学園一の美少女はストーカーでした
シオン
学園一の美少女はストーカーでした
ここ最近は冬だというのに暖かい日が続いた。天気予報では今年は暖冬らしい。
暖かいからか教室にいてもあまり寒いと感じない。もしくは中学と違って高校には暖房器具が設置してあるからかもしれない。どちらにせよ、冬にしては過ごしやすい気候だ。
それはついうたた寝してしまう程暖かい。
しかし、そんな自分も帰りの終礼が終われば意識は瞬時に覚醒し、40秒で帰る支度をして教室を出る。
特に部活に所属していない自分は授業が終わればすぐ帰宅する。それはこの学校に入学してから変わらない習慣だ。
今までは遊びに出かける、家で遊ぶ等理由があった。早く帰ればそれが早く実行に移せるからだ。
しかし、最近早く帰る理由がひとつ増えた。
その為にあいつに出会わないよう誰よりも早く学校を後にしようと思ったのだが、それは一足遅かったようだ。
その彼女は校門前でスタンバっていた。
彼女は恐らく学園で一番人気のあるだろう美少女。笑えば周囲が和やかになり、悩んでいる姿は誰しも目を奪われる。そんな彼女が校門前で立っていれば誰だって気にするだろう。
俺はどこかに抜け道が無いか模索したが、妙案を思い付く前に彼女に見つかってしまった。彼女は手を振ってこちらに近寄ってきた。
「石田君、こんにちは」
満面の笑みでこちらに笑いかけてくる飯田さん。顔は可愛いのでこの笑顔を向けられれば大抵の男は勘違いすること請け合いであろう。
しかし、当の俺はきっと苦笑いをしていたにちがいない。何故なら、
「授業終わって待ちきれなかったから……待ってた」
この学園一の美少女である飯田 笑(えみ)さんは俺のストーカーなのだから。
†
「もういい加減慣れてよ。いくら女の子に免疫が無いからっていつまでもそんなんじゃ淋しいなぁ」
俺は飯田さんと下校していた。
俺が飯田さんを苦手としているのは女子に免疫が無いわけではない(こう見えて小学生の頃は女友達がいた)。飯田さんの思惑が理解しかねているだけだ。
何故俺のような冴えない男子高校生に彼女が好いているのか理解出来ない。彼女は見ての通り美少女で愛想も良いので当然皆から人気がある。生徒からは勿論教師からも印象が良い。
いかにも恋人に困らないと言える彼女が俺に好意を抱く理由が分からないのだ。絶対裏なありそうで恐ろしくてたまらない。
「裏なんてないない!私は純粋に石田君が好きなの。嘘なんかじゃないよ?」
どうして好きなのか分からない。俺が女ならこんな男は選ばない自信はある。
「石田君。そう自分を卑下してはいけないのよ。私は石田君が素敵だなって思ったから好きになったのよ」
『素敵だと思ったから好きになった』男の言われたいワードトップ3に入る殺し文句だ。大抵の男はそれで惚れてしまうだろう。俺だってこんな状況でなければ惚れてる。
しかし、都合が良すぎるのだ。生憎俺と彼女はこれまで特に接点はなかった。なのに急に迫ってきて好意を向けられる。いくら学園一の美少女とはいえ気持ち悪いにも程がある。仮に一目惚れという理屈もあるが、この冴えない外見のどこに惚れるというのだ。
「接点ならあるよ。覚えてない?」
一瞬冗談かと思った。しかしいつもの胡散臭い笑顔と違い、表情に偽りはなかった。こちらが忘れているだけでどこかで話したことでもあるのだろうか?
少し記憶をさかのぼってみたが、該当する記憶が無かった。こんな美少女と話したことがあればきっと嫌でも覚えているだろう。ここ数ヶ月で接点は見られなかった。
「忘れちゃった?」
Yes。俺は頷いた。
「うーん…………でも忘れてる方が好都合かもね」
彼女は小さな声で何か不穏なことを言った。一体彼女と何があったのだ。
「ねぇ、どうしたら信用してくれる?」
彼女は可愛らしく上目遣いで訊いてきた。作り物めいて胡散臭いとしか思えない。そう感じる時点で信用など出来るわけがないだろう?
