第4話 天使のはね
その日のお客さんは、夫婦でやってきた。
『めずらしいな~』
光一はそう思った。
この家にやってくるお客はみんな、一人でやってくる。
光一がここで働くようになってから、二人でやってきたお客さんはこの夫婦が初めてだった。
「いらっしゃいませ。願いは、なんですか?」
いつも通り葉音が尋ねる。すると、奥さんはこう答えた。
「子供が、できないんです……もう、何年も」
奥さんの言葉を、途中で旦那さんが引き取る。
「だから、あなたに願いに来たのです。子供を授けて欲しい、と」
二人は、とても寂しそうだった。
それを聞いた葉音は、奥さんのお腹をじぃっと見つめた。
「あの……どうか、しましたか?」
それに気づいた奥さんがとまどってそう尋ねる。
すると、葉音はとても優しい声で答えた。
「私が叶えるまでもなく、あなた方の願いは叶っています」
「え!?」
驚く二人に、葉音はさらに続ける。
「すでに奥さんのお腹には、小さな命がやどっています。
ここにやってきたのは、少し早とちりだったみたいです」
そのときの葉音は、光一が今まで見たこともないような優しい顔をしていた。
「さわっても、かまいませんか?」
葉音が尋ねる。奥さんはまだ信じられない様子だったが、こくんと頷いた。
奥さんのお腹をそっとさわり、葉音はとても幸せそうに微笑んだ。
「お祝いに、この子に魔法をかけます。元気に、幸せに育つ魔法を」
『あ!』
光一は驚いて、声を上げそうになった。
そのときの葉音の頭に、天使の輪が。葉音の背中に、天使の羽が。
一瞬だけ、見えた気がしたのだ。
その後夫婦は、葉音に何度もお礼を言って帰って行った。
繰り返し「あなたは本当に天使様だったのですね」と言いながら。
「ねぇ、葉音」
光一はなんとなく迷いながら葉音に尋ねる。
「何?」
「んっと……葉音って、絶対悪魔だと思ってたけど、今日は天使さまみたいだったね」
何かを尋ねるつもりだったのだが、ただの感想になってしまった。
そんな光一に対し、葉音は少し恥ずかしそうに笑って答える。
「私はね、天使でも悪魔でもあって、天使でも悪魔でもないの」
そしていつもの顔に戻り、光一に仕事を言いつけたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます