スライドパズル(変わらない世界で2)


今日もオレは花瓶の水を換える。


窓から外を見てみると、やっぱり晴れていた。


きっとオレが死ぬまでずっと、空は晴れ続けるだろう。死ぬ時が来るかどうかはわからないが。


ピンポーン。玄関のベルが鳴った。どうせまた、友人がリンゴを押しつけに来たのだ。


リンゴの箱はもう9つも積み上がっている。リンゴジャムの瓶も3つある。


ピンポーン。もう一度ベルが鳴る。オレはドアを開けた。ただし玄関のではなく、裏口のドアを。


友人には悪いが、今は会いたい気分じゃないのだ。リンゴにはもう飽きたし、昨日の繰り返しをしたくない。


『つっても、ど~すっかな~……』


家から出たはいいが、特に行くところもない。買い足さなければならない物もないし、今日のような日はいつも家にいる。


今日のような日。毎日そうだ。


『街にでも行くかぁ……』


街までは歩いて30分ほどだ。オレは何となく人目を避けつつ、村を出た。







それから、40分は歩いただろうか。


「着かねぇ……」


そろそろ街に着いていていいはずだ。一本道だから、迷いようもない。


だが街は、いつまでたっても見えてこなかった。


『もしかして……街、ね~のか……?』


昔まだ恋人が遠くに行く前、一緒に街に遊びに行った記憶はある。


だが、本当に街に行ったことはない。生まれた時から、オレは花瓶の水を換えることから始まる日々を繰り返しているだけだ。


よって、記憶は街の存在を保証してはくれない。


『これだけ歩いてんのに、振り返ったらすぐ村がある、つ~ことはね~だろうな?』


試しに一度振り返ってみる。幸いなことに、村の入り口がすぐそこにある、ということはなかった。


その後もひたすら歩き続けたが、街には一向にたどり着けない。だんだん腹も減ってきた。


『帰るか……』


諦めて方向転換。家に帰って、昼飯を食うことにした。


10分も歩くと、村が見えてきた。行きに歩いた距離の割には、帰りはあっという間だ。


『くそう……結局リンゴが増えるだけかよ……』


きっと何かが変わるには、この世界は狭すぎるのだ。瓶いっぱいに詰まったビー玉は、瓶が揺れても動かない。


オレは毎日花瓶の水を換え、友人は子犬の世話をし、友人の親父さんはリンゴを収穫する。


そのリンゴを友人がオレのところに持ってきて、オレはそれにうんざりする。


瓶の中のビー玉と同じように、そんな生活から動けないんだろう。


家に着くと、玄関の前にいつもの箱が置いてあった。どうせまた、リンゴが入っているのだ。


やれやれと思いながら、ふたを開けて中を見てみた。今日はどれだけ入っているのやら。


「……は?」


箱の中には、確かにリンゴが入っていた。


しかしその量は、全体の半分ほどで。


「……案外、少しなら変わることもあるのかもな」


思わずつぶやいたオレの声は、普段より明るい。


箱の中身のもう半分は、ミカンだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る