第2話

―昔、人魚は海に住む一つの一族だった―


泳ぐことだけでなく、飛ぶこともできた人魚は、人間との交流もあった。


しかし人間たちは、自分達とは違う生き物である人魚に対し恐れを抱いていた。


そしてある時から、人魚を悪魔の使いとみなして次々に殺し始めたのだ。


人魚が殺されるようになったことが原因で、人魚は二つの一族に別れることになる。


人間の目の届かない空に逃げ、空で暮らすようになった人魚の一族。


もともと住んでいた海で、見つからないようにひっそりと暮らした人魚の一族。


やがて長い年月が過ぎ……


人魚たちはお互いの一族のことを忘れてき、相手の一族のことは伝説となった。


そして人間も、人魚のことを忘れていった。




ティンクは海から出てきた少女を呆然と見つめていた。


つやのある黒くて長い髪。そして胴の下には自分と同じように、尾びれがある。


その少女も、ティンクを呆然と見つめていた。


ティンクは、『海に住む人魚がいる』というのはただの伝説だと思い、信じていなかった。


しかし今、海の中から出てきた人魚が目の前にいる。


「あのぅ……これ、あなたのでしょうか?」


海から出てきた人魚が、おずおずと貝殻のペンダントを差し出した。


「うん。拾ってくれてありがとう。」


ティンクもおずおずと受け取る。二人ともお互いを警戒するような目で相手を眺めていた。


「あなたの、名前は?」


気まずい雰囲気に耐えられず、ティンクはとりあえず名前を尋ねてみた。


「ヴェル・エレクトーンと言います。あなたは?」


「ティンク。ティンク・ベール」


ティンクはもう一度ヴェルを見た。悪い人には見えない。警戒する必要はなさそうだった。


「あなたもしかして、海に住んでるって伝わる伝説の人魚?」


「伝説。と言われても困ります。私たちにとっては、海に住んでいるのが普通のことですので。


そう言うあなたは、空に住んでいると伝わる伝説の人魚ですの?」


「ずっと空に住んでるよ。海に住んでいる人魚には、私たちのことが伝説になってるの?」


ティンクは聞き返した。ヴェルは頷く。


「ええ。大昔に空に上った人魚の一族がいるという伝説がありますわ。


私は信じていなかったのですが……


逆に、空に住む人魚の一族の間にはわたくしたちのことが伝説として伝わっているのですね?」


「うん、そう。今までは信じてなかったんだけど……」


ティンクは手を伸ばしてヴェルの手を握った。


「こうしてさわれるんだから、幻じゃないよね」


そう言って、手を握ったまま上下に振る。友好の握手だ。


「また会いに来てもいい? それで、あなたたちのこといろいろ聞いてもいい?」


「ええ。かまいません。私もいろいろ質問してよろしいでしょうか?」


二人は相手の一族のことを知りたいと思う好奇心から、また会いたいと思った。


自分の知らない世界を知ることができることが、二人にとってはとてもうれしいことだったのだ。


「じゃあ明日またここに来るね。本当は地上に降りることは掟で禁じられてるんだけど、別にいいや☆」


「本当に大丈夫なんですの?」


「大丈夫♪ ちゃんとばれないように降りてくるから。見つからなければ平気だって☆」


「……本当に、大丈夫なのですか?」


「大丈夫、大丈夫。心配しないで!」


こうして二人は次の日また会う約束をし、ティンクは空に、ヴェルは海に帰っていった。

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