片思い中のあの人は

片思い中のあの人は1

 毎朝空き地の前ですれ違い、挨拶を交わすあの人は、多分昔公園の前の家に住んでいた人だろう。


 二年前に越してきた俺は知らないが、公園の前には、四年前まで四人家族が住んでいたそうだ。


旦那さん、奥さん、娘さん、そして犬。家族は犬を、『家族同然に』ではなく、『家族として』かわいがっていたらしい。だから、『三人家族に犬が一匹』ではなく、『四人家族』。


「こんにちは」


 彼女はいつも少し目を細めて、控えめに微笑む。彼女とともに歩く犬が、必ずわんと一言吠える。


 俺もこんにちは、と挨拶を返す。綺麗な人だな、と毎回思う。




 毎朝空き地の前ですれ違い、挨拶を交わすあの人は、多分昔公園の前の家に住んでいた家族の娘さんだろう。


娘さんは、長くてつやつやした髪と、控えめな微笑みがかわいいと評判だったらしい。いつもこの付近を犬と一緒に散歩していて、すれ違う人には必ず挨拶をしていたそうだ。


 きっと変化が嫌いな犬の為に、散歩コースを変えないでいるんだろう。だから俺と毎朝すれ違うのだ。




 公園の前の家は、絵本から飛び出して来たかのようなかわいい家だったらしい。その家は四年前、火事で焼けた。放火だったそうだ。


犯人は、娘さんに恋をしていた男だったとか。娘さんに振られて、腹が立って火をつけたんだそうだ。痛ましい事件である。


 犯行が行われたのは、真夜中の二時。健やかに眠っていた家族は逃げ切れず、みんな死んでしまった。家族全員。一人残らず。




「こんにちは」


 今日も彼女とすれ違う。犬が一言わんと鳴く。


「こんにちは」


俺も挨拶を返す。


 控えめに微笑む、長い黒髪の彼女には、無数の火傷の跡がある。犬にも、ある。見てるだけで痛々しい、酷い跡だ。


それでも一人と一匹は、火傷の跡を隠そうとすることも、人目を気にすることもなく、堂々と毎朝散歩をしている。


――わん


 犬が俺をとがめるようにもう一度鳴く。ごめんごめん。一人と一匹、ではなく、二人、だ。

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