第18話 最期

この20年間、電話をしたのはお正月の挨拶をするときくらいだった。


来年のお正月は電話なんて出来ない。今回が、最後になる。


「もしもし、葉音?」


確認するまでもなく、間違えているはずはない。それでも挨拶代わりにそう言うと、嬉しそうな声が返ってきた。


「光一?」


「うん。僕」


答えると、葉音の声が少し怒りを含んだものに変る。


「最近来ないけど、どうしたわけ?」


「ごめんね……ちょっと病気になっちゃって、入院してるの。もうすぐ死ぬみたい」


緊張を悟られないよう、さらりと告げた。それに対する葉音の返事は、「ふぅん」という間の抜けたもの。


「で、いつになったら来るの?」


『やっぱり……』


悪い予感は、的中していた。葉音には、死ぬということがよくわからない。


「ゴメン。多分もう行けないと思う」


「この役立たず」


「ゴメンってば。で、お願いなんだけど」


そこで一度言葉を切った。そして意を決して続ける。


「これは、葉音に叶えて欲しい願いだよ。僕のことをずっと忘れないで欲しい。代償として、僕の命をあげるから」


「いいわ。叶えましょう」


お客さんに答える時と、同じ声色だった。


「後で生き返らせたりしちゃだめだよ。


それじゃ。ありがとう、葉音。大好き」


「…………ありがと」


小さな声でそう答えると、葉音はがちゃんと電話を切ってしまった。


『わ~、照れてる照れてる』


葉音の赤くなった顔が見えるような気がして、思わずクスリと笑いがもれる。


一人で笑ってるなんて怪しい人みたいだな、と思いながら受話器を置いて、自分の病室へと歩き出した。


『僕ってホント、最低』


笑いが通り過ぎたとたんに、気分が落ち込んだ。自分がしたことときたら。


『無理矢理自分のこと好きにさせて。もう一緒にいられないくせに、今度は忘れられなくして。


ほんと最悪。悪魔』


それでも、葉音に忘れられるなんて想像するだけで恐ろしかったのだ。あまりに、寂しすぎるから。


『でも僕一生懸命葉音に尽くしてきたし。 このぐらいのわがままは、許してよね』


そう言ったらきっと葉音はこう答えるだろう。


「光一のくせに生意気」


それでもさらに頼めばきっと、最後には許してくれる。


「しょうがないわね……」


とか何とか言って。しぶしぶながらです、という態度を全面に出して。


そんな葉音の姿が目の前に見える気がして、また小さく笑ってしまう。


『あ……眠く、なってきた…』


急に瞼が重くなって来て、体がふらつき、床に座り込んだ。ああもうか、と思いながら壁に背を預け、目を閉じる。


『バイバイ、葉音……大好き……』


愛する者からもたらされる覚めない眠りは、とても気持ちがよかった。

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