連れてって

 賽銭箱に腰掛け、少女は歌う。かごめかごめ、花いちもんめ。曲は何だって良かった。ただ「呼ぶ」ことが出来るなら、それでいい。


 目を閉じて歌っていると、やがて何かが近くに寄ってきて、ふよふよと飛び回る気配がした。時々そっと、触れてくるものもいる。目を開けても何もいないが、気配は確かにそこにある。もっとこっちに来て、私もそっちに連れて行って。願いを込めて、少女は歌う。


 それなのに。


「愛良、そこは座るところじゃない。帰ろう」


声に、歌うのをやめて目を開ける。ふわり、体を抱き上げられた。


「おじいちゃん」


「じーじが遊んでやるから。こんなことはもう、やめなさい」


「……」


 少女を抱き上げたまま、老人は鳥居の外へと歩みを進める。石段を下りながら、少女はすがるような気持ちで、祖父の肩越しに社を見つめた。けれど悲しいことに、そこにはやはり何も居なかった。







 もしやと思い社を訪れると、やはり孫娘の歌声が聞こえてきた。何度駄目だと言い聞かせても、あの子は死者を呼ぶのをやめない。


 石段を登り切ると、孫が賽銭箱に腰掛けているのが見えた。小さな足を揺らし、目を閉じて歌っている。その回りを飛ぶ銀色の靄たち。人の形を取り戻すことすら出来ない、弱い霊たちだ。孫の歌は死者を引き寄せる。孫の動きに合わせて揺れる月色の髪と、ゆらゆらと漂う銀色が美しい。孫の声が少し大きくなる。あの子は彼らと一緒に、向こうに行きたがっている。


「愛良、そこは座るところじゃない。帰ろう」


 十分に近づいてから声を掛け、有無を言わさず抱き上げる。向こうに行ったって、父さんと母さんには会えないんだ。


「おじいちゃん」


「じーじが遊んでやるから。こんなことはもう、やめなさい」


「……」


 そのまま社に背を向けた。背中越しに、霊たちが消えていく気配を感じる。それでいい。生者は現世へ。死者は常世へ。


 ぽんぽんと、孫の背を優しく叩く。孫は何も言わず、ぎゅっと私の首に腕をまわし、胸に顔をうずめた。

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