第2話 若返りの夢

「若返らせて欲しいのです。二十歳くらいまで」


その日葉音の家にやってきた中年の女性は、鞄からたくさんの札束を出してそう言った。


「あなたは願いの代償として、価値ある物なら何でも奪い取ると聞きました。


お金にだって価値があります。構わないでしょう?」


光一はその札束を見て思わずつぶやく。


「ぼくもこれくらいのお金をぼ~んって使えるくらい、お金持ちの家に生まれたかったな~」


「叶えてあげてもいいわよ?」


それを聞いた葉音は、光一に邪悪な笑みを向けてそう言った。


光一は慌てて首を左右にぶんぶん振る。


「いい。いらない。今のままがいい」


「あっそ」


「そんなことは私が帰ってから話し合ってください。まずは私の願いを叶えて欲しい」


二人のやりとりに、女性が割り込んだ。それに対し、葉音はにっこり笑って答える。


「もちろん叶えます。こんなにお金をもらえるというのに、断ったりはしません」


そしてたくさん札束のうちの一つを手に取り、女性の頭をそれで叩いた。


「二十歳に戻してあげます。あなたが本当にそれを望むなら」


すると女性は突然眠り、力を失って倒れそうになった。


光一が慌てて女性を支え、ゆっくりと床に寝かせる。


「重い……」


光一は思わずそうつぶやいた。そして葉音に尋ねる。


「若返ってないじゃん。葉音、何したの?」


光一が不思議そうに尋ねると、葉音は笑って答えた。


「眠らせたの。彼女が見てる夢、この水晶玉で見れるから一緒に見よ?」


それは彼女の年相応の、かわいらしい笑みだった。



「ん……」


目覚めると、そこは私は自分の家のベッドの上にいた。


『天使だか悪魔だかの家にいたはずなのに、なんで……?』


とりあえず立ち上がり、すぐそばにあった鏡をのぞき込む。


「あ……!」


そこには中年の女性ではなく、二十歳くらいの女性……若かった頃の美しい自分が映っていた。


「若返ったんだわ!」


思わずそう叫んだ。嬉しくて嬉しくて、歌でも歌いたい気分だった。


『街に出て、知り合いにあったら自慢しなくちゃ!』


鼻歌を歌いながら着替えをすませると、スキップしながら街に飛び出した。


『昔は意識してなかったけど、やっぱり若いって最高ね!』


そう、思いながら。



若い姿で街を歩くのは、やはり最高に楽しい。


こんなに気分がうきうきしたのは、本当に久しぶりだ。


しばらく歩いていると、知り合いが歩いてくるのが見えた。


『早速自慢しなくちゃ』


そう思い、駆け寄って声をかける。


「久しぶり!」


「……?」


相手は、いぶかしげな表情で私を見た。嬉しくなって、弾んだ声で説明する。


「私ね、若返ったのよ!」


説明と言えるかわからない説明になってしまったが。


「え……え……?もしかして……」


「そうそう!私よ私!」


「整形……?」


「違います~」


「化け物……」


「何ですって!」


彼女の小さいけれど聞き捨てならない言葉に、私は眉をつり上げる。


「今、なんて……?」


「だって……いきなり若返るなんて、気持ち……悪いし。化け物としか……思えない……」


「し、失礼ね!」


うきうきしていた気分があっという間に消え去り、最悪の気分になった。


「最低!」


そう叫ぶと、家に帰った。




「ただいま!」


いらだった声で帰宅を告げると、すぐにメイドが出てきた。


「奥様、お帰りなさいま……せ……?」


メイドは私の体を目を丸くして眺める。彼女の顔が青ざめて行くのが、私にもわかった。


「あなたまで私を化け物呼ばわりするつもりなの!?」


「い、いえ……化け物だなんてそんな……」


「嘘おっしゃい!!」


騒いでいると、旦那が部屋から出てきた。


旦那は私を見て呆然とすると、はっきりと告げた。


「俺はお前なんか知らない。この家から、出て行け!」


「なんっ!」


「いきなり若返るなんて、お前は魔女か!?気持ち悪い」


その言葉を聞いて、気が遠くなった。


意識が遠のいていき、暗く深い場所に落ちていく……沈んでいく……



「大丈夫ですか?」


目を覚ました女性に、葉音は笑いかけた。


「えっと……私……?」


「貧血でしょうか。突然倒れてしまったんです。ところで」


葉音はそこで一度言葉を切り、尋ねる。


「二十歳に、若返りたいですか?」


すると女性は大きな声ではっきりと答えた。


「結構です。このままで構わないわ!」


そしてたくさんの札束をすべて鞄に詰め直し、帰って行った。


「ねぇ、ぼくの時とずいぶん対応が違わない?」


光一が葉音に文句を言う。


「私はね、代償をちゃんと払おうとする人が好きなのよ」


葉音はそう答えると、ポケットから札束を一つ取り出した。


「あ~、ずるい!」


「馬鹿言ってないで、仕事に戻りなさい。実験室の雑巾がけが終わってないでしょ!!」


「はぁ~い」


光一は仕方なくそう返事をすると、小走りで実験室に入っていった。

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