あまいあまい

あまいあまい

 さあ子供達、あまいあまいチョコをお食べ。甘すぎるとか、もっと小さいのでいいとか思ったやつは行っちまいな。あんた達に話すことはないよ。手遅れだからね!


 おいしいかい? そりゃあ良かった。それじゃ話してやろうじゃないの。おばちゃんの大失敗をね。


 昔……じゃなくて、ちょっと前。ほんのちょっとだけ前さ。おばちゃんはかわいらしい女の子だった。白くて細い足と、小さな手を持った女の子。いつも頬を赤くして、瞳を輝かせ、世の中の全てが楽しくて仕方ないって思いながら歩いてたよ。


 ある時ね、近所の山の中を探検していたら――そう、散歩なんかじゃない。あの頃の私は、毎日探検と冒険をしていたものだ――古いトンネルを見つけたんだ。中をのぞいても先の見えない、不気味なトンネルだった。でもね、その向こうから、あまくていい匂いがしたんだ。子供心をくすぐる、おいしそうな匂いがね。


 どうしようかと迷っていたら、かぶっていた白い帽子が風で飛んで、くるくるとトンネルの中を転がっていったんだよ。それで意を決して、トンネルに入って行ったわけさ。


 帽子は手を伸ばすたび、逃げるように転がってね。なかなか拾えなかった。それで不安になっちまったし、その上トンネルの中は薄暗くて怖かった。でもね、あまい匂いは進めば進むほど強くなっていったんだ。鼻をくんくんさせていれば、怖い気持ちは忘れられたね。


 そして、ついに出口にたどり着いた時、私は思わず声を上げたよ。帽子のことなんて一瞬で忘れるような、素晴らしい景色が広がっていたからね。


 一面の花畑だったんだよ。それもただの花畑じゃない。赤い花も黄色い花も白い花も、みんなお菓子で出来ていたんだ。その間をひらひらと飛び回っていた蝶だって、クッキーで出来ていたんだよ。


 そしてね! クリスマスケーキに乗っている砂糖菓子の小人、あれがね、わらわら寄って来てね。


「いらっしゃい! 僕らの新しいお姫様」


ってね!


 その日から私はお菓子の国の王女になった。朝はクッキー、昼はマカロン、夜はケーキな生活だよ! 朝はお菓子の歌を歌い、昼は飴細工のドレスで身を飾り、夜はマシュマロのベッドで眠る生活だよ! あの時ほどの幸せは、きっともう二度と味わえないだろうさ。


 それなのに、どうしておばちゃんが今じゃただのおばちゃんなのかって気になるだろう? お姫様なら、こんなところにいるはずがないって。まったくもってその通り。そのままお姫様で居続けられたなら、こんなところにはいないんだ。


 ここからが大事だ。よ~くお聞き。お菓子の国のお姫様として何年も何年も暮らしていたおばちゃんはある日、とある木の幹の皮を一枚めくって食べたんだ。ほんのりとした苦みのあるチョコレートだった。毎日食べてきた、あまいあまいお菓子とは違っていた。思わずつぶやいちまったよ。


「おいしい」


って。


 あれが大失敗だった。だってあのチョコレートは、甘さ控えめ、ってやつだったんだから。子供が食べるもんじゃなかった。あれをおいしいって思った時点で、お菓子の国のお姫様でいる資格を失っちまったんだ。


 気がついてみればね、その時私は大人になっていた。手だって足だってもう小さくはなかったし、毎日かいでいたあのあまいあまい幸せな匂いに、飽きてきていた。いつもと同じお菓子なのに、甘すぎる、そんな風に思う時さえあった。それが致命的だったね。


 おばちゃんはお菓子の国を追い出されてしまった。トンネルをとぼとぼ歩いて、こっちの世界に戻ってきた。するとね、トンネルの出口で、おばちゃん自身が待っていたんだよ。こっちの世界で普通に大人になったおばちゃんがね。二人は一つになった。お姫様だったおばちゃんは、普通のおばちゃんの思い出の中だけの存在になってしまった。


 いいかい子供達、もし、向こう側からあまい匂いのするトンネルを見つけたら、そしてそのトンネルの向こうにお菓子の国があったなら! 決してお菓子に飽きちゃならない。まして、甘さ控えめ。これを上手いと思ったら、夢の終わりだよ! いいね!







 おばちゃんはそう言って、またチョコレートをくれた。ぽい、っと口に放り込む。甘くておいしい。


「ねえおばちゃん、あの花はそのお菓子の国から持って帰ってきたの?」


 私は棚の上に飾ってあるガラスケースを指さした。その中には、飴細工で出来たチューリップが一輪、咲いている。


「そうそう。そうなんだよ……って痛っ!」


 うなずいたおばちゃんの頭をぱちり、おじちゃんがたたいた。いつからそこにいたのだろうか。みんなおばちゃんの話に夢中だったので、誰も気がつかなかった。


「ほら話もいい加減にしろよ。あれは俺が作ってやったんだろうが」


「ほら話じゃないさ。お姫様だったのは本当だよ」


 おばちゃんが口をとがらせる。でも次の瞬間には、ぱっと笑顔になった。


「ケーキ出来たぞ」


と、おじちゃんがみんなにケーキを配り始めたからだ。


 丸くて、ふわふわで、真ん中にお砂糖で出来たお花が乗っている。私のは赤、さっちゃんのは黄色、みつる君のは白。どれもとってもかわいらしい。


「はい、お前のはこれ」


 おばちゃんのケーキだけはみんなのとちょっとだけ違っていた。お花の色は黒。なんだかかわいいというより、おしゃれな感じのする見た目だ。


「甘さ控えめだよ」








お題:開花or花・トンネル・チョコ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る