第15話 写真

久しぶりに自分の部屋の整理をしていたら、引き出しの奥から写真が一枚出てきた。


僕がぞうきんがけをしている様子を、葉音が見ている、という写真。


葉音の家での僕の働きぶりを見に来た、父が撮ったものだ。


小学校に行く行かないでもめていた頃だから、12年も前のものだということになる。


「頑張りなさい」


あの日の声が蘇る。


何を思って葉音の家で働き続けることを許してくれたのか、今でもよくわからない。


父は寡黙な人で、あまり考えていることを表に出さないのだ。


けれどもいつも、僕の味方をしてくれた。


『これ明日、葉音に見せよう』


そう決めて、部屋の明かりを消す。


葉音は何て言うだろうか。僕が昔と随分変わっていることに、驚くかもしれない。



次の日。昨日の写真を渡すと、葉音は目を丸くして写真の僕と現実の僕を代わりばんこに何度も見つめた。


「そういえば昔は子供だったわね……何で今そんななのに、この頃はこんななのよ……」


少し、混乱しているらしい。そんな葉音、そうそう見られるものではない。


『ちょっと面白い……』


思わず少し笑ってしまう。幸い、葉音には気づかれなかった。


「そういえばろくちゃんも昔は今みたいじゃなかったわ……」


「確かに。僕と初めて会ったときは、ろくちゃんの背、葉音と変わらなかったよね」


今のろくちゃんは、あと数年で僕を追い越しそうなぐらい背がある。


12年で4、5年分ぐらい成長した感じだ。デビルの成長速度は、人間より遅いらしい。


「ね、また写真撮ろっか。家に帰ればカメラあるよ」


確か使っていない写真立てもあったはずだ。


昔の写真と今の写真を並べて飾ったら、面白いかもしれない。


「いいわね、撮りましょうか」


葉音も賛同して、楽しそうに笑ってくれた。


「じゃ、カメラ取りに一回帰るね」


「わざわざそんなことしなくていいわよ。ほら」


次の瞬間にはもう、葉音の手にはカメラが握られていた。


その行動に、僕は少し呆れてしまう。


「あのね葉音。そうやって普通に出来ることに力使っちゃだめだ、っていつも言ってるじゃん。それじゃ楽しくないでしょ」


いくら言っても、葉音のこの癖はなかなか直らない。


「だってこの方が早いじゃない」


今日もいつもと同じ答えが返ってきた。それでも、「なんでよ」と睨まれないだけ、昔よりマシだ。


「バカ言ってないでさっさと撮るわよ。ハイチーズ」


「え、ちょ」


パシャリ。フラッシュがまぶしく光る。


いきなりだったこともあり、まぶしくて目をつぶってしまった。


それにしても。


「よく”ハイチーズ”って言うの知ってるね。写真撮るの初めてでしょ?」


「バカにしてるの? 私に知れないことなんてないの。ほら、また撮るわよ」


ハイチーズ、パシャリ。少し慌てたけれど、今度はちゃんと笑って写れたと思う。


「じゃ、今度は僕が撮るよ。カメラ貸して」


「私はいいわ。変わらないもの」


僕が手を伸ばすと、葉音はふいとカメラを僕から遠ざけた。


「わざわざ残しておかなくてもそのままよ」


「わかんないじゃんそんなの」


「私にわからないことなんてないって言ってるじゃない」


「いや、知れないことはなくても、わからないことは絶対あるよ。しかもいっぱい」


知っていることとわかっていることは違うのだ。そのことを、葉音はわかっていない。


僕は隙をねらって、ひょいっと葉音からカメラを取り上げた。


「ちょっと! 光一のくせに生意気よ。返しなさい」


「いいからいいから。ハイ、チ~ズ」


パシャリ。


この一枚は、笑顔とはほど遠い写真になるだろう。


でも、怒っている写真だって後で見て面白いと思う。


「光一!」


「もう一枚撮るから、今度は笑って?」


「そうじゃなくて、返しなさい」


本気で怒り出しそうだったので、しぶしぶながらもカメラを渡す。


それを受け取った葉音は椅子にドンっと座り、そっぽを向いてしまった。


「えっと……怒った?」


恐る恐る、その顔をのぞき込もうと近づく。


すると次の瞬間、パシャリ。


「今の間抜けな顔、いい写真になるんじゃないかしら」


ニヤリと笑う彼女に、力が抜けた。全く、もう。


「その顔撮ってあげよっか?」


「いらないわ。光一の写真だけあればいいもの」


どうやら葉音は写真に撮られるのを嫌がるタイプだったらしい。知らなかった。


「じゃあ、カメラ貸して? 隣町持ってって、現像してもらうから」


「そんなことしなくても私が「だ~め」


葉音の言葉をわざと途中で遮ると、軽く睨まれた。


でも、だめなものはだめ。


「出来るまで時間がかかるのがいいんじゃない。


ね、良かったら一緒に行こ。それでちょっと買い物して帰って来ようよ」


「嫌よ面倒だもの。私が力を使うのが嫌なら、一人でさっさと行ってきなさい」


「え~」


「口答えしてないで、早く」


「はいはい」


仕方なく、鞄にフィルムを入れて一人で葉音の家を出た。


『今度絶対葉音の笑った顔も撮ろっと』


葉音が自分は変わらない、と思っているのは、変化に気がついていないせいだ。


姿形が変わらなくても、表情の作り方などは出会った時とは随分変わった。


『いい天気だし、やっぱり一緒に来れば良かったな~』


今度は無理矢理にでも連れて出よう。そして記念写真を撮ろう。


ひそかにそう、心に決めた。

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