「あのさぁ、流石にそれは傷つくんだけど」
彼女は不満そうにジト目で見る。仕草のひとつひとつがあざといというか、どこか演技に見えて仕方ない。
「…………こうなったらまずは信用を勝ち取るところから始めた方が良いかな?」
彼女はそう決心して腕に腕を組んできた。本格的に恋人ぶってきたな。
「今からデートしましょ」
飯田さんは甘えるような声でそう言った。そんな態度で騙そうとしたって、俺は騙されないぞ。
†
デートと言っても、特別何かしたわけではなかった。
街を二人で歩いたり、服屋や本屋の商品を眺めたり(せっかく本屋に来たのにゆっくり本を物色出来なかったが)、ゲーセンで軽くゲームをしたり(意外なことに彼女は格闘ゲームが上手かった)、なんだか普通に遊んだだけであった。
先ほどまで警戒心Maxでいた俺も普通に楽しんでいた。普通に恋人気分を楽しんでいた。偏屈なふりをしていたが、俺も健全な男子高校生の一人だったようだ。
始まりこそ不信で一杯だったが、こうして一緒にいるとただの可愛くて純粋なだけなのかもしれない。よく誉めてくれるし、こちらの言葉に愛想よく反応してくれるし、なんか凄く癒される。
何故俺はこんな良い子を疑っていたのだろう…………
……………………
……いかんいかん!何を籠絡されようとしているのだ自分!
危うく騙されるところだった。改めて女の恐ろしさを思い知った。俺たち男が馬鹿だと分かった上でこいつその気にさせようとしやがった!
彼女の魂胆はわかっている。彼女はこうして甘い顔を見せてその気にさせて、後から落とすつもりなのだ。女の考えることは恐ろしい。こんな冴えない男を騙して何が楽しいというのだ。
女は怖い!女って言うか、飯田さんが怖い!
「石田君、流石にそこまで言われると泣くよ?」
今は喫茶店で彼女は紅茶、俺はメロンジュースを飲んで休憩していた。流石に言い過ぎたようだ。泣かれても困るので形だけの謝罪をした。
「ふふっ、石田君って昔から面白いよねぇ」
昔から?
「あっ」
飯田さんはやっちゃったと言わんばかりの表情をした。彼女とは昔からの知り合いなのだろうか?
「んー、これは黙っておくつもりだったんだけど、実は私達小学校同じなの」
これは素直に驚いた。こんな美少女と小学校から知り合っていたなんて。
「あんまり美少女って言わないで。それにその頃は地味であんまり可愛くなかったの」
彼女は照れ臭そうに言った。昔の自分が恥ずかしいのだろうか?
しかし、実は昔からの顔馴染みなのは分かったが俺には彼女の記憶はない。あまり仲は良くなかったのだろうか?
「んー、まあそんなに親しくは無かったかな?私が一方的に好意を寄せていただけたまし」
どこか歯切れの悪い飯田さん。確かに昔から好意的に思っていて、その相手がたまたま高校で再会したからアタックしたと言えば理屈は通る。
しかし理屈は通るだけでやっぱりどこか胡散臭いのだが。昔好きだった奴を高校生になっても変わらず好きになれるものだろうか?特に親しくも無かった相手を忘れずにいられるだろうか?
