枯れ木婆さん

枯れ木婆さん

 暗ぁい森の奥深く。古ぼけた小さな木の家に、枯れ木婆さん眠ってる。


一生人を、呪い続けた糞婆あ。死ぬことすらも許されず、日々日々歳を、取っていく。


ああしわくちゃに、しわくちゃに。


 呪いを解くのは簡単だ。誰かがキスすりゃいいことだ。けれども誰がするだろう!


老いた婆あにキスなんて!




 一部屋しかない狭い小屋の真ん中で、痩せた少女が揺り椅子に座り歌っていた。彼女が身体を揺らすたび、椅子はキィキィと甲高い音を立てる。


 金色の髪はぼさぼさのぱさぱさで腰まで伸び、服は上下ともにボロボロで、浮かべる表情は憎たらしいことこの上ない。


けれどもその肌は白く、唇と頬は紅色、瞳はくりくりとしたエメラルドで、身を飾れば下手な貴族の娘よりも美しくなるのは明らかであった。


 歌い終わると、少女はギシィッとひときわ大きな音を立てて揺り椅子から飛び降りた。少女の着地と同時に、床もミシッと音を立てる。気の向くままにめちゃくちゃな踊りを踊り、床の軋む嫌な音をひとしきり響かせると、少女は下品な大笑いをした。


「久しぶりに来てみりゃ~よお、ばーさん。おめーだけじゃなく、家まで歳くってんじゃねーか」


 少女が話しかけているのは部屋の隅、これまた古ぼけたベッドに横たわる老婆だ。肌も唇もカサカサに乾き、顔中体中しわくちゃ。髪は長いが真っ白で、つやというものがみじんも感じられない。


祈るように胸の上で組まれた手はそのまま固まってしまっているかのようにピクリとも動かないが、唇に耳を寄せればかすかに息をしているのがわかるだろう。醜く老い果ててなお、彼女は生きていた。いや、ここまで老いてもまだ”老い果てて”はいない。彼女は自らの生涯の報いを受け、永遠に老い続けるのだから。


 バンバン! ふいに、乱暴にドアをたたく音が小屋に響いた。


「あの小僧だ!」


少女は嬉しげにぴょんと飛び跳ねる。


「髪むしりの小僧が来た!」


 少女が走り寄るよりも先に、バンッ、と勢いよくドアが開いた。入ってきたのは青年だ。


 いいものを食べているのだろう。頭の先から爪の先までつやつやしている。服も上等な生地で、有名な職人が作ったことを示すロゴがデカデカと刺繍されている。


 しかしその下品な薄ら笑いと佇まいは、彼の生まれが上流階級ではないことを如実に物語っていた。


「よお。金がつきちまったからまた来たぜ」


「お前も懲りねーな。静かに暮らしてりゃ一生働かなくていい額儲かったろ? 何に使ったんだよ」


「南の島でヴァカンスだ。海が見える豪邸に娼婦どもを呼び込んで、毎日毎日酒池肉林よ! 子供ができねえってのはいいな。気兼ねなくヤれる」


「呪いが女にうつっちまうかもしんねーぜ」


「金は払ってんだ。知ったこっちゃねーよ」


「お前ほんっとサイコー!」


少女は心底楽しそうにニヤニヤと笑った。


「んで、金使い果たしちまった、ってわけかよ」


「そ。金の成る木があるんだ。使ってなんぼだろ」


青年は大股で老婆に近づいた。


「つーわけで貰ってくぜ、婆さんよ」


青年は老婆の髪をむんずとつかんだ。


「一度目は足の指が腐り落ちた。二度目は左目を失った。三度目には子供を残せぬ体になった。今度はどーなるかねお前」


「できれば見た目に影響しない呪いをお願いしたいね。女どもが不気味がるのは不愉快だ」


ブチブチブチィ! 何の気遣いもなく、青年は老婆の髪をむしり取った。魔女の髪は薬の材料になる。そのため高く売れるのだ。まして、若かりし頃には悪魔の化身とも呼ばれて恐れられ、眠りについてなお、自身に危害を加える者に呪いを与え続ける魔女の髪である。相当な値がつく。


 むしりとった髪をポケットに突っ込むと、青年は両手を広げてぐーぱーし、両足を順番に振った。


「感覚的には変わりはねーな。どうなった?」


問われると、少女はまたニヤニヤと笑った。


「寿命が縮んだよ。お前、あと5,6年しか生きらんねーぞ」


「そりゃ大変だ。早いとここいつを売って金作って、ヤれるだけヤらねーと」


「お前それしか頭にねーのかよ」


「どーせ寿命が長くねーなら、ヤクに手え出す、つ~のもいーかもな」


 青年は適当な調子でそう答えると、ずかずかと大股で出口に向かった。


「あたしとは遊んでくんねーの?」


「俺はガキにも婆あにも興味ねーんだよ。お前ときたら両方じゃねーか。ノらねーよ」


「そりゃ残念」


「んじゃな。金がつきたらまた来るよ」


来たときと同じく乱暴に戸を開け、青年は小屋から出て行った。


 残った少女はベッドの端に座り、ニヤニヤしながら老婆の顔をつんつんつつく。曲がった鼻をつまむ。ふがふが、と老婆が咳き込んだ。


「あっはははは!」


少女は足をばたばたさせて喜ぶと、老婆の耳元に口を寄せた。


「長生きってのはいいもんだよな。しおしおに枯れてく婆あが見れるし、バッカな男の人生も見物できる」


 ギシィッ。スプリングを軋ませ、少女は勢いよく立ち上がった。そのままトコトコとドアまで歩き、外に出る。陰気くさい森。


 上半身だけまた小屋に突っ込み、老婆に軽く手を振った。


「不死っつーのはいいもんだ。ただし不老とセットの場合に限るがなあ~?」


バタン! ドアが閉まる。


 後に残るは静寂と、眠り続ける老婆が一人。

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