ちーちゃんは昔から

ちーちゃんは昔から

夕暮れ時に近所の公園で遊んでいると、いつもいつの間にかちーちゃんが混ざっていた。


いつからいたのかわからない。最初から一緒だったような気さえする。


けれど最初から一緒だったのはりっちゃんとみっちゃんだけのはずなので、途中から入ってきたに違いないのだ。


「いつからいたの?」


そう尋ねた時のちーちゃんの返事は決まっている。「ついさっき」だ。


ままごとをしていればいつの間にか妹役として座っていて、鬼ごっこをしてればいつの間にか私はちーちゃんから逃げている。


かくれんぼをしていれば、ちーちゃんは私より先に鬼に捕まっていた。「ちーは隠れるのが下手」と、よくみっちゃんが言っていた。「ゆんもりみも下手だけど、ちーほどじゃない」とも。


ある時、ちーちゃんに聞いてみた。


「ちーちゃんは学校、行かないの?」


近所に住んでいるなら同じ小学校のはずなのに、学校でちーちゃんを見かけたことは一度もなかった。


休み時間にみっちゃんとりっちゃんと遊んでいても、ちーちゃんが混ざってきたことはない。


「お化けは学校行かないの」


ちーちゃんはにっこり笑っていた。


「お化けなの?」


「うん。1年前から、お化けなの」


「え~」


嘘だと思った。だけど。


ちーちゃんの胸からは、心臓の音がしなかった。



ベッドの上で寝っ転がったまま携帯を開く。電話帳を表示、『ちーちゃん』で発信ボタンを押す。


三回ほどのコール音のあと、ちーちゃんの、はいもしもし、という少し高い声が聞こえた。


「もしもし~ちーちゃん、日曜日空いてる?」


「空いてるよ~」


「映画見に行かない? 最近よく宣伝してる3Dのやつ」


「行く!」


ちーちゃんに誘いを断られたことは一度もない。お化けだからいつでも暇なんだそうだ。


携帯を耳に当てたまま、ごろり、と身体を回転。うつぶせになって肘を立て、顔を起こす。


仰向けで話すより、この方が楽、かも。いや、やっぱりつらいか。もう半回転。


「二人で行くの?」


「光彦と理美も一緒。あと」


「もしかしてこの間言ってた高梨君、みっちゃんに誘ってもらうの!?」


妙に嬉しそうな声。その通りですよー。こういう時のちーちゃんは、妙に勘が良い。


「来てくれるといいね!」


「うん」


「会ったこと無いの、どの中で私だけだよね? 会えるの楽しみだな~」


「多分大丈夫だろうって光彦言ってたし、来てくれると思う。じゃあ、日曜日一時に駅ね」


「了解!」


電話を切ってから、ふと思った。高梨君にちーちゃんが見えなかったらどうしよう。なにせお化けなのだ。


ちーちゃんが私たち以外の人と話しているところなんて見たことがない。まずいかもしれない。


でも考えてみたら、ファミレスではちゃんと店員さんがちーちゃんの分までお水をくれる。くれるということは、見えているということだ。


ファミレスの他に、ボーリングやカラオケにも一緒に行ったことがある。


私たち以外の人と会話しているところは見たことないが、困ったことになったことも無い。


あまり心配する必要は、ないのかもしれなかった。







「ども、高梨です。初めまして」


「山田です。よろしくお願いします~」


予想通りちーちゃんは、高梨君にも問題なく見えた。軽く挨拶して、みんなで歩き出す。


当然だが、高梨君がちーちゃんの正体に気づく様子は無かった。


「ねえ」


とんとん、と肩をたたき、ちーちゃんに小さい声で話しかける。


「山田だったんだ、名字」


さっきの言葉に、実は少し驚いていた。


付き合いはもう10年以上になるが、ちーちゃんの名字を聞いたのは初めてだったのだ。


「とりあえず山田でいっかな、って」


「ホントは違うの?」


「お化けだから。ないの」


「名字ないんだ、お化けって」


生きていた時の名字をそのまま使うことはしないのだろうか。


そういえば、名前の方もきちんとは知らない。「ちい」でちーちゃんなのだと思うのだが、どんな字を書くんだろう。


「おい、早く来いよ」


気がつくと、三人は大分離れたところまで歩いていた。慌てて小走りし、距離を詰める。


理美が少し下がってきて、ちーちゃんに囁いた。


「名字、山田だったんだ」


それを聞いて、ちーちゃんが吹き出す。私も少し笑ってしまった。


「ゆんちゃんと同じこと言う」


「やっぱ優子も思った?」


「うん。だって名字聞いたの初めてだもん」


「ね。なんとなくびっくりしたよ」


「でさ、ちーちゃん、本当は名字ないんだって」


「そーなの?」


理美の反応に、また少し笑うちーちゃん。


「ないんじゃ高梨君に変に思われちゃうじゃない? だから山田でいっかと思って」


「ちーちゃんって、昔から変なとこお化けだよね」


理美はあきれたようにそう言った。私もそう思う。


ふいに、高梨君がこっちを振り返った。


「道、あっちでいいっけ?」


「あ、うん!」


新しく出来た映画館までの道をちゃんと知っているのは私だけだ。慌てて前を歩く二人に駆け寄る。


入れ替わりに、光彦がさりげなく下がっていった。高梨君と二人にされたら緊張するのに。あの馬鹿。


「あっちの角右?」