彼女は何か隠している。やはり何か思惑があって自分に近付いたと思えばつじつまが合うのだが、それが一向に分からない。
分からなくて困らないなら良かったのだが、分からないまま好意を寄せられても気持ちが悪い。彼女と関わるなら最低限それを理解しないと話にならんだろう。
†
飯田さんに付けられてると気付いたのは一週間前だった。
先ほども説明したが俺は高校では部活に所属しておらず授業が終わればすぐに帰宅する。帰り道にゲーセンに寄ったり本屋に寄って本を物色するのが日常だった。
そんなある日の下校、背後から視線を感じた。振り向くと学園一の美少女飯田 笑が後ろを歩いていた。一瞬だけ自分を見ていると思ったのは自意識過剰だと自分を戒め、気にしないことにした。
しかしいつものようにゲーセンで遊んでいるときも本屋で本を物色しているときも彼女はいた。物陰に隠れてこちらを見ていた。
不審に思ったので普段行かないコースをぐるぐる回ってみたが、変わらず彼女は後ろを歩いていた。
恐くなったのでどうにか彼女を撒いて自宅に避難した。自宅の前にいないか窓から確認したら彼女はいなかった。そのときは安堵したが、それが三日続いたときは部屋に引きこもりたくなった。
彼女が何を目的に俺をつけているのか見当がつかなかった。こちらに好意を抱くはずもなく、恨みを持たれていると考えたが、それなら取り巻きを使って暴力に訴えてもいいのだ。
彼女の意図が分からないまま四日目になり、その日とうとう彼女から近付いてきた。そのときの謎の恐怖は今でも覚えている。
「石田君」
可愛らしい微笑みで声をかけてくる飯田さん。たとえ可愛らしくともそれに胸をときめく余裕はなかった。
そのとき何をされるのかと多くの想像がよぎった。ナイフで腹を刺される。取り巻きに囲まれる。脅される。その多くの想像はネガティブなものばかりだった。
しかし、実際は違った。
「電話番号とメルアド……交換してくれないかな?」
彼女は照れていたのか、頬を赤く染めて言った。
†
俺は飯田さんと以前来た喫茶店でお茶をしていた。
毎日のように校門前で待ち伏せされ、裏から逃げても何故か見つかり彼女とはこうして一緒に過ごす日々が続いた。この辺りになると流石に飯田さんのファンも感づいてきたのか疑いの眼差しを向けるようになった。
飯田さんに恋人が出来たとなったらそのファンは間違いなく黙っていないので(崇め方がアイドルと大差ない)、なんとか飯田さんと交渉してこの喫茶店で待ち合わせることにしたのだ。
「なんかお忍びでデートしてるみたい」
何が嬉しいのか飯田さんはニヤニヤしている。ひとつ反論したかったが、下手に機嫌を損ねると意地悪をされるので(周囲に付き合っているアピールをする等)、無難に返した。
「んー、つれないー」
彼女はむくれた。警戒心を怠ったわけではないが最近はそんな彼女に少し気を許すようになった。
「確かに私のこと信用出来ないかも知れないけど、私と話したり一緒に歩いたりしても楽しくない?」
楽しくないと言ったら嘘になる。それなりに彼女と接する内、純粋に好意を寄せてくれてるんだと思うようになった。
しかし、やはりどうして好意を寄せるのか分からないのだ。それが分からない以上、完全に心を許すことは出来なかった。
「……………………」
彼女は黙っていた。思案顔で何かを考えていた。
「なんで好意を寄せるか……その理由本当に知りたい?」
彼女は神妙な顔で言った。俺は頷いた。
「それを説明するには本当のことを言う必要があるんだけど、それは出来れば言いたくないの。そして、出来れば知られたくない」
やはり彼女は隠していた。その秘密は彼女にとって不都合なものだったのだろう。だから頑なに隠した。
「何も知らないまま、今の私を好きになってくれないかな?」
彼女はすがるように言った。誠実さを求めるなら何も聞かず知らないまま付き合うのがベターなのかもしれない。彼女が何か隠していても、何か怪しくても気付かないふりをしてしまえばいい。
しかし、そんな関係はお断りだ。根っこの部分で相手を信じられないならその関係は終わらせた方が良い。俺は飯田さんを信じるために、その秘密を知りたい。
「…………そっか。わかった」
彼女は諦めたように肩をすくめた。
「なら、今から私の家に来れる?大丈夫、今一人暮らしで誰もいないから」
そのことが、何故か不安を誘った。
†
飯田さんの家は喫茶店から15分程歩いたところにあった。マンションに入り飯田さんの部屋の前まで進むと彼女はドアのカギを開けた。
中に入ると日が落ちたからか薄暗く、部屋の中の作りがどうなっているかはよく分からなかった。
後から来た飯田さんはソファーに座るよう促し、お茶を入れに行ったのか部屋を出ていった。
俺は薄暗い部屋でポツンと待つ形になった。
部屋に戻ってきた飯田さんはドアのカギを閉め、こちらに近寄ってきた。
……なぜ部屋のカギを閉めた?
