第17話 瓶の中身は
「あ」
ガシャン、と。手から滑り落ちたお皿は床に落ち、割れてしまった。
とりあえず指をパチンと鳴らしてみる。何も、起こらない。
「困ったわね……」
割れたお皿を見下ろして、葉音はそうつぶやいた。
困るのは割れたことではなく、力が上手く働かなかったこと。
羽が折れてから数週間。羽が自然に治る気配は全くなく、それに関連してか力も弱くなってしまった。
全く力が無くなってしまった、というわけではないが、もう何でも出来るわけではないと考える方が良さそうだ。
『どうしようかしら……』
となると、どうしたところでいつかはお金が必要になるだろう。
例えば今割ってしまったお皿。代わりを手に入れるには、どこかから買ってこなければならない。
もちろん家にお皿が一枚しかないということはないけれど、無限にあるわけではないのだ。
『あそこにまだあるかしらね……』
割れたお皿を放って置いたまま、葉音は隣の部屋に移動した。そこにはお客から取った代償がしまってある。
『あー……ほとんど残ってないわ』
棚に積んであったはずの札束は、残りわずかになっていた。
今まで貯金ということを考えたことがなかったので、何も考えずに光一に渡していたのだ。
『ん~…………』
しばらく考えて、葉音は受話器を手に取った。
トゥルルルルル。トゥルルルルル~。
「はい、スリーシックススです」
「もしもしろくちゃん? うちにあるいらない物、買ってくれない?」
*
葉音の家の前に立ち、一度大きく深呼吸。
『今日こそちゃんと、壊さないで開けるんだから!』
そう決意して、むつみはドアに手を伸ばした。
しかし手が触れる前に、ドアは勝手に開いてしまう。
「うわ、びっくりした」
「こ、こんにちは……」
10才くらいの女の子が、ドアを支えて立っていた。彼女がドアを開けたのだろう。
「もしかして、里奈ちゃん?」
「は、はい」
葉音から、新しい子が働くようになったとは聞いていた。
その子達が、葉音の翼の片方を折ってしまったらしい、ということも。
「あの、どうぞ、入ってください」
「あ、は~い。ありがとう」
促されて、家の中に入る。すると、里奈よりも少し年下の男の子が目に入った。
彼はむつみの姿を見つけると、慌てて頭を下げる。
「こ、こんにちは!」
「……こ、こんにちは。えっと、俊君だっけ?」
「は、はい!!」
なんだか二人とも、妙に緊張している。
『……? 変なの』
そう思っていると、葉音が奥の部屋から出てきた。
里奈と俊を見ながら、意地悪く笑っている。
「本物の悪魔を見た感想はどう?」
本物の、悪魔。引っかかる言葉だ。
「どういう意味?」
尋ねると、葉音はにたぁっと笑った。
「この子達、最初私のことを『森に住んでる悪魔』って言ったんだけど、私は悪魔でもあるけど天使でもあるから、悪魔でも天使でもないじゃない。
でも、ろくちゃんはデビルでしょう? だから、『今日来るお客さんは私と違って”本物”の悪魔なのよ』って言ってっやったの。
そしたら二人ともおびえちゃって」
葉音はそれが楽しくてたまらないらしい。むつみはため息をついた。
「いじめられちゃってかわいそうに。二人とも、大丈夫だよ? むつみちゃんてば基本的に無害なデビルだから」
「でも、扉壊しちゃうんですよね?」
「それはドアを開けるのが下手なだけだもん! 葉音の意地悪! なんてこと教えてんのよ!」
憤慨し、ぶんぶんと腕を回す。その様子を見た俊が、小さく「怖くないかも」とつぶやいた。
「当ったり前! 魔法なんてめったに使わないもん!」
「うるさいしドア壊すし、私にとっては有害だわ」
葉音に軽く睨まれ、腕を振り回すのをやめる。
「で、本題なんだけど。商品になりそうなものは、こっちにあるわよ」
いくつも並んでいる扉の一つを開け、葉音が手招きした。それに従い、その部屋をのぞき込む。
「うっわ!」
驚いて声を上げると、「なにがあるの~?」っと俊と里奈もよってきた。
しかし葉音は二人を睨み、
「あんた達は隣の部屋の掃除。ぬいぐるみが埃かぶってるから、払ってきなさい」
と言って二人を追い払った。
「え~!」
ふてくされた声を背に、葉音は後ろ手で扉を閉めてしまう。
かわいそうだな、とは思った。だがその気持ちよりも、早くそこにある物を手にとってみたいという気持ちの方が大きい。
「見てみていい?」
「そのために呼んだんだもの。悪いわけないでしょ」
「ありがと!」
早速、棚の一つを物色する。
「これ竜の鱗だよね? こっちは人魚の涙でしょ? すごいすごい!」
「商品になりそう?」
「うん! 高値つけても売れると思う。目玉商品にできるよ~」
むつみは今、『スリーシックスス』という店を開いている。
「不思議なものなら何でもござれ、って看板に書いちゃったんだけど、大した物手に入れられなくて困ってたんだ~。
だから助かる!」
「良かった。どんどん買っていってちょうだい」
これはいくらぐらいで売れる、こっちは売れない……頭の中で計算しながら、横歩きで進む。
すると、それまでの棚とは少し違った棚の前に来た。
透明の瓶がずらっと並んでいて、その中に銀色の靄のようなものが入っているのだ。
一つを手にとり、顔を近づけて中身を除いてみた。うっすらと何か映像が見える、ような気がする。
「これは何?」
「人間の記憶とか、想いの類ね」
「へ~!」
形のない物はこうやって保存するのか、と妙に関心する。
そういえば前にお店にやってきた太ったおじさんに、人間の記憶があれば高く買う、と言われたことがある。
予定には無かった物だが、試しにいくつか買って帰ろう、と決めた。
『どれにしよっかな~……』
考えながら見ていると、たくさんの瓶の中に一つだけ、中身の靄が金色のものを見つけた。
それだけ、隣の瓶と少し離して置いてある。
「これは他のと違うの?」
手にとって、葉音に見せる。すると。
「あ、それはだめ」
パッと、取り上げられた。
「えと、大事なもの?」
尋ねると、葉音はこくんと頷いた。
「形見なの」
「かたみ……?」
「そう、形見」
瓶に視線を落とす葉音は、少し寂しそうだ。
「光一から取った命よ」
その言葉にむつみは一瞬言葉を失い……そして。
「ふ~ん、そうなんだ。あ、隣の棚も見ていい?」
話題を、変えた。
聞きたいことはもちろんあった。けれどその日、最後までそれを口に出すことは出来ないまま、帰った。
『言えるわけないよねぇ……』
月を見ながら、一人ため息をつく。
『葉音が光一を殺しちゃったの? なんてさ』
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