第3話 人形との別れ

ある朝のこと。


光一は葉音の家に向かう途中、自分と同い年くらいの女の子に話しかけられた。


「あの、天使さまとも悪魔とも言われている人の家は、こっちであっていますか……?」


光一は歩きながら答える。女の子は光一についてきた。


「そうだけど。もしかして、願いを叶えてもらいに行くの!?」


光一の言葉に、女の子は頷いた。光一は慌てて女の子を説得する。


「やめたほうがいいよ! あの人、絶対悪魔だから。僕はお母さんの記憶を取られたんだ。


今は返してもらえたけど、その代わり毎日こき使われてるよ!」


「記憶を取られたの? どうして……?」


「お金の代わりだって。


ぼくの持ってるものの中で価値があったのは、記憶ぐらいしかなかったんだって。


それにしたって、あんまりだよ!」


「お金か記憶がないと、お願い叶えてくれないのかな?」


「ん……と、ほかの物でも価値があればお金でも記憶でなくてもいいみたいだけど」


「じゃぁ……何ならいいのか、聞いてみる」


「え~っと……?」


「叶えてもらえるなら私、なんでもあげられると思う。お金はないし、記憶は、困るけど」


女の子ははっきりとそう言った。光一が何を言っても、無駄そうだった。



「お、来た」


葉音は水晶玉をのぞいてつぶやく。


水晶玉にはこの家のドアの前に立っている、光一と見知らぬ女の子が映っていた。


「絶対後悔するから、やめたほうがいいよ! 入っちゃダメ!」


光一はドアに背を向けて立ち、通せんぼのポーズを取っている。


「悪魔にだまされるよ!」


その声は水晶玉をのぞくまでもなく、ドアの向こうから直接聞こえてくる。


「人のこと、悪魔呼ばわりしないで欲しいわね」


葉音はドアの外にいる光一に聞こえるようにそう呼びかけた。


水晶玉に映る光一の顔が青ざめる。


ぱちんっと葉音は指を鳴らした。すると、ぎぎ~と音を立ててドアが開く。


「親切にもあなたにお母さんの記憶を返してあげた私に対して、悪魔っていうのはあんまりじゃない?」


葉音はあくまで笑顔。けれど光一はその表情に隠された怒りに気づき、慌てて逃げていった。


「ま、薪運んでくる!」


「薪はいいから、倉庫に入ってる大鍋運んできなさい!」


葉音は光一に向かってそう叫ぶと、お客の女の子に向き直った。


「どうぞ入って。叶えて欲しい願いがあるんでしょ?」


「はい」


女の子は葉音に言われるままに家に入り、椅子に座った。そして話し始める。


「お人形を、探して欲しいんです。私の、大事なお人形」


「大事な物なのに、なくしちゃったの?」


葉音が尋ねると、女の子はうつむいた。


「そう……です。私が……悪いの……」


そしてしばらく黙り込む。葉音が黙っていると、女の子は再び話し始めた。


「私、友達いなくて……だからいつもその子と一緒にいた。


文句も言わずに、その子は一緒にいてくれた。お人形だから当たり前なんだけど……


でも私はあの子のおかげであんまり寂しい思いをしなくてすんで……


なのに、男の子にからかわれて、森の中に捨てちゃったの……


後になって一生懸命探したけど、みつからなくて……


お金はないし、記憶も、困るけど。でも、大事な物でも、渡すから、探してください」


葉音は少し考えてから、にっこり笑って言った。


「わかった。明日までに探しとく。代償はそのときにもらうから、今日は帰っていいわよ」


「はい。よろしくお願いします」


女の子は一度お辞儀すると、帰って行った。



しばらくたってから、光一が大鍋を持ってやってきた。


「遅かったじゃない」


「だって、これ重いんだよ……」


ドンっと、大鍋を床におく。


「こんな大きくて重い鍋、何につかうのさ……まるで昔話の魔女の鍋だよ」


「そうよ。これは、白雪姫に出てくる魔女からもらったの。彼女とは親友なのよ」


「……それ、本当?」


光一はおそるおそる尋ねる。本当だったら怖いが、葉音なら本当かもしれないと思えた。


「さあね」


葉音はそう言うと、大鍋の中をのぞき込んだ。そして手を伸ばし、何かを中から取り出す。


「人形?」


「そ。今日のお客さんが探して欲しいって言ってた品よ」


「どうやって出したの……?」


「魔法あるいは奇跡を使って」


葉音は取り出した人形を眺める。


「これ、かわいいじゃない♪」


「そういえば葉音、代償、何とったの……?」


「まだ何も。明日あの子がこれを取りに来るから、そのときに貰うわ」


「そっか、よかった~」


光一はほっとして笑顔になった。


「ぼくの二の舞になるんじゃないかって、心配だったんだよ」


「だったら逃げないで家にいたらよかったのに」


葉音はもう一度人形を眺めた。人形はかわいらしい笑みを葉音に向けていた……



次の日。約束通り女の子が人形を取りに来た。


今回は光一も家の中で成り行きを見守っている。


「はい、これでしょ?」


「うん! ありがとうございました!」


女の子は喜んで、人形をぎゅっと抱きしめた。


「それで、代償何にするつもりなの……?」


光一が不安げに尋ねる。すると葉音は意地の悪い笑みを浮かべて答えた。


「かわいくて気に入ったし、その人形をいただくことにしたわ」


「その子が探して欲しいって言った大事な物じゃん! そんなのずるいよ!」


光一が慌てて抗議する。しかし葉音はそれに取り合う様子はない。


「あの、」


それでも必死に抗議していた光一に、女の子が呼びかけた。


「あの……」


女の子はうつむいて、震えながら言葉を紡ぐ。


「いい、です。お礼は、しなくちゃいけないってわかってたし……これ、あげます」


女の子はうつむいたまま人形を葉音に差し出す。


葉音は驚いて一瞬固まったが、すぐに我に返って受け取った。


「思ったより、いさぎいいわね……」


女の子は葉音の言葉には応えず、目に涙を浮かべて人形に向かって話しかける。


「投げ捨てたりして、ホントにごめんね。今まで……ありがとう。バイバイ!」


女の子は言い終わると走って家を出て、そのまま走って帰っていった。


「あんまりだったんじゃないの?」


光一が葉音に文句を言う。すると葉音はにっこり笑って答えた。


「そうかしら。この子がいない方が、あの子は自立できるかもよ?


人形じゃなくて人間のお友達を作ろうって、がんばるかもしれないじゃない」


「もしかして、だからその人形を貰うことにしたの?」


光一が尋ねると、葉音は首を横に振った。


「まさか。この人形がかわいいから、気に入っただけよ。コレクションに加えようと思って。


でも、あんなにすぐに渡してくれるとは思ってなかった……」


そして、光一がまだ入ったことのない部屋のドアを開ける。


そこには、たくさんのお人形やぬいぐるみが飾ってあった。


「どれも、かわいいでしょ♪」


葉音はそう言って、新しく自分の物になった人形をその部屋に飾った。

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