くものいと


 どこの国のどんな人たちのお話なのか、よくわからない話。多分誰かが適当に作った、色々と混ざった話です。


 血の池地獄を泳ぐ女がいました。べっとりと体にまとわりつく熱い血、漂うひどい臭い、少し油断するとすぐによってくる最低で乱暴な男たち。彼女は自分生前の罪に対して、この罰はあまりにも重すぎると思っていました。


 ある日彼女がふと上を見上げると、黒い黒い遙か上空から、一筋の蜘蛛の糸が垂れていました。子供の頃に聞いた昔話を思いだし、彼女はその糸を掴みます。後ろから誰かが上ってきても、焦らず上っていこう。そう決めて。


 ただただ上だけを見て上り続け、疲れれば休み、また上り。彼女はついに光の地にたどり着きました。彼女の到着を優しい笑みをした男性が迎え、彼女を引っ張りあげてくれました。


「あなたは許されるチャンスを得ました。さあ、火の中にどうぞ」


 彼女は驚きました。上りきれば天国にいけるものと信じきっていたのですが、そこはまだ天国ではなかったのでした。そこは煉獄と呼ばれる場所でした。天国に行きたければ、彼女はその体を燃え盛る炎に投げ入れて、罪を浄化しなければならなかったのです。


 恐る恐る炎に近づくと、パチパチと火花が散り、彼女の顔に当たりました。


「こんなの冗談じゃないわ」


 彼女は叫び、自分が上ってきた場所へと戻りました。そして地獄の血の池に向かって、一気に飛び降りたのです――







「どうせもう死んじゃってるわけで、だからどんな苦痛にあってももう死にようがないってことでしょう? ってことはね、人間だもの。どんな苦痛にも慣れちゃうのよ。慣れた苦痛と慣れてない苦痛なら、もう慣れちゃってる方取っちゃうでしょ。今我慢すれば後で幸せだよ、なんて言われても、今我慢するの嫌じゃない」


「ああそう」


 僕は下敷きでパタパタ顔を仰ぎながら彼女の話を聞き流していた。もうこの半袖のワイシャツも脱いでしまいたいぐらいの暑さだと言うのに、彼女ときたら黒い長袖のセーラー服を着ていて、その上黒いストッキングまではいて平気な顔だ。節電とか言って塾が冷房を入れてくれないので、教室はサウナ状態だというのに。いやほんとに。


「その格好暑くないの」


「別に」


「さっきの話、なんだったわけ」


「かわいい待ち受け動画取れたから、それで思い出した話しただけ」 


 ほら、といって見せられたスマートフォン。待ち受け画面は黒地に一筋垂れた銀色の糸。それを上っていく、小さくて間抜けなキャラクター。


「女なんだからさ、もっとかわいいのにしろよ」


「だからこれかわいいでしょ」


「わっかんねー!」


 こいつの趣味は本当にわからない。今度のこいつの誕生日プレゼント、どうしよう。何を選んでいいかわからない上に、相談できそうな相手もいない。こいつが普段誰と一緒にいるか……考えてみても、俺以外にいないのだ。


「や~いぼっち」


「何いきなり。ぼっちはあんたもでしょ」


 教室に先生が入って来た。生徒たちにダルマと呼ばれているデブ教師。顔に汗をたっぷりかいて、暑いですね、なんて言いやがる。だったら冷房入れろ。


 国語の授業が始まった。扱う教材は、蜘蛛の糸。






お題:携帯電話(年間お題)・煉獄

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