色の魔法使い
色の魔法使い1
シェリーから預かったイチゴを持ってメルローの家に向かう。少し前まで雪が積もっていた気がしていたのだが、知らない間に春が来ていたらしい。クローバーの茂みの切れ目に、アリがせっせと巣を作っていた。
小さな郵便局の角を曲るとメルローの家が見える。赤い屋根に茶色い壁の家がメルローの家……去年はそうだったのだが。
「!」
メルローの家は、ペンキが塗り変えられていた。緑の屋根に、クリーム色の壁になっている。
「メルロー、いるかー?」
ここだけは色の変わっていなかった木戸を軽くノックする。すぐにメルローの返事と足音が聞こえ、ドアが開いた。
「久しぶり」
「そうか……? あー、ちょっと久しぶりか」
軽く挨拶をして、中に入れてもらう。家の外身は様変わりしていたが、中は変わっていなかった。小さくて丸いテーブルとイス、きちんと片づけられた簡易キッチン、白い食器の並ぶ食器棚。そして地下に降りる階段。階段の入り口には扉がついているのだが、いつもの通り開きっぱなしになっていた。
「いい色ね」
メルローが、俺の持つバスケットの中身をめざとく見つけて微笑んだ。
「シェリーから。今年も豊作だったって」
「さすがシェリー! 今ね、シェリーに頼まれたドレスの色を作ってたのよ。これも使わせてもらっちゃおっと」
メルローは桃色がついてしまっている指でイチゴをつまみ、へたを千切ると、口の中に放り込んだ。
「おいしっ」
「そのドレスさ、聞いてるかもしれないけど、今度の劇で使うんだよ。で、その台本を俺が書くんだ。お姫様と王子様の話」
「じゃあ、インクはドレスと同じ色がいいわね」
メルローは二つ目の苺に手を伸ばした。もらっていい?、と確認し、俺も一つもらう。甘酸っぱくて旨い。
「ドレスはね、春らしい、明るいピンクにしようと思ってるの」
「ちょうどそんな色?」
メルローの髪を指す。
「んー、この色だとちょっと淡すぎるかな。シェリーったらね、かわいいお姫様のドレス、としか注文してこなかったのよ。かわいければあとは任せる、って」
メルローは自分の髪を一房掴んでちらりと見ると、すぐに髪を離した。
「だから春の色と恋の色を意識して、この髪よりはもうちょっと濃い色にしようと思ってるの。ドレスが出来るまでには時間かかっちゃうけど、ケルナーのインクだけなら三日後には出来るわ。三日後にまた取りに来て」
「わかった。楽しみにしてる」
メルローの仕事を邪魔しないよう、俺は彼女の家を出た。
*
竜にさらわれたお姫様は無事王子様に助けられ、二人は結婚。二人はいつまでも、幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。
シェリーの劇の初回公演は大好評で終わった。帰り際、お姫様のドレスを私も着たいと楽しそうに話す女の子達を見かけ、嬉しくなる。流石はメルローが染めたドレスだ。
「ケルナー!」
ドレスから着替えたシェリーが駆けてきた。化粧はまだ落としていないので、顔が怖い。舞台用の化粧は客席から見るに限る。
「ありがとね。あんたとメルローのおかげで大成功よ」
「お前らの演技が上手いからだろ」
「でもいいお話がなくっちゃ演じようがないもの。あんたのおかげもあるのよ」
舞台の方から、シェリー!、と声がかかる。
「ごーめん、片付けに行かなくちゃ」
ぺろりと舌を出し、シェリーは走っていった。それを見送って、俺も劇場を出る。
向かうのはメルローの家。またインクを頼んでいるのだ。
メルローは色を作る魔法使いだ。花や草、石、時には音などから様々な色を作り出し、どんなものも綺麗に染める。俺はいつもメルローに、書こうとしている話にぴったりあうインクを作ってもらっていた。
メルローの作るインク無しでは、俺はもう仕事が出来る気がしない。明るい話も暗い話も切ない話も、その全てを同じ黒いインクで書くなんて、初めから無理があったのだと今では思う。