「捕まえた」
彼女は覆い被さるよう抱きつき何か縄のようなもので俺の両手を後ろに結んだ。その手付きが妙に手慣れていた。
不意を突かれて何も出来ず、流れるように両足も縄のようなもので結んだ。完全に両手両足を拘束されてしまった。
一体なんのつもりだ?
「酷いことはしない。大人しく話を聞いてもらうだけだから」
話を聞いてもらうためだけにここまでするだろうか?薄暗いため彼女の表情はよく伺えない。
「じゃあ、あなたが好きな理由話すから。ちゃんと聞いてね」
彼女は無感情に言った。あの可愛らしい飯田さんとは思えないほど声は冷たかった。
「昔同じ小学校だったって言ったよね。私、石田君とは同じクラスだったの」
「私、クラスでも地味で友達いなかったの。そのときに石田君はよく話しかけてくれたの」
彼女は話ながらまた前から抱きついてきてふくよかな胸を押し付けてくる。俺は出来るだけ平静を保った。
「それがとても嬉しかった。他に話す友達がいなかったから、上手く話せなかったけど石田君と話す時間が学校で一番気楽でいられた」
「でも、それだけだった。石田君とは学校でたまに話すだけの関係でしかなかった。石田君が友達と遊んでいる輪に入る勇気はなかったし、他に友達も作れなかった」
小学生の彼女にとって小学生の石田 進は大きな存在だったらしい。そんな記憶は微塵もないが。
「だから……その……その頃の私、石田君をつけてたの。後を追って、普段何してるのとか、どんな趣味があるのとか知りたかったから」
その頃っていうか、最近もつけられた記憶があるのだが。
「それで……それで……親に買ってもらったデジカメでこっそり撮ったりして、それを眺めて楽しんでいたの」
盗撮!?
「でもそのまま何も進展しないまま私は転校してしまって、それで高校に進学したときに石田君と偶然再会したの!」
興奮したのか抱きつく腕が力強くなった。どうしよう。恐いこの人。
「これは運命だと思って話しかけようと思ったの。だけど周りがいつも近くにいたからなかなか二人きりになれなかったの」
「話さないまま半年以上経過して、石田君の写真ばかり溜まっていった」
盗撮はまだ続いていたのかよ!小学生の内に終わってほしかった。
「やっと人の目を掻い潜ってちゃんと再会したのに何故か石田君は疑うし。私はちゃんと好きって言っているのに!」
息の根を止まると言わんばかりに後頭部を強く絞めてきた。鼻息も荒い。これは返答次第で殺されるかもしれない。
「ねぇ石田君、もう分かったでしょ?私こんなに石田君の写真集めるほど好きなの。それに昔に比べて可愛くなったし、私石田君の最高の恋人になれる自信があるの」
抱きつく手を離すと彼女は大量の写真を出した。小学生の頃と最近の写真が数百枚ほどそこにはあった。
「答え、聞かせてほしいな」
彼女は甘えるような声で訊いた。
正直、聞かなきゃ良かったと後悔していた。
†
後日談、あれからどうなったかというと。
ピンポーン
「石田くーん、遊びに来たよー」
絶賛逃亡中である。
「石田君いるんでしょー?」
あのときは手足を縛られていたので信じると嘘を吐いてその場はしのいだ(いくつかの貞操を犠牲にして)。その後は出来るだけ飯田を避けていた。しかしこちらの行動パターンを読んでいるのかしつこく付きまとっていた。
「無視されるの寂しいなぁ」
それを見ていたファンに最初は恨まれていたが、飯田の奇行にだんだん幻滅していったようで、今では飯田は美少女だけどストーカーというかなり残念な立ち位置に落ち着いた。
「泣くよ?出てこないと泣くよ?」
それによって取り巻きやファンに殺される事態は避けられたが、かえってそれが飯田の枷を外したようで今まで以上にストーキングがヒートアップした。今もこのようにインターホン連打して自宅の前でスタンバっている。
「いるの分かってるんだよー?」
それでも問題にならないのは曲がりなりにも彼女が美少女だからだろう。可愛ければ大抵のことは許されるという典型である。
「顔見るまで帰らないからねー!」
帰ってほしい。切実に。
おわり
学園一の美少女はストーカーでした シオン @HBC46
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