クリスマスのお姫様
クリスマスのお姫様
――眠れないのなら、お話をしてあげましょう。昔々あるところに、から始まるお話を。
昔々あるところに、魔女が神様に背いて作った国がありました。その国では人々は、神が与えた苦しみから逃れることが出来ます。働く必要がなく、出産の苦しみもないのです。
その噂に惹かれて、たくさんの人々が国外から移住してきました。しかし、移り住み、出られなくなってから気づくのです。魔女の国には、苦しみが無い代わりに、楽しみも喜びもないのだと。
しかしある年の十二月二十五日。魔女が子供を産みました。もちろん何の苦しみもないまま、ぽろりと。玉のような女の子でした。
赤い髪に緑の瞳。クリスマスカラーのお姫様です。もちろん魔女が作ったこの国で、クリスマスを祝うことなど許されません。それでも人々は、姫の美しさに外の世界の喜びを思い出して、幸せな気持ちになるのです。
お姫様はすくすくと育ち、綺麗な女性へと成長しました。国民は皆彼女を愛し、彼女を見るたびにため息をつきます。
「クリスマスのお姫様。この国でただ一人、神様に祝福された人」
彼女の笑顔を見ることだけが、国民の唯一の楽しみでした。
どこに行っても、何を言っても、姫は歓迎されます。
「あなたの付けてるその首飾り、とっても素敵ね。私も欲しいわ」
町で姫に声をかけられたご婦人は、感激して涙まで流しました。
「まあなんてこと! ではどうかこれをお持ち帰り下さい。姫様に貰っていただけるなんて光栄ですわ、クリスマスのお姫様!」
こんなこともありました。
「なんだか疲れちゃった。それに暑いわ……」
広場のベンチに座り、姫がこうつぶやいたのです。その途端、何人もの男達が駆け寄り、脱いだ上着などを使って一斉に扇ぎ出しました。みんな、姫の姿を側で見たかったのです。
「ありがとうございます。皆さん本当にお優しいのね」
「滅相もありませんよ、クリスマスのお姫様」
華やかな姫の笑みは、人々に安らぎを運ぶのでした。
*
ところで国の女王である魔女もまた、クリスマスのお姫様の母親ですから、やはりすばらしい美しさを持っていました。美しさは彼女の誇りでした。
ところが、国民は姫ばかりを褒め称えます。
「あの子さえいなければ。あの子さえいなければ私が一番美しいのに」
時がたつにつれて、魔女の中の嫉妬心はどんどん大きくなっていきました。
姫が生まれてから十七年目の冬。姫の誕生日の前日に、魔女は山で暮らす男を城に呼び出しました。
彼は狩りをするのが趣味でした。趣味というより、憂さ晴らしといった方がいいかもしれません。姫は普段町にばかり散歩に行くので、山に住む彼は姫の姿を見ることが出来ません。だから彼は、日々の退屈さを狩りで紛らわそうとしていたのです。
「何のご用でしょうか。女王様」
恭しく頭を垂れた男に、女王はにっこり笑います。
「お前、明日娘を山に連れて行ってちょうだい。そして、撃ち殺すの」
「クリスマスのお姫様をですか?!」
驚く男に、女王は眉をつり上げました。
「私の前でその名を呼ぶな!」
城全体が震える程の、恐ろしい声でした。男はすくみ上がります。
「申し訳ございません、女王様」
「どいつもこいつもクリスマスの姫クリスマスの姫と! 何がクリスマスよ! クリスマスなんて、神を思い出させて忌々しいだけじゃないのっ!」
肩を怒らせて大きく息を吐くと、女王は再びニッコリ笑みを浮かべて猫なで声を出しました。
「いいこと? 明日、お前は雪景色を見せる為にあの子を山に誘い出すの。そして頃合いを見計らって、いつも使っている猟銃で撃ち殺してしまってちょうだい」
「しかし……」
「出来ないのなら、今ここでお前が死になさい」
女王の言葉は絶対です。男は泣く泣く引き受けるしかありませんでした。
次の日。男は姫を連れて山に行きました。
「この寒い中、山登りなんて……」
と最初は渋った姫も、
「姫の赤い髪と緑の瞳は、雪の白によく映えるはずです。それに、山から見る夕日は美しい金色ですよ。クリスマスのお姫様に、ぴったりではありませんか。夜の誕生パーティーまでの間、お暇をつぶすつもりで。どうかお越し下さい」
と説得すると、機嫌よく付いてきました。軽やかな足取りで山を登るその姿は、男の心に暖かさをもたらします。しかし同時に、重い罪悪感をわき上がらせるのでした。
やがて、開けた場所に着きました。滅多に人が来ないため、地面は足跡が無く、一面真っ白です。加えてそこからは、雪に覆われた国を一眸出来ました。
「素敵! とっても綺麗……」
うっとりとそれを眺める姫はとてもかわいらしく、男はついにこらえきれなくなりました。
「クリスマスのお姫様、聞いてください」
「?」
「私は今日、女王様にあなたを殺すよう仰せつかっております。ですが、私はあなたを殺したくない。どうか国外にお逃げ下さい」
ショックを受ける顔を見たくないと、男は下を向きました。
しかしそれを聞いた姫は、ふふっと笑います。
「面白い冗談ですね。お母様がそんなこと、命令するわけないじゃない」
「女王様はあなたの人気をひどく妬んでおられるのです」
「そんなこと、とっくに知ってるわよ」
男は驚いて顔を上げました。姫は、とても残酷な笑みを浮かべていました。
「おかわいそうなお母様! お母様だってお綺麗なのに、民に愛されているのは私だけ。この国を作ったのはお母様なのに、民に愛されているのはこの私!
なんて愉快なことかしら。私はお母様のように魔法が使えたり、権力を持っていたりはしないけれど、みんなに愛されているの! だって私は、クリスマスのお姫様だもの!」
笑いながら、姫はくるくると踊るように回りました。真っ白い雪が、姫に踏まれて泥と混ざり、黒ずんでいきます。
「どんなに私が憎くても、お母様は私に何も出来やしないわ! 私は国民の唯一の楽しみだもの。それを奪えばどうなるか! 暴動が起きるかもしれないわ。下手したら革命かもね! あははははははっ」
男の中の姫を想う気持ちが、サーっと冷えていきました。男は肩にかけていた猟銃をおろし、ゆっくりと構えます。
「では、試してみますか」
ぴたり。照準が、姫を捕らえます。姫は怪訝な顔をして動きを止めました。
「何をしているの?」
「女王様の命令を執行しているのです。私は嘘などついていませんから」
「な、に」
ターンッ。静かな山に、猟銃の音が響き渡ります。少し後れて、ドサリ。姫が雪に倒れる音も響きました。
赤い髪、緑の瞳の、クリスマスのお姫様。今彼女の瞳は閉じられ、ドレスは血の色に染まっています。赤い髪、赤いドレスのお姫様。リンゴの色のお姫様。
男は姫に背を向け、山を下りました。国民は皆悲しむでしょう。しかしきっと、暴動も、革命も起きません。楽しみを失った人々の、暗く退屈な日々が始まる。ただ、それだけのことです。
――お話はこれでおしまい。おやすみなさい、いい夢を。
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