 頭の中で道順をおさらいする。間違えたら大変だ。理美と光彦はともかく、高梨君に迷惑がかかってしまう。


「うん、あってるよ」


 ちょっとたって、後ろで理美とちーちゃんの爆笑。


多分光彦も、全く同じことを聞いたのだ。



映画が終わり、喫茶店で一休み。おしゃれな雰囲気の店だったが、意外と飲み物は安かった。


机の上に、アイスコーヒー三つとアイスティーが二つ並ぶ。ちなみに、アイスティーなのは私と理美だ。苦い物苦手仲間。


あそこが良かったとか怖かったとか好きだったとか、話は最初映画の感想。


そこからだんだんと、世間話へ。大学のこと、サークルのこと、サークル内に若干ドロドロした愛憎劇があって、迷惑なこと。


それから話は、自分達の好きな異性のタイプへと飛んだ。私に余計な気を利かせた理美がふったのである。


おかげで高梨君はロングヘアーが好きらしいということがわかった。よし。髪を切るのはやめておこう。


「んー、俺はなにげに、ちーちゃんとか好みな感じなんだよな」


「お前はどんな子が好きなんだよ」と高梨君につつかれた光彦は、そう答えた。


冗談めかして『なにげに』、『とか』、『感じ』、なんて言っているけど、その目は本気だ。


前々から、気づいてはいた。光彦はちーちゃんが好き。


私と理美は、緊張して目配せを交わした。それでも一応平静を装う。光彦は笑みを顔に張り付けたままちーちゃんを見ている。


ちーちゃんは少し黙った後、おもむろに口を開いた。


「あなたには道づれが必要だ。それも生きた道づれだ。あなたの好きなところへ担いでいける死体の道づれではない」


真面目くさった口調だった。真面目くさり過ぎて、むしろふざけた言い方だった。


でもそれは光彦の恋心に対するはっきりとした拒絶であり、同時にちーちゃんが私たちとの間に初めて引いた境界線だった。


良くわからない言葉だったのに、それだけははっきり伝わってきたのだ。光彦があからさまに凹んだ顔をする。私も少し凹んでしまった。多分理美もだ。


「最近ね、あんまり暇だから近所の大学の授業に忍び込んでるの。今のは、哲学の授業で聞いたんだったかな。


意味はよくわかんないけど、妙に印象に残っててさ。『あなた』の部分、本当は『わたし』なんだけどね。


ね、今度忍び込むとしたら、何の授業がおすすめ?」


話を振られた高梨君は、うーん、と悩むような顔をした。


さっきまでは光彦の顔色をうかがっていたようだったけど、ここは気づかないふりをして話し続けるのがいいと踏んだようだ。


多分正しい判断だ。今からかったりしたら、光彦はきっとずーんと沈む。それはちょっと面倒くさい。


「俺が面白いと思う授業って、少人数のが多いんだよね。忍び込むのはちょっと無理なやつばっかだな~」


「大丈夫だよ。私紛れ込むの得意だもん。少人数でもいける」


「いや~」


無理だろ、と笑う高梨君。理美が少し笑いながら言った。


「ちーちゃんならできるだろうね」


私もそう思う。ちーちゃんなら少人数の授業にだって、簡単に潜り込むだろう。


昔いつの間にか遊びに混ざっていたときのように。おままごとを、鬼ごっこを、かくれんぼをしていた時のように。


「私の英語の授業が面白いから、今度おいでよ。火曜の三限」


「行く! 三限ってことは、お昼の後だよね?」


「うん。一時から」


「じゃあさ」


ちーちゃんは嬉しそうに目を輝かせている。


「十二時につくように行くから、お昼も一緒に食べようよ。ゆんちゃんとこの学食、おいしいんでしょ?」


「うん。じゃあ席取っとくね」


「ありがとー!」


ちーちゃんはアイスコーヒーを勢い良く飲み干した。光彦はまだ無言。


「どうしよ。もう一杯飲もうかな~それかアイス頼もっかな~」


 悩むちーちゃんは、とてもかわいらしい。普通に、とてもかわいい。


怪しい魅力をたたえてるとか、どこか儚げだとか、そんなことは全然なく、普通。もちろん、透き通っているはずもない。


「すみませ~ん、アイス一つ!」


店員さんに声をかけるちーちゃん。光彦が、アイスコーヒーも追加でもう一杯、と続ける。


かしこまりました、と答えて離れていく店員。光彦、本当はお酒が飲みたい気分だろうな。未成年だけど。


 ごくり、アイスティーを一口飲む。冷たい液体が、胸の中を通って降りていくような感触が心地良い。本当に食道を降りていくのを感じているのかどうかはわからないけど。


ちーちゃんも、こういう感じになるのだろうか。あれ……?


 考えてみたら、お化けなのに飲んだり食べたりできるなんて変だ。そもそもお化けなのに身体があるところから変だ。


しかも飲食はできるのに、恋愛は出来ないなんてめちゃくちゃだ。どこが線引きになるのか、ちっともわからない。


誰にでも見える、さわれる、一緒に遊べる。携帯までちゃんと持っている。


学校に入学はしないけど、授業には潜り込む。ちーちゃんがお店に入ろうとすれば、自動ドアだってちゃんと開く。


なのに恋愛は駄目。


なんとなくあきれてしまった。本当に、昔から変なところばかりお化けなのである。ちーちゃんは。





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