第7話 えんじぇるあんどでびる
光一がいつものように部屋を掃除していると、葉音に声をかけられた。
「光一、お茶用意して」
「お客さんが来るの?」
「ろくちゃんが来るの。いつも用事もないのに来るのよ」
「葉音のお友達?」
「ろくちゃんは、ただの知り合い」
葉音はそう言って水晶玉をのぞいた。光一もつられてのぞき込む。
映っていたのは、葉音と同じくらいの歳の女の子だった。
「鼻が高いね~、外人さん?」
「さぁ。知らない。そんなことより、お茶早くしてちょうだい」
「はぁ~い」
光一は素直にそう返事をし、お茶を淹れ始めた。
初めの頃にはうまく淹れられなかったが、今ではもうすっかり慣れている。
ちょうど二人分のお茶を淹れ終わった、その時。
バーン!
大きな音を立ててドアが開き、さっき水晶玉に映っていた女の子が飛び込んできた。
「ひっさしっぶり~♪ むつみちゃんが遊びに来たわよ!」
「もう少し静かに入って来れないわけ?」
「いいでしょ、ドア壊した訳じゃないんだか「あ~!」
むつみの言葉を、光一が遮った。
「外れちゃってるよ、ドア!」
その言葉に、むつみはドアのほうを振り返る。
ドアは本来あるはずのところにはまっておらず、外れて落ちていた。
「ドア壊したけど、別にいいでしょ~!」
「壊したのは別にいいけど、うるさいわ」
葉音がパチンと指を鳴らす。たちまちドアは、元に戻った。
「で、今日は何の用?」
「用は特にないよ? そういえばさ、その子、誰?」
むつみは光一を指さしてそう尋ねる。
「初めまして! 葉音の友達の光一です」
「お友達……?」
むつみは先ほどまでとは違う視線で光一を眺め、それから説明を求めるように葉音を見た。
「願いを叶える代償に取った物を、返して欲しいって言うから。それを返した代わりに、ここで働かせてるのよ」
「ふぅ~ん……じゃぁさ、頼み事していい? 君って要するに葉音の下僕でしょ?
ってことは、私の下僕でもあるって事だよね♪」
むつみは悪意たっぷりに、意地悪く笑った。普通の人なら身がすくんでしまうような、嫌な微笑み。
その表情は、時々葉音が浮かべる邪悪な微笑みと少し似ている。
だから、光一にとっては全然怖くなかった。
「げぼく、って、何?」
「……」
むつみはしばらく言葉を失う。
「召使いのことよ」
「えぇ~? 僕、召使いかなぁ~?」
「ここで働いてるんだからそうなんじゃない?」
「でも、召使いってさ、つらいんじゃないの?」
「さぁ。そこまでは知らないわ」
光一と葉音のやりとりを聞いて、ついにむつみは笑い出した。
その笑みはさっき見せたものとは違う、純粋に楽しそうなもの。
「へぇ~! あんた、面白いね! 光一って、呼んでいい?」
「いいよ! ぼくも……あれ? 葉音はなんて呼んでるんだっけ?」
光一はそう言って葉音を振り返る。葉音は二人のことなどお構いなしにお茶を飲んでいた。
「私はろくちゃんって呼んでる」
「じゃぁぼくも、ろくちゃんって呼んでいい?」
「いいよ!」
むつみはにっこりと笑う。
「そうだ、葉音! 私今日泊まってくから、部屋用意してくれない?」
「別にいいけど。じゃぁ光一、そこの部屋、掃除して、ベッドにシーツしいてちょうだい」
「はぁ~い」
「あ、私も手伝うよ!」
むつみはそう言うと元気よく立ち上がり、ドアを力一杯押して開けた。
「……ねぇ、ろくちゃん……」
「何?」
「そのドア、こっち側に引いてあけるんだよ……?」
「……」
ドアは、外れて向こう側に落ちていた……
*
「ねぇ、光一」
「何?」
部屋の掃除がほとんど終わった頃
(ほとんど光一がやった。むつみは物を壊してばかりだった)
むつみが少し真剣な声で光一に話しかけた。
「どうやって、葉音と友達になったの?」
「? どうやって。って?」
「特別な何かがあったわけじゃないの? 葉音、昔は人に興味なんてなかったよ。
