破られる直前に感じた強い反発力。蓋もストローも普通の飲み物とは違って堅く出来ている。特に蓋はシールで張ったかのようにピッタリとカップにくっついているのだ。確かに普通の感覚で開けようとしてもストローが滑ってしまうだけだろう。


「……っ。おお~、おめでとう!」


 と何やら笑いを堪えるような声と共にリコが褒める。

 隣を見るとリコがスマホでわたしの様子を撮影していた。直前までのわたしの行動を思い出す。

 ポン、と自分の顔が赤くなっていくのを実感していた。


「ちょっ、リコ!? やめて、恥ずかしいから!!」


「ふふ、これは中々の傑作。暇な時に見てよーっと」


「待って、恥ずかしいから! 今すぐ消して!」


「やだもーん、永久保存版ですぅ。それより飲んでみようよ」


 動画のことは軽く流されてしまった。リコ、後で覚えておきなさい……!

 だが確かに買ったのに飲まないのはもったいない。未だ恥ずかしさが冷めぬままわたしはストローを口に咥えて一口飲む。


「あまっ」


 想像以上に甘かった。だが嫌いではない。わたしが普段飲むジュースより甘い程度で確かに美味しかった。

 そして隣のリコは、


「んぅ~♪」


 頬に手を当てご満悦だった。

 あまりにも可愛かったのでパシャリと一枚わたしは彼女の姿を撮影する。好物を口にしたリコはしばらくの間トリップするので今の行為は気付かれていないだろう。わたしのささやかなお返しだ。


「あ、そうだ!」


 リコは何か思い出したかのようにスマホを取り出す。


「どうしたの?」


「セラの初タピを記念して一緒に写真撮ろ!」


「初タピって何……?」


 初めて聴く言葉に困惑しながらもわたしは画面内に収まるようにリコの側に寄る。


「はい、チーズ!」


 パシャリ、と軽快よく響くシャッター音。

 しっかりと撮影されたのを確認して戻ろうとした直前、突然リコから頬をキスされた。


「り、りりりりリコ!? びっくりさせないでよ、もう!」


「えへへ、ついついしたくなっちゃって」


 ぺろ、と可愛らしく舌を出していたずらっぽく笑うリコ。

 心臓がドキドキ暴れていて、それを隠すようにわたしはストローを口に含む。

 そこでちょん、と裾を引っ張られた。


「?」


「ねえ」


 そう言いながらリコは自分が飲んでいたタピオカミルクティーを差し出す。


「交換こ、しよ?」


「~~! で、でも同じものだよ……?」


 首を傾げて可愛らしく言うリコに思わず悶そうになる。

 それを我慢して声が上擦りながらもわたしは指摘をする。だがリコは頬を膨らませて、


「こういうのは雰囲気なの雰囲気!」


「分かった、分かりました! もう……」


 恥ずかしさで脳が沸騰するのではないかと思うほど顔の熱を上げながらわたしはリコが差し出したストローを口に咥える。

 同時にわたしも腕を上げてリコにストローを咥えさせる。

 そのまま吸い上げ、喉を鳴らして飲む。

 同じ中身のはずなのに何故か特段と甘く感じられて、わたしはくらくらしていた。途中タピオカが喉に詰まるのではないかという危惧すらしたがそんなことはなく無事に食道を通る。

 短いながらも長く感じられた交換こが終わり、わたしは息を荒げながらストローから口を話す。


「はぁ……はぁ……、やっぱり恥ずかしいよ……」


「だね、思ったよりすごかった……」


 リコも頬を赤らめて伏目がちに答える。

 

「キスより恥ずかしかった……」


「わたしはどっちもだよ……」


「でもさ、タピオカミルクティー中々良かったでしょ?」


 はにかんだ笑顔を浮かべてリコが言う。

 確かに世間に疎いわたしはこういった物に手を出す機会はあまりなくて、ちょっとお値段は高かったけど確かに美味しかったし、中々良い体験をしたと思う。

 だけど、その体験が出来たのは。


「うん。でもこれもリコのおかげだよ。リコが言わなかったらわたし自分から行こうだなんて思わなかったし。ありがとう」


 と感謝の気持ちを込めてリコの目をじっと見つめて答える。

 わたしの返事にぱちくりとリコは目を瞬かせて数秒固まり。


「……まったく、そういう所だよ、セラは」


 と何故か頬を紅潮させて目を逸らしてしまった。


「え!? 何か悪いこと言った!?」


「全然! また来ようね、セラ!」


 ぱっと笑顔を浮かべリコは目を輝かせて言う。

 わたしはその笑顔に惹かれながらも大きく頷いて答えた。


「うん、また行こう!」


 わたしは立ち上がろうとリコの手を握った。

 その瞬間、リコがずい、と身を引き寄せわたしと唇が重なった。


「っ!?」


「ん……」


 突然のことに驚き、硬直して頭が真っ白になる。

 キスしていた時間はほんの一瞬だった。すぐにリコが身を引き、頬を赤らめて笑顔を浮かべる。


「えへへ……やっぱりこっちのキスじゃないとね」


「っ~~! ばか……」


 恥ずかしさが込み上げ思わず目を逸らす。

 キスしていた時間はほんの僅かだったけれど。


 ────その甘い味は、長い尾を引いてわたしの口の中に残り続けていた。



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