外伝1

人魚が再び二つの一族に別れてから、何ヶ月もたった冬。


人魚が見つからなくなったことにより、人魚の研究はほとんどあきらめられていた。


捕まえた人魚も次々に死んでしまったので、研究などできるはずもない。


「ねぇ、久しぶりにちょっと海面に出てみない? 珍しい者とか見つかるかもよ♪」


海に住む人魚、リリルは夢見るような口調でそう言った。


それに対し、ヴェルが冷静に答える。


「リリル、やめておいたほうがいいと思います。危険です」


「でもさ~ヴェル、最近は人魚を捕まえに来る人間もいなくなったし、大丈夫かもよ?」


「せっかく平和が訪れたというのに、また人間に見つかってしまうのは嫌です。


水の中でもできることはたくさんありますよ? 例えば太陽の光と貝殻の色について研究してみるとか」


「遠慮しとくよ……」


「そうですか? あ、あれは……」


ヴェルの視線が海底の一点に注がれる。そこには、貝が落ちていた。


「はぁ~……」


リリルはため息をつき、ヴェルと分かれて泳ぎだした。


後ろでヴェルの興奮した声と、ボチャンという音がした気がしたが、気にしない。


「面白いことないかなぁ~」


そうつぶやいて海面を見上げる。すると、大きな船が通っていくところだった。


『なんか面白そ~♪』


リリルは、船から少し離れた海面に顔を出した。


船の上ではお祭りのようなものがおこなわれているらしく、人間達が楽しそうにおしゃべりしたり、お酒を飲んだりしていた。


『うわ……あの人、すごくカッコイイ……』


その船には、うっとりするほどの美貌を持った男の人が乗っていた。それを見て、リリルの妄想がふくらんでいく……


『あの人こそ、私の王子様……


私が人間になってあの人に告白したら、あの人は『待っていたよ』と言って、すぐに結婚式をあげるの!


こうなったら、『人魚姫』に出てくるような魔女を捜して人間にしてもらわなくっちゃ♪』


「よ~し! 行こう♪」


リリルはそうつぶやいて、海に潜った。


『魔女が住んでいそうなところと言えば、あの洞窟しかない!』


リリルが向かっているのは、大昔に化け物がいたという噂がある海の中の洞窟である。


普段は誰も近づくことのない洞窟は、いかにも魔女が住んでいるように思えた。


「魔女さんいらっしゃいますか~? 私を人間にしてください!」


洞窟についたリリルは、洞窟の奥に向かって思いっきり叫んだ。


しかし、その声に反応して現れたのは……


「何をやっているんですか?」


洞窟野中から出てきたのは、ヴェルだった。


「あんた、魔女だったの~!? ヴェル?」


「……? 今日は『季節はずれの肝試し大会』があるから、ここに来ていたんですよ?」


「すっかり忘れてた……」


「では、なぜここに?」


リリルがヴェルに自分の考え(妄想)を話すと、ヴェルはとてもあきれてしまった。


「わざわざ人間にならなくても、人魚のままでも恋はできますよ……?」


「そうかも……そうだね!! でも、物語みたいな恋をしたかったんだけどな~」


リリルは少ししょんぼりしたようにそう言った。しかし次の瞬間、リリルの瞳が輝き出す。


「怖い話を聞いて悲鳴をあげる私に、素敵な男の子が、『そんなに怖いなら、いったん外に出る?』って言ってくれるの。


そのまま二人で洞窟の外に出て……」


「はい。スト~ップ。そこまで。ささ、早く入って肝試しに参加しましょう?」


「うん♪」


リリルの一目惚れは、あっという間に何もなかったことになったのだった。

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