キスの日

「セラー!」


 とてとて、と足音を響かせながらリコがリビングに飛び込んでくる。

 よほど興奮しているのだろうか、息を切らしながら激しく体を揺らしている。


「びっくりした、いきなりどうしたの?」


 彼女のテンションに驚きながらもわたしは蛇口を捻りコップを水に注ぐ。

 水を飲みながらリコに目を向けると、キラキラと瞳を輝かせながら彼女は身を乗り出してとんでもないことを唐突に言い放つ。


「今日ね、キスの日なんだって!」


「ごふっ!?」


 いきなりのワードにわたしは思わず、飲んでいた水をむせ返してしまう。

 幸いにも吐き出さずに済んだものの、大いに咳き込み涙目になりながらリコに抗議する。


「いっ、いきなり変なこと言わないでよ。明日がき、キスの日だからどうしたって言うの?」


「キスしたーい!」


 手を万歳させ大声で返すリコ。

 そんな彼女の様子に「はあ」と思わず溜息をついてしまう。


「わたしたちいっぱいキスしてるじゃん。これから勉強しようと思ったんだけど」


「ええー、今したい!」


「うーん……分かったよ。一回だけね」


「わーい!」


 と何故か大はしゃぎするリコ。わたしも何だかんだ言って彼女に甘すぎる部分がある。喜ぶリコの姿が可愛いから許すけど。

「んー」と唇を差し出すリコの前に立ち、わたしもキスの準備をする。……だけど、これはこれですごく恥ずかしい。というか、改めて今日がキスの日(らしい)ということを意識するととてつもなく恋人らしいことをしているような気がして、何だかバカップルになったような気分というか実際そうかもしれないんだけどそれよりもこうしてテンション上がってキスを今か今かと待ちわびているリコの姿が物凄くかわいいしずっと眺めていたいんだけどつまりキスをするのが恥ずかしくてでも言ってしまった以上引き下がれないしそろそろリコが、


「まだぁ?」


「ご、ごめん! やるね!」


 ええい、ままよ!

 そっと手を伸ばして頬に触れ、わたしは目を閉じてゆっくりとリコと唇を重ね合わせる。


「んっ……」


「んん……」


 ほんのわずかに漏れる吐息。

 柔らかくも熱い感触。頬から伝わってくる温もりと漂う甘い匂いがわたしの頭を軽く酔わせる。

 そのまま数分だっただろうか。もうそろそろいいかなと、閉じていた瞼を開ける。リコも目を開けていて、彼女がにやっと微笑んだ。


「んんっ!?」


 直後、わたしの首にリコが腕を回し、舌を入れてきた。

 突然の行為にわたしは驚くも時はすでに遅く、彼女になすがまま侵入を許してしまう。

 熱くうねる舌が絡まり合い、奥深くまで交わっていく。脳が痺れそうなほどの水音が頭の中でこだまし、口の中を何度もなぞられて奪われるように吸われていく。


「ん、ふっ、ぁ……」


「ふぁ、んぅ、せ、ら……」


 視線を前に向ければ蕩けた瞳を向けるリコ。

 無邪気さと妖しさが混じり合った視線に射抜かれて、わたしも頭が茹だったかのように思考が溶けていく。

 そうして、どれくらい深いキスを交わしていたのだろうか。


「ぷはっ、ぁ……」


「はぁ……はぁ……」


 離れたのは二人同時だったのだろうか。

 必死に息を吸い込みながらも名残惜しさすら覚えて、わたしとリコの唇を繋いでいる銀糸をぼーっと見つめる。

 リコから流れ込んできた唾液それを、ごくりと喉を鳴らして嚥下し、ようやくわたしは我に帰る。


「い、いきなり何するの……!?」


「ごめん、私もちょっと興奮しちゃって……」


 手の甲で唇を拭いながら申し訳なさそうにするリコ。

 その様子にわたしも気を悪くしてしまい、ついつい謝ってしまう。


「ま、まあいいよ。わたしも気持ち良かったし。とりあえず満足した?」


「うん、ありがとう!」


 そう言ってリコは満面の笑みを浮かべる。

 その様子にわたしも気を良くしてしまい、結局彼女には逆らえないんだろうなあと甘えた思考をしてしまう。

 それから勉強道具を取ってリビングの机に向かい、ノートを広げたところで。

 リコがちょん、と袖を引っ張ってきた。


「どうしたの?」


「いや、その、あのね……」


 何やら顔を赤くしてもじもじしているリコ。

 心配になってしまってわたしは思わずリコの顔を覗き込んだ。

 瞳を潤わせ、何や期待しているかのような視線を向けてくるリコ。

 背徳感すら覚えさせるその姿にわたしは思わず喉を鳴らしてしまう。


「今日キスの日だから……もう一回だけしない?」


「そ、そんなの────」


 ダメ、なんて言うことはできなかった。

 あっけなくわたしの理性は焼き切れ、再びリコとキスを交わしてしまった。






※最初に戻る。






────キスの日、完。

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