郵便局の角を曲がると、庭で草を摘んでいるメルローが見えた。春には桃色だったメルローの髪は、徐々に緑に変わってきている。花が落ち始めた桜の木のようだ。
「ケルナー! 今日の劇どうだった?」
「大成功だったよ。お前のおかげだって、シェリーのやつ、喜んでた。お前は明日見に行くんだっけ?」
「そうなの。楽しみ!」
本当は一緒に見に行きたかったのだが、メルローは今日までに仕上げなければならない仕事があり、俺は明日用事が入っていたのだ。
「今日まで、って言ってたやつ、出来たの?」
「もちろん。10歳の女の子の、ピアノの発表会で付けるペンダントを染めたの。その子もお母さんも、とっても喜んでくれたわ」
「どんな色?」
「小川をテーマにした曲を弾くって言ってたから、キラキラさらさらした水色。あ、そうだ。ケルナーのインクも出来てるわよ。ケルナーのは海イメージだから、もっと深い青になったわ」
ぱっと身を翻し、メルローはぱたぱたと家に入っていった。そしてインクの瓶を持ってすぐに戻ってくる。
「ありがとう。いくら?」
「1500クリュになりま~す」
「この間より、ちょっと安いな」
「さっき言ったペンダントの色と、途中まで一緒に作れたから。それでいつもより出来るの早かったのよ。これでまた、素敵なお話を書いてね」
肩をぽんっと叩かれる。ありがたいことにメルローは、俺の話のファンの一人なのだ。
*
木々が色を変えていくにつれ、メルローの髪も緑から赤茶色に変わっていった。この時期のメルローの髪の色が、俺はあまり好きではない。もちろん紅葉を思わせるそれはとても綺麗なのだけれど、なんとなくもの悲しくなってしまうのだ。
「はい、ご注文のインク。今回はワインの香り付きよ」
「ありがとう」
今回書く話は短編なので、インクの量も少なめだ。インクの量はいつも俺が書く話の長さに丁度いい。メルローの魔法は、こんなところにも表れている。
「ね、すぐに書き始めなきゃいけないわけじゃないでしょう? 今日は色を集めに行くの。手伝ってくれない?」
「いいよ。どこに行くの?」
「裏の林。いい色をした葉っぱが、たくさん落ちてるから」
「じゃ、落ち葉を適当に拾えばいい?」
「うん。石とかでも綺麗なのがあったら拾っておいて。後で仕分けするから」
荷物をメルローの家におかせて貰い、袋を持って林に行く。メルローが言ったとおり、木々は綺麗に色づいていた。
「見て、キノコ! こういうのも見つけたらじゃんじゃん入れてちょうだい。どうせ魔法で消せるから、毒があっても大丈夫。あ、でも帰ったら手をよく洗ってね」
白っぽいキノコを袋に入れながら、メルローはご機嫌だ。俺も適当に落ち葉を拾う。
こうして集められた色の材料は、地下室の大きなタンスにしまわれる。一段目は春、二段目は夏、三段目は秋、四段目は冬に集めた材料が詰まっているらしい。メルローはそこから様々なものを出して大鍋でかき混ぜ、魔法の染料を作るのだ。どんなものも鍋に入れれば絵の具のように溶けていく。タンスは五段あるのだが、五段目に何が入っているのかを俺は知らなかった。
「きゃぁっ!」
ふいにメルローが悲鳴を上げて飛び退いた。
「どうした?」
「ごめんたいしたこと無いの。トカゲのしっぽが落ちてて、びっくりしちゃった」
照れたように笑うと、メルローはそのしっぽに恐る恐る手を伸ばした。しかししっぽがぴくっと動いたのに驚いて、手を引っ込めてしまう。
「困ったな……早く止まってくれないかしら」
「取ってやるよ」
俺は動き続けるしっぽを拾い、自分の袋に入れた。メルローの家に戻る頃には、大人しくなっているだろう。
「ありがとう」
「こんなのも材料にするのか」
「ええ。いい色を作るためには、なるべくいろんな種類の材料が必要だから。あのタンスには蛇の抜け殻だって入ってるのよ」
「うへぇ」
俺は思わず顔をしかめた。トカゲは平気だが、蛇は苦手だ。
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