第6話 はね

葉音の家の中に一部屋だけ、光一が入ったことのない部屋がある。


その部屋だけは、掃除を命じられることもない。


何か荷物をその部屋に運ぶとか、そういうこともしたことがない。


ただわかるのは、どうやらそこは葉音の寝室らしい、ということだけだった。


それがわかったのは、一度だけ、そこからパジャマのまま出てきた葉音を見たことがあるからだ。


「あら。今日は早いじゃない」


その時葉音はそう言うと再び部屋に入り、今度はいつもの服に着替えてから出てきたのだった。



ある日のこと。光一は暑さでいつもより早く目が覚めてしまった。


『まだいつもの時間じゃないけど……行くかぁ……』


そう思い、いつもより早く葉音の家に向かう。


葉音の家につくと、ドアの前に立ち止まって、ちょっとだけ待つ。


いつもは光一が家に着いたとたんにドアを開ける葉音が、今日は出てこなかった。


『まだ寝てるのかな?』


そっとドアノブをひねってみる。鍵はかかっていなかった。


家の中はカーテンが閉まっているせいで薄暗く、いつもとは少し違って見える。


『葉音は、あの部屋の中なのかな……?』


光一はわくわくしながらそっと、その部屋のノブをひねった。


やはり、鍵はかかっていない。


そうっとのぞくと、そこには信じられない光景が広がっていた。


『うわぁ! 空!?』


ドアの向こうは、空だった。とても綺麗な、青く広い空。


ふかふかした雲の上で、幸せそうに葉音が眠っている。


『あれ……? 確か前お母さんが、雲はさわれないって言ってなかったっけ……?』


不思議に思いながら、そっと足を近くの雲に乗せてみた。ちゃんと乗ることができる。


『お母さん、間違えたのかな?』


光一はゆっくりと、葉音の近くに歩いて行った。


突然大きな声を出して起こし、驚かせるつもりなのだ。


そんなことをしたら葉音がすごく怒ることはちょっと考えればわかるはずなのに、


今は全くそういう考えは浮かばい。


『あ!』


近くまで来て、初めて気がついた。葉音の様子が、いつもと違う。


「羽……」


葉音の背中には、二つの羽が生えていた。


一つは白くて小さい羽。


一つは黒くて少し大きい羽。


大きさが違うため、バランスが悪く見える。


それでも光一は思わずつぶやいた。


「綺麗……」


”かわいい”とか”きれい”とかではなく、漢字で書く”綺麗”が一番ぴったり来るかな、とぼんやりと思う。


『あれ? きれいって、どんな漢字だっけ……?』


首をかしげていると、葉音がもぞもぞと動いた。


「あ」


そして目をぱっちりと開く。光一と、目があった。


「は……?」


葉音が慌ててがばっと起き上がる。


『怒られる……!』


そう悟った光一は、一目散に逃げ出した。


葉音はすぐには追いかけてこなかった。


どうやら、朝に弱いらしい。


「こら~!!」


逃げる場所なんかないし、結局すぐ捕まって、怒られたけれども。

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