第17話 瓶の中身は

「あ」


ガシャン、と。手から滑り落ちたお皿は床に落ち、割れてしまった。


とりあえず指をパチンと鳴らしてみる。何も、起こらない。


「困ったわね……」


割れたお皿を見下ろして、葉音はそうつぶやいた。


困るのは割れたことではなく、力が上手く働かなかったこと。


羽が折れてから数週間。羽が自然に治る気配は全くなく、それに関連してか力も弱くなってしまった。


全く力が無くなってしまった、というわけではないが、もう何でも出来るわけではないと考える方が良さそうだ。


『どうしようかしら……』


となると、どうしたところでいつかはお金が必要になるだろう。


例えば今割ってしまったお皿。代わりを手に入れるには、どこかから買ってこなければならない。


もちろん家にお皿が一枚しかないということはないけれど、無限にあるわけではないのだ。


『あそこにまだあるかしらね……』


割れたお皿を放って置いたまま、葉音は隣の部屋に移動した。そこにはお客から取った代償がしまってある。


『あー……ほとんど残ってないわ』


棚に積んであったはずの札束は、残りわずかになっていた。


今まで貯金ということを考えたことがなかったので、何も考えずに光一に渡していたのだ。


『ん~…………』


しばらく考えて、葉音は受話器を手に取った。


トゥルルルルル。トゥルルルルル~。


「はい、スリーシックススです」


「もしもしろくちゃん? うちにあるいらない物、買ってくれない?」



葉音の家の前に立ち、一度大きく深呼吸。


『今日こそちゃんと、壊さないで開けるんだから!』


そう決意して、むつみはドアに手を伸ばした。


しかし手が触れる前に、ドアは勝手に開いてしまう。


「うわ、びっくりした」


「こ、こんにちは……」


10才くらいの女の子が、ドアを支えて立っていた。彼女がドアを開けたのだろう。


「もしかして、里奈ちゃん?」


「は、はい」


葉音から、新しい子が働くようになったとは聞いていた。


その子達が、葉音の翼の片方を折ってしまったらしい、ということも。


「あの、どうぞ、入ってください」


「あ、は~い。ありがとう」


促されて、家の中に入る。すると、里奈よりも少し年下の男の子が目に入った。


彼はむつみの姿を見つけると、慌てて頭を下げる。


「こ、こんにちは!」


「……こ、こんにちは。えっと、俊君だっけ?」


「は、はい!!」


なんだか二人とも、妙に緊張している。


『……? 変なの』


そう思っていると、葉音が奥の部屋から出てきた。


里奈と俊を見ながら、意地悪く笑っている。


「本物の悪魔を見た感想はどう?」


本物の、悪魔。引っかかる言葉だ。


「どういう意味?」


尋ねると、葉音はにたぁっと笑った。


「この子達、最初私のことを『森に住んでる悪魔』って言ったんだけど、私は悪魔でもあるけど天使でもあるから、悪魔でも天使でもないじゃない。


でも、ろくちゃんはデビルでしょう? だから、『今日来るお客さんは私と違って”本物”の悪魔なのよ』って言ってっやったの。


そしたら二人ともおびえちゃって」


葉音はそれが楽しくてたまらないらしい。むつみはため息をついた。


「いじめられちゃってかわいそうに。二人とも、大丈夫だよ? むつみちゃんてば基本的に無害なデビルだから」


「でも、扉壊しちゃうんですよね?」


「それはドアを開けるのが下手なだけだもん! 葉音の意地悪! なんてこと教えてんのよ!」


憤慨し、ぶんぶんと腕を回す。その様子を見た俊が、小さく「怖くないかも」とつぶやいた。


「当ったり前! 魔法なんてめったに使わないもん!」


「うるさいしドア壊すし、私にとっては有害だわ」


葉音に軽く睨まれ、腕を振り回すのをやめる。


「で、本題なんだけど。商品になりそうなものは、こっちにあるわよ」


いくつも並んでいる扉の一つを開け、葉音が手招きした。それに従い、その部屋をのぞき込む。


「うっわ!」


驚いて声を上げると、「なにがあるの~?」っと俊と里奈もよってきた。


しかし葉音は二人を睨み、


「あんた達は隣の部屋の掃除。ぬいぐるみが埃かぶってるから、払ってきなさい」


と言って二人を追い払った。


「え~!」


ふてくされた声を背に、葉音は後ろ手で扉を閉めてしまう。


かわいそうだな、とは思った。だがその気持ちよりも、早くそこにある物を手にとってみたいという気持ちの方が大きい。


「見てみていい?」


「そのために呼んだんだもの。悪いわけないでしょ」


「ありがと!」


早速、棚の一つを物色する。


「これ竜の鱗だよね? こっちは人魚の涙でしょ? すごいすごい!」


「商品になりそう?」


「うん! 高値つけても売れると思う。目玉商品にできるよ~」


むつみは今、『スリーシックスス』という店を開いている。


「不思議なものなら何でもござれ、って看板に書いちゃったんだけど、大した物手に入れられなくて困ってたんだ~。


だから助かる!」


「良かった。どんどん買っていってちょうだい」


これはいくらぐらいで売れる、こっちは売れない……頭の中で計算しながら、横歩きで進む。


すると、それまでの棚とは少し違った棚の前に来た。


透明の瓶がずらっと並んでいて、その中に銀色の靄のようなものが入っているのだ。


一つを手にとり、顔を近づけて中身を除いてみた。うっすらと何か映像が見える、ような気がする。


「これは何?」


「人間の記憶とか、想いの類ね」


「へ~!」


形のない物はこうやって保存するのか、と妙に関心する。


そういえば前にお店にやってきた太ったおじさんに、人間の記憶があれば高く買う、と言われたことがある。


予定には無かった物だが、試しにいくつか買って帰ろう、と決めた。


『どれにしよっかな~……』


考えながら見ていると、たくさんの瓶の中に一つだけ、中身の靄が金色のものを見つけた。


それだけ、隣の瓶と少し離して置いてある。


「これは他のと違うの?」


手にとって、葉音に見せる。すると。


「あ、それはだめ」


パッと、取り上げられた。


「えと、大事なもの?」


尋ねると、葉音はこくんと頷いた。


「形見なの」


「かたみ……?」


「そう、形見」


瓶に視線を落とす葉音は、少し寂しそうだ。


「光一から取った命よ」


その言葉にむつみは一瞬言葉を失い……そして。


「ふ~ん、そうなんだ。あ、隣の棚も見ていい?」


話題を、変えた。


聞きたいことはもちろんあった。けれどその日、最後までそれを口に出すことは出来ないまま、帰った。


『言えるわけないよねぇ……』


月を見ながら、一人ため息をつく。


『葉音が光一を殺しちゃったの? なんてさ』

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