第2話ピーター君の夢

 「ピーター……。ピーターよ」

 「何だい、父さん」

 「お前の夢は何だ?」

 「ユうメい人になることかな」

 「それではダメなんだ、ピーターよ」

 うるせェな、と思う。

 うるせェ。うるせェ。うるせェな、権左衛門父さん。

 「人生において、何になるかはたいした問題ではない」と権左衛門は言った。「大切なのは、何をなすかだ、ピーターよ。……今晩の夕食、お前つくれよ」

 「何言ってんだよっ。父さんの番だろ?」

 「徹夜明けで眠いんだよ。カレーライス以外、受け付けないからな」

 また一つ、大人たちの理不尽さを学んだぜ。

 こっちは、「試験勉強で徹夜明けでも、当番こなしてる」ってのに。

 「安心しろ」と権左衛門が言った。「今日は『ウサギとカメ』スーパーで、カレーセットが特売だ。いつもみたいに、三軒回らなくていいぞ」

 「母さんは」とピーターは言った。「このこと知ってるのかよ」

 「知る由もない。母さんもまた、夜勤明けだからだ」

 世界は理不尽さであふれている。

 その一つひとつに腹を立てていたら、生きてはいけない。

 「本当は腹を立てるべきなんじゃないかな」という論者もいるけど、そういう論者は教養書を装ったツールを使って、安楽椅子で焚きつけているだけだ。

 ダマされないぞ。

 「そうだ、その心意気だ、ピーターよ。見かけの安さにダマされず、量との関係を見落としてはいけない」

 ショーペンハウエルは、読書に量より質を求めた。

 たしかに、扇動どころか、流行や商品の紹介道具となり果てた、現代の書籍群を彼が見れば、自分の読書論の正しさを改めて思うだろう。

 しかし。

 玉石混淆。そう言った彼の読書論すらも、手際のよい教養書で知ることができる。やはり、量だ。しかも、現代書の多読に限る。


 そうよ。お肉の掘り出し物を見つけるのよ。


 ――母さんの声が聞こえた気がする。

 「ピーターよ、お前の夢は何だ?」

 「先ずは安くて量のある、食材を見つけることです」

 「それでいい」と権左衛門は深く頷いた。そして、「現実的なものは皆、美しい」と呟いた。

 「デフレ傾向は反転した」と論者は言うけど、ダマされるか。そんなのはお金を吐き出させるオタメゴカシだ。ダマされないぞ。ダマされないぞ。ダマされないぞ。

 「ピーターよ」と権左衛門はにっこり笑って言った。「お釣りで父さんをダマそうとするなよ。ちゃんとレシートを持ってくるんだ」

 「そんなことある訳ないじゃないですか」

 ピーターもにっこり笑った。


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