昔々。ある森の中で、天女様が食事をしていました。

 白いテーブルに白いレースのテーブルクロス、白いお皿に白いティーカップ、ポット。天女様のお肌も透き通るような白でしたから、青々とした森の中でその一体だけが白く浮かび上がり、それはそれは美しい光景を作り出していました。

 そこに、一匹の白兎が通りかかりました。白兎は一目で恋に落ち、天女様に言いました。

「どうか私めをあなた様の昼餐として、そのお皿に横たえて下さいまし!」

 言い終えるやいなや、白兎は自ら香木を重ねて火をつけ、その中に飛び込んでしまいました。やがて香木は燃えつき、そこには灰にまみれた白兎の丸焼きが残りました。

 天女様は驚くと同時に、自分を想ってくれた白兎を愛しく思い、白兎の亡骸に向かって息を吹きかけました。するとどうでしょう。白兎はたちまち、炎のように真っ赤な鳥となって、灰の中から蘇ったのです。

「これであなたも私とともに天に登ることが出来ますよ」

 天女様は微笑みました。しかし白兎ーー今は不死鳥です。不死鳥は悲しげに首を横に振りました。

「嗚呼天女様、私が恋をしたのはあなたではないのです。私はそのお皿に恋をしました。私が恋をしたのは、天女様の淡雪のように儚い白さではなく、そちらのお皿の、深雪のごとく静かに輝く白さなのです」

 天女様には返す言葉もありません。不死鳥は声高く鳴き、天に向かって飛び去って行きました……



「本日のメインディッシュを盛るこの皿に描かれた絵は、以上のような物語を表しているのでございます」

 白いテーブルに白いレースのテーブルクロス、白いティーカップ、ポット。驚く天女と飛び去る不死鳥を描いた皿。もちろんここは森ではない。磨りガラスの窓と揺れるカーテンが、ぎらぎらと太陽が照りつける外とエアコンの効いた室内とを隔てている。食事をするのはもちろん天女ではなく、ごく普通の少年だった。

「ずいぶんとおかしな話だな」

「イタリアの職人がトルコ人商人から聞いた中国民話を基に描いたそうです。おそらくそのトルコ商人も、誰か別の人間から聞いたのでしょう。又聞きしたために、元の民話とは違った話になってしまったのではないでしょうか。しかしシノワズリのブームに乗って、皿はそれなりに売れたようですよ」

「ふぅん」

 少年は気のない返事をし、台所の方に視線を移した。ようやく準備が終わったらしく、メイドたちが料理を運んでくるのが見える。

「それではごゆっくりお楽しみ下さい」

 執事は恭しく礼をし、皿を少年の前にことりと置いて出ていった。少年は大きく息を吸い込み、漂ってきた料理の香りを楽しむ。


 本日のメインディッシュ:兎の赤ワイン煮込み






合宿お題「淡雪」

追加お題「天女 イタリア カーテン 皿 エアコン うさぎ 不死鳥 ワイン」

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