第5話 いい。ちゃんと、覚えとく
その日、葉音は水晶を覗いてこうつぶやいた。
「今日のお客さん、きれ~」
興味をひかれ、光一も水晶を除き込む。
水晶には、この家に向かって歩いて来る綺麗な女性が映っていた。
「光一、お客様が来たらすぐお茶出せるように準備して」
「は~い」
光一は素直にそう返事をし、お茶を入れ始める。
「葉音、今日のお客さんのこと気に入ったの?」
作業をしながら、光一は葉音にそう尋ねた。
「そうね。すごく綺麗だし」
明るい声で葉音が答えたので、光一は少しほっとする。
『今日のお客さんは、無事に帰れそう。よかった~』
作業中だった光一は、葉音の表情を見ることはできていなかった……
*
しばらくして、お客さんが家についた。
「いらっしゃいませ」
葉音が笑顔で応対する。邪悪さを感じさせない、普通の笑み。
けれど光一は、その笑みを見てなんとなく悪い予感がした。
『でも、葉音はあのお客さん気に入ったって言ってたし…』
「どうぞ、座って下さい。光一、お茶出して」
「あ、はい!」
光一は慌ててお茶をカップにそそぐ。
「どうぞ」
「ありがとう」
女性の笑みは、なんだか疲れているようで力がなかった。
「願いは、なんですか?」
葉音が尋ねる。女性はうつむいて話し始めた。
「私は、不幸なんです。何もかも、うまくいかない……あなたは、天使様だと聞きました」
そこで女性は顔をあげた。葉音の顔をまっすぐ見る。
「私を、幸せにして下さい。自分の力じゃ、絶対無理だから…」
人生に疲れた人間の、顔だった。
「わかりました。叶えて差し上げます」
葉音がそう言って、指を女性に向けた。
嫌な予感がして、光一は思わず叫ぶ。
「葉音!代償の相談がまだだよ!」
女性はその声に対し首を横に降り、
「何でも、何でも差し上げますから……どうか、私の思うとおりの幸せを……」
と言った。
それを聞いて葉音が笑う。悪魔のように邪悪な、笑み…
「では、代償はあなたの体を」
葉音がそう言った途端、女性の体が縮み始めた。
光一は慌てて女性に駆け寄る。
女性はどんどん小さくなって、固くなって…ついにお人形になってしまった。
「葉音!! お客さんのお願いと違うじゃないか!」
「そんなことないわよ。その人は今、夢を見てるの。永遠に覚めない、幸せな夢」
「この人は夢を見たいなんて言ってないよ!」
「そうかしら?
人生に疲れたって顔してたし、自分の思うとおりの幸せなんて夢の中にしかないのよ?」
葉音は光一が支えていた人形をひょいっと持ち上げた。
「ほんときれ~い♪ 私が持ってる中でも一番かも♪」
葉音はうきうきしながら、その人形を棚の上に飾った。
「もしかして……あの部屋の人形」
光一は、人形やぬいぐるみがたくさん飾ってある部屋のドアを指差して尋ねる。
「もとは人間だったの……?」
「ん~全部がそうってわけじゃないけど、いくつかは。ぬいぐるみの中にも、もとは動物だったのもいるし」
「……」
光一は葉音を睨む。すると葉音が睨みかえしてきた。
その眼光の鋭さに負け、光一は目を逸らす。
「彼女はきっと、私のこと天使だと思ってくれてる。間違ったコトはしてないわ」
「……」
葉音を天使だと思い感謝する。そういう経験は、光一にもあった。だからわかる。
すでに失った物に気付くのは、自分では無理。わからなければ、幸せでいられる……
「あんたが私になんか代償を差し出して、『彼女を人間に戻して欲しい』って願うなら叶えてあげるけどね。
そんなことしたら彼女、あんたを恨むと思うわよ?」
「……そうだね。お母さんがぼくに、自分のこと一生懸命思い出させようとしてる時、ぼくすごく迷惑だと思ったもん」
わからなければ、幸せ。知らなければ、幸せ……
「その人、夢の中で幸せなんだね?」
「当然でしょ」
光一はそれで一応納得し、仕事に戻った。
しばらくすると、葉音が光一のそばにやってきた。
「今日のこと、忘れたい? 特別にただで魔法かけてあげるけど」
葉音にしてはめずらしく、なんだか沈んだ声だった。
光一は一瞬迷ったが、首を横に振った。そしてきっぱりと答える。
「いい。ちゃんと、覚えとく」
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