昔の葉音なら、光一が『葉音の友達の光一です』って言った時、絶対訂正いれてる。
『友達じゃなくて、ただの知り合い』ってさ。でも、あんたの時は否定しなかった。
どうやって、葉音と友達になったの?」
光一は、しばらく黙って考える。
真剣に尋ねられているのが伝わってきたので、こちらも真剣に答えなければいけないと思った。
「確かに葉音は最初、ぼくのことなんとも思ってない感じだったけど……
でもぼくは葉音が大好きで。だから好きになって欲しくて。毎日一生懸命がんばってたよ。
そしたら最近、ちょっと仲良くなれたかなって、思うようになったんだ」
「思い出せないだけじゃなくて?」
むつみはさらに尋ねる。
「好きになってもらおうって一生懸命になるだけでいいなら、私だって友達になれてたはずだよ。
でも、ダメだった。全然、ダメだった。
なんで私じゃダメだったんだろ。私が、デビルだからかな……?」
「でびる?」
聞き慣れない単語に、光一は首をかしげる。そんな光一の様子に、むつみは驚いたようだった。
「あんた、そんなことも知らないの!? じゃ、”エンジェル”は?」
「えんじぇる? 知らない」
「知らないの!? ってことは、知らないから、葉音と仲良くなれたのかな~?」
「わかんないよ。で、その”でびる”とか、”えんじぇる”とかって、何?」
光一が尋ねると、むつみはくるりと後ろを向いて光一に背中を向けて
「デビルっていうのは、こういうことよ」
瞬間、むつみの背中に翼が生えた。真っ黒い、翼。
「あ、ろくちゃんの羽、葉音の羽の片方と同じだね」
「そ。デビルって言うのは、黒い翼が生えてる人のことよ。魔法だって使えるんだから!」
むつみはそう言ってパチンと指を鳴らす。すると、光一の体が突然ひっくり返った。
「わぁ! ……ろくちゃん、痛いよ」
「ごめんごめん。魔法って、悪いことにしか使えないからさ。許して♪」
ろくちゃんはそう言うと、光一に手を差し出した。光一はその手をつかみ、起き上がる。
「エンジェルって言うのは、白い翼が生えてる人のことよ。
その人たちは奇跡を起こせるの。奇跡は、いいことしかできないのよ」
「葉音のもう片方の羽は、白かったよ」
「そ。だから葉音は、魔法も使えるし、奇跡も起こせるってわけ」
「へ~」
光一は納得して頷く。葉音は前に、『魔法あるいは奇跡を使って』お客さんの願いを叶えていた。
それは、こういう意味だったんだなぁ~と、なんとなくではあるが、理解する。
「だから葉音は、特別なのよ。偏ってるけど、だからこそ魔力が強いし、なんでもできるの」
「へ~」
「ホント、すごいよね♪ 葉音って私達の世界じゃ結構有名で。だから、お友達になってみたいって思って」
「そうなんだ~」
「でも」
そこでむつみは、悲しそうな顔をした。
「だから、だめだったのかもね。葉音のこと特別って、思ってたから、ダメだったのかも」
それを見て、光一も悲しくなった。だから励まそうと、一生懸命言葉を紡ぐ。
「でも、これからお友達になれると思うよ?」
「そうかな? 今までだめだったのに?」
「うん!」
「じゃぁ、がんばろうかな」
むつみはそう言って、再びにっこりと笑った。
*
「じゃぁ、ぼくもう帰るね!」
外が暗くなって来たので、光一はそう言って玄関のドアを開けた。
「じゃぁね~」
「また明日、ちゃんと来なさいよ」
葉音とむつみに見送られながら外に出る。その時、葉音に尋ねてみた。
「どうして葉音は、ぼくと友達になってくれたの?」
すると葉音は質問の意味がわからないというように首をかしげ、すぐにこう答えた。
「好き、だからだけど」
それを聞いて、むつみは目を見開いて驚いている。
「ありがと! ぼくも葉音のこと、大好きだよ!」
光一はそう言って、葉音の家を後にした。
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