第2話 若返りの夢
「若返らせて欲しいのです。二十歳くらいまで」
その日葉音の家にやってきた中年の女性は、鞄からたくさんの札束を出してそう言った。
「あなたは願いの代償として、価値ある物なら何でも奪い取ると聞きました。
お金にだって価値があります。構わないでしょう?」
光一はその札束を見て思わずつぶやく。
「ぼくもこれくらいのお金をぼ~んって使えるくらい、お金持ちの家に生まれたかったな~」
「叶えてあげてもいいわよ?」
それを聞いた葉音は、光一に邪悪な笑みを向けてそう言った。
光一は慌てて首を左右にぶんぶん振る。
「いい。いらない。今のままがいい」
「あっそ」
「そんなことは私が帰ってから話し合ってください。まずは私の願いを叶えて欲しい」
二人のやりとりに、女性が割り込んだ。それに対し、葉音はにっこり笑って答える。
「もちろん叶えます。こんなにお金をもらえるというのに、断ったりはしません」
そしてたくさん札束のうちの一つを手に取り、女性の頭をそれで叩いた。
「二十歳に戻してあげます。あなたが本当にそれを望むなら」
すると女性は突然眠り、力を失って倒れそうになった。
光一が慌てて女性を支え、ゆっくりと床に寝かせる。
「重い……」
光一は思わずそうつぶやいた。そして葉音に尋ねる。
「若返ってないじゃん。葉音、何したの?」
光一が不思議そうに尋ねると、葉音は笑って答えた。
「眠らせたの。彼女が見てる夢、この水晶玉で見れるから一緒に見よ?」
それは彼女の年相応の、かわいらしい笑みだった。
*
「ん……」
目覚めると、そこは私は自分の家のベッドの上にいた。
『天使だか悪魔だかの家にいたはずなのに、なんで……?』
とりあえず立ち上がり、すぐそばにあった鏡をのぞき込む。
「あ……!」
そこには中年の女性ではなく、二十歳くらいの女性……若かった頃の美しい自分が映っていた。
「若返ったんだわ!」
思わずそう叫んだ。嬉しくて嬉しくて、歌でも歌いたい気分だった。
『街に出て、知り合いにあったら自慢しなくちゃ!』
鼻歌を歌いながら着替えをすませると、スキップしながら街に飛び出した。
『昔は意識してなかったけど、やっぱり若いって最高ね!』
そう、思いながら。
*
若い姿で街を歩くのは、やはり最高に楽しい。
こんなに気分がうきうきしたのは、本当に久しぶりだ。
しばらく歩いていると、知り合いが歩いてくるのが見えた。
『早速自慢しなくちゃ』
そう思い、駆け寄って声をかける。
「久しぶり!」
「……?」
相手は、いぶかしげな表情で私を見た。嬉しくなって、弾んだ声で説明する。
「私ね、若返ったのよ!」
説明と言えるかわからない説明になってしまったが。
「え……え……?もしかして……」
「そうそう!私よ私!」
「整形……?」
「違います~」
「化け物……」
「何ですって!」
彼女の小さいけれど聞き捨てならない言葉に、私は眉をつり上げる。
「今、なんて……?」
「だって……いきなり若返るなんて、気持ち……悪いし。化け物としか……思えない……」
「し、失礼ね!」
うきうきしていた気分があっという間に消え去り、最悪の気分になった。
「最低!」
そう叫ぶと、家に帰った。
「ただいま!」
いらだった声で帰宅を告げると、すぐにメイドが出てきた。
「奥様、お帰りなさいま……せ……?」
メイドは私の体を目を丸くして眺める。彼女の顔が青ざめて行くのが、私にもわかった。
「あなたまで私を化け物呼ばわりするつもりなの!?」
「い、いえ……化け物だなんてそんな……」
「嘘おっしゃい!!」
騒いでいると、旦那が部屋から出てきた。
旦那は私を見て呆然とすると、はっきりと告げた。
「俺はお前なんか知らない。この家から、出て行け!」
「なんっ!」
「いきなり若返るなんて、お前は魔女か!?気持ち悪い」
その言葉を聞いて、気が遠くなった。
意識が遠のいていき、暗く深い場所に落ちていく……沈んでいく……
*
「大丈夫ですか?」
目を覚ました女性に、葉音は笑いかけた。
「えっと……私……?」
「貧血でしょうか。突然倒れてしまったんです。ところで」
葉音はそこで一度言葉を切り、尋ねる。
「二十歳に、若返りたいですか?」
すると女性は大きな声ではっきりと答えた。
「結構です。このままで構わないわ!」
そしてたくさんの札束をすべて鞄に詰め直し、帰って行った。
「ねぇ、ぼくの時とずいぶん対応が違わない?」
光一が葉音に文句を言う。
「私はね、代償をちゃんと払おうとする人が好きなのよ」
葉音はそう答えると、ポケットから札束を一つ取り出した。
「あ~、ずるい!」
「馬鹿言ってないで、仕事に戻りなさい。実験室の雑巾がけが終わってないでしょ!!」
「はぁ~い」
光一は仕方なくそう返事をすると、小走りで実験室に入っていった。
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