アプリコット
ドライヤーで熱い風を当てながら、長くて細い指が髪を持ち上げたり軽く梳いたりする。その指がうなじに当たったのがくすぐったくて、思わず身をよじった。
「ねえ、まだ?」
「何言ってんの。まだ全然生乾きでしょうが」
呆れたような声が振ってきたので、諦めてまた身をゆだねる。いつもは適当に乾かして、飽きたら自然に乾燥するに任せているので、丁寧に乾かされている間、ただ座って待つのは退屈だった。
「ちゃんと乾かさないと髪に良くないの。勉強するのの半分くらい、見てくれに気を遣いなさいよね」
しばらくして、カチリ、という音と共に、ドライヤーから出る風が冷たくなった。終わりかと思ったのだが、そうではなかったらしい。風はそのまま当てられ続ける。
「何で冷風?」
「七割くらい乾いたら、冷風当てて乾かすのがいいのよ。生乾きは良くないけど、熱風当て続けるのも髪に良くないから」
「へぇ」
ドライヤーに冷風機能がある意味を初めて知って感心した。彼女の綺麗な髪は日々の努力の賜物なのかもしれない、とちらりと思う。今まで何の気無しに羨ましい、なんて口にしていたが、何もしていない自分がそんな事を言うのはおこがましかったのかも知れない。
カチリ。先ほどと同じ音がして、ドライヤーの風が止まった。
「終わり?」
「まーだ」
立ち上がろうとすると、肩を押さえられた。しぶしぶまた元の位置に戻る。髪はすっかり乾いている。これ以上何があると言うのだろう。
彼女は椅子の横に置いてあった鞄をごそごそと漁り、中から小さなボトルを取り出した。とろり、クリームを手の平に広げ、私の髪にそれを塗り込んでいく。
「何これ?」
「髪用の美容液。寝る前に塗るとつやつやになるとかコシが出るとか、CM良くやってるでしょ。これはそういうやつの、もっと高いやつ」
きゅっ、きゅっ、としばらく髪にそれを馴染ませると、彼女は私の両肩をぽんっと叩いた。ようやく終わったらしい。
「どう? いつもより良い感じでしょ」
言われて、試しに髪を触ってみる。一回のシャンプーとブロー、美容液で、そんなに変わるものだろうか?
「あっ……」
「ね? 手触り違うでしょ!」
彼女が得意気に胸を張ったが、私が驚いたのは手触りではなかった。つやつやしているような気がしなくもないが、いつもとそんなに違うかと言われるとよく解らなかったのだ。
そんなことより私を驚かせたのは、香りだった。いつも彼女から漂う淡く甘い香りが、私の髪からする。そのことに酷く動揺してしまったのである。
「ちょっとの努力で違うんだから。今度からもっと気を遣いなさいよね!」
わかった? と顔をのぞき込まれて、思わず後ずさる。動揺を隠す為、私はとりあえずうなずいておいた。
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