第13話 明日でいいわ
葉音が光一に出会う、前のお話。
空は青く、太陽はぎらぎらと輝く。森では蝉が大合唱。
夏である。
村の子供達は、暑さも気にせず森に遊びに来ていた。きゃーきゃーいう高い声が、葉音の家の中にまで響いてくる。
そんな中葉音は、ソファーの上にだらりと横になっていた。暑くて暑くて、動く気がしないからだ。
『これだから夏ってのは……夏、なくそうかしら……』
それは葉音の力を持ってすれば、本当に簡単にできること。
『でもめんどう……』
しかし暑すぎて、力を使う事すら面倒くさい。
『明日でいいわ』
そう結論づけて、葉音は寝返りを打った。
夏なんてなくしてしまおう、と。そう思ったのは、今年が始めてのことではない。
毎年同じ時期になると、同じ事を思ってきた。
それでも実行しなかったことに、特に理由はない。
ただ、”明日でいい”と思っているうちに暑さが通り過ぎていったのだ。
実は”暑くて力を使うのも面倒”というのも言い訳でしかなくて。
他の季節に思いつく他の思いつきも、やはり同じように思うのだった。
夏なんてなくそうかしら……明日でいいわ。
冬なんてなくそうかしら……明日でいいわ。
少しは体を成長させようかしら……明日でいいわ。
少し、外に出てみようかしら……明日でいいわ。
何もかも全て、明日でいい。明後日でも、いい。
彼女が先延ばしにせずに実行することといえば、のどが渇いたときにお茶を出現させたり、部屋の埃を消したりといった、必要最低限のことだけ。
しかしそれらの他に、もう一つ。
「あの~! すみませ~ん!」
不意に、家の外から声が飛んできた。葉音はソファーからのろのろと起き上がり、テーブルの上の水晶玉をのぞく。
「この暑いのに……」
客人に見覚えはない。それでも葉音は指をドアに向けてふいっと動かし、ドアを開けた。
独りでに開いたドアに驚いたのだろう。訪ねてきた女の子は、固まっていた。
「こんにちは」
営業スマイルで微笑みかける。お客はそれにビクッと肩を上げた。どうやらかなり緊張しているようだ。
「こ、こんにちは」
「こちらへどうぞ」
右手で客人用の椅子を示す。すると、彼女は両手を胸の前でわたわたとふった。
「い、いえ! ……立ってても同じですので……お気遣い、なく……」
「? ……あ、そっか」
女の子の足に視線を落とす。正確には、足があるはずの場所に、だ。
「なるほど」
そこには白いもやのようなものがあるだけで。
よく見れば彼女の体は、透けていた。
「ですからこのままお話してしまいます。私の願いは……」
*
数十分後。葉音は再び一人ソファーで横になっていた。
『もう来ませんように……』
彼女が先延ばしにせずに実行すること。必要最低限のこと以外の、もう一つ。
それは、時々この家を訪れる客の願いを叶えること。
いつから始めたか、よく覚えてはいない。
知り合いの願いを叶えたのが始まりだったような、たまたまここを訪れた人の願いを叶えたのが始まりだったような……
始まりが思い出せないくらいには、長い間続けている習慣だった。
『さてこれ、どうしようかしら……』
手の中でやもやとしたものを弄びながら、考える。
それは先ほどのお客から代償として取った、記憶だった。先ほど見たところ、友人との記憶らしい。
『取っておいてもしょうがないし、消しちゃうか』
次の瞬間、手の中の物質は跡形もなく消え去る。
それを無感動に眺め、葉音はごろりと寝返りを打った。しばらくすると眠気が襲ってきたので、そのまま目を閉じて……
『あ、でもその前に』
自分のために、力を使う。今眠っても嫌な夢を見ないように、という魔法、あるいは奇跡。
『変な時間に寝ると気持ち悪い夢見るんだもの』
そして彼女は今度こそ、眠りに落ちたのだった。
*
”最後の別れを言いたいから、親友に自分の姿が見えるようにして欲しい”
この時期には珍しくない、よくあるタイプの客のよくあるタイプの願い。
代償を取ろうにも幽霊は何も持っていないから、葉音はいつも記憶を貰う。
何の記憶を貰うことになるかは、その時の運次第。
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