おねんねさせてねねずみさん
眠れぬ夜に羊を数えるおまじない、元はsheepとsleep語呂合わせ。だったら私は羊じゃなくて、ねずみを数えてみましょうか。ねずみが一匹ねずみが二匹、ねずみ算式に増えてって、あっという間にすごい数。気持ち悪くてしかも臭そう。そんな寝室で眠ろうなんて、女の子には無茶なお話。
普通のねずみがたくさんいても、私に眠りはもたらされない。眠りねずみを探しましょう。彼は睡り(ねむり)の供給屋。睡りを世界にとろりと垂らし、人に与えてくれている。ぼんやり白い睡りのもやを吸えばたちまち夢の中。それを直接いただけば、私もちゃんと眠れそう。原液はさぞかし濃密で、苦い味がするんでしょうね。
西陲(せいすい)の地からこちらに出向いて貰うには、何をすればいいかしら。チーズを仕掛けりゃくるかしら。いえいえそうだ、眠りねずみと言えばお茶会。お茶の準備をしなくっちゃ。だるい体に捶って(むちうって)、のそり、ベッドといったんお別れ。ティーセット、ケーキ、お砂糖、レモン。小さなテーブルに並べて、呼び鈴鳴らした。
「お茶会の時間ですよ!」
最初に来たのは帽子屋さん。逆立ちしながらやってきて、足に帽子を被せてた。あいにくお茶は二人分。ごめんなさいね、あなたのじゃないのさようなら。
次に来たのは三月うさぎ。「うさぎの肉っておいしそう」ぼそっと言ったら、逃げてった。
次に来たのは女の子。「あなたうさぎを見なかった?」「さっきあっちに逃げてったわよ」指さした方にかけてった。最後にやっと彼が来た。目を閉じたままニヤニヤと、笑みを浮かべてやって来た。
「ようこそ眠りねずみさん、レモンティーをどうぞ」
「あいにくレモンは苦手でね。ストレートで頂きたい」
「でもここの水、臭いのよ。ストレートじゃあ飲めないわ」
「仕方がないね。それじゃレモンで頂こう」
「私はミルクで飲みたいの。あなたのミルクを下さいな」
「眠れないのかいお嬢さん。垂らした睡りじゃ足りないかい」
「そうなのそうなの寝れないの。一緒に寝ては下さらない?」
目を閉じたままねずみは笑う。
「俺の瞳はこの通り、朝になっても開きはしない。だからあんたが綺麗じゃなくても醜くっても、俺には何もわからない。だけど声が良くないと、睡りを注いでやる気にならない」
なんて失礼な傲慢ねずみ。ねずみのくせして女を選ぶ。それでも私は睡りが欲しい。
「ためしに一つ、かわいく鳴いて聞かせてくれないかい」
「いや~んらめ~え壊れちゃう」
「まあまあの声。妥協点」
眠りねずみの手を引いて、私は再びベッドに沈む。こうして私は最高の甜睡(てんすい)を手に入れましたとさ。
・眠り:目をつむってねむる。(民は目を針で突くさま。もと逃亡を防ぐため、目を見えなくした奴隷のこと。眠は目が見えない状態となってねむること)
・西陲(せいすい):国の西のはずれ。
・捶つ(むちうつ):むち・棒・こぶしなどで、上から下へとうちすえる。
・甜睡(てんすい):心地よいねむり
(漢字源(学研)・広辞苑第五版(岩波書店)より)
お題:レモンティー・壊れる・睡眠
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