魔王死してなお己を貫く

魔王死してなお己を貫く

183年7月。親友が突然魔王になると言い出した。


「だってほら僕レベル999だし。世界征服ぐらい、出来ないことはないと思うんだよね」


そいつが笑うといつも、魔族独特の鋭い八重歯が小さく顔を出すのだった。


185年3月。親友が本当に魔王になった。


国軍にやられるんじゃないかと少し心配していたのだが、無用な心配だったらしい。


「一応僕も軍っぽいものを連れて来たんだけど、一人でも大丈夫だったかもしんない」


招待に応じ城を訪ねると、親友はさも当然のように、つい先日まで人間の王が座っていた玉座でくつろいでいた。


「魔王が支配するわけだから、人間には生きにくい世の中になっちゃうと思う。ごめんね?」


「そう思ってんなら魔王になんかなるなっつーの。ま、俺は傭兵の仕事が増えて助かるけど」


「? 僕は雇ってあげないよ?」


首を傾げる様子は、とても世界を征服した魔王とは思えないほど邪気がなく見える。こんな風に思うのはしゃくだが、女の目にはかわいいとすら映るのではないだろうか。


「魔物から守って下さい、って言う一般人が増えるだろうがよ」


三白眼の俺の方が、よっぽど悪役が似合う。


それでも目の前のそいつは魔王で、俺はただの人間なのだった。


228年4月7日。魔王死去。


老いて体が不自由になったこと、その日が暖かくて気持ちのいい日だったことを理由とした、自殺だった。


228年10月。人間が暴動を起こす。しかし魔王二世の軍により、あっさり鎮圧。


231年2月。俺死去。病死。



気がつくと、長い行列に並んでいた。


「……」


いつから並び始めたのかはわからないが、なぜか目的だけはわかっていた。


罪の告白をするために並んでいるのだ。


『え~っと。俺は仕事となると、魔族人間問わず平気で殺しました、って感じか?』


――人は死ぬと一番元気だった頃の姿に返り、閻魔大王に生前の罪を告白させられる。大王はそれを聞いて、その人間が天国に行くべきか地獄に行くべきかを判断するのだ。


『生きてるときはそんな話信じてなかったけど、マジで若返ってる』


鏡がないので顔は見えないが、手も足も見るからに若々しくなっていた。


「うわっ。なっつかし!」


ふいに横から、親友の声がした。


そういやこいつは俺より先に死んでたな、とその姿を眺める。ちょうど、魔王になると言い出した頃の姿をしていた。


死後の世界では人間も魔族も差別されないらしい。何をもって人とするか、なんて難しいことは考えないことにしておく。


「おう。お前もかなり懐かしい見た目だぞ」


「若いっていいよね」


「だな」


こうして立ちっぱなしで並んでいても、疲れないところがすばらしい。


「いつまでも並ぶの大変でしょ? 君地獄行きね。行こ」


「何の権限があってお前が決めんだよ」


「地獄で一番偉いのは僕だもの」


「はぁ!?」


「閻魔はもう”大王”じゃないよ。僕の部下。だから僕が決めてい~の。ほら、早く。案内してあげるよ」


「……おう」


少し迷ったが、ついて行くことにした。こいつは昔から、言い出したら聞かないのだ。


歩きながら、改めて尋ねる。


「何でお前がそんな偉くなってんだ?」


「えっとね。地獄の沙汰も金次第、ってよく言うじゃない。でも僕こっちにお金持って来れなかったんだよね。


で、うん。結果として新しい真理がわかった」


親友はここでわざと真面目な顔を作った。


「地獄の沙汰も、暴力に屈する」


「お前最低だな!」


流石は生前魔王だっただけのことはある。


「まあそんなわけで、地獄の大王は僕なわけ。僕が来てから、ここはずいぶん過ごし易くなったはずだよ。


血の池地獄は温度を下げて温泉にしたし、針山の針は邪魔だったから全部刈っちゃった」


「アホか!」


「そろそろ地獄も飽きてきたし、天国進出しようかな~」


「やめとけバカ!」


こいつが天国に行ったら、天国が天国でなくなってしまう。


「まあすでに楽園ではなくなってるかもね。僕に逆らったり規則を破ったりした罪人、天国に追放したもん」


「めっちゃうれしい罰だな……」


「もちろん、ぼっこぼこにしてからだよ?」


「死んじまうじゃね~か!」


「やだな~最初から死んでるって」


親友は楽しそうににこにこ笑う。小さな、けれど鋭く尖った八重歯が光る。


「君だってさ、永住するなら天国がいいでしょ?」


それはそうだ。どうせなら天国に住みたい。


「ね、決まり」


はぁ、とため息をついてあきらめる。どうせ言っても聞かない。


どうやら人は、死んでも魔王の支配から抜け出せないらしい。俺は全く構わないけど。


それが嫌だと思っている人達が、かわいそうだ。


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