砂漠にて

「むかしむかし」


 一面砂ばかりで何もない土地で、少年が一人座り込んでいた。しかし言葉を発したのは少年ではない。その瞳がじっと見つめる先の、一匹の黒いサソリだ。


 サソリの尾には毒がある。それを知っていながら少年が逃げるそぶりを見せないのは、そのサソリの話に興味を引かれたからだった。


「男と女が恋をした。それは許されざる恋だった。身分違いだったのさ。何故ならば」


――シャキン


 サソリが右のハサミを鳴らす。少年は音に引き込まれ、声をたてずにじっと耳を傾ける。


「男は空の中でも高貴な空で、女は大地の中でも卑賤な地であったから」


――シャキン


今度は左のハサミを鳴らす。


「決して想いを叶えてはいけない恋だった。しかし二人は強く焦がれて耐えきれず、ついに結ばれてしまった」


――シャキン、シャキン


右左。


「二人の罪は公となり、女は罰を受けた。どうして男に罰がないかって? 罰は身分の低い方にだけ。昔からそんなものだよ」


――シャキン、シャキン、シャキン


「美しく瑞々しい女だったけれどね。罰を受けてこのざまだ」


 サソリに促されるまま、少年は両手でそっと砂をすくった。


「かわいそうだね」


 ぽつりとこぼれた少年の言葉を、サソリはひらひらと尾を振って否定した。


「自業自得だよ」


――シャキン


 仕切直すように、再びハサミの音が鳴る。ゆっくりと尾を振りながら、サソリは再び話し始めた。


「さてさて。許されざる二人の愛。悲しいことに実ってしまった。罰を受けていなければ、女は稲穂を生んだだろう。呪われた地ではそうもいかない。それなのに、新たな命が宿ってしまった」


――シャキン


「こうして生まれてしまった罪の子が、俺たちサソリというわけだ」


――シャキン……


 少年が倒れた音はしなかった。それよりもずっと、ハサミの音の方がよく響いた。地面の柔らかい砂が、少年の体をそっと受け止めたからだ。サソリの尾には毒がある。少年にすでに息はない。


「罪の子はこうして命を散らし、残った骸を喰らうのです。では、いただきます」


 サソリはカチリと一度両のハサミを会わせ、それから少年の骸へと手を伸ばした。


 サソリの食事は時間がかかる。そのうちに雨雲が空を包み、ぽつりぽつりと滴を落とし始めていた。それはだんだんと強くなってしとどに大地を濡らす。風が地を撫でるたび、滴が落ちるたび、砂が跳ねては散った。直に辺りは暗闇に包まれる。地と空は溶け合い一つになるだろう。


 サソリは空を見上げて、肩をすくめるかのように腕を動かした。


「おやおや。懲りぬ二人は繰り返す。罪の逢瀬を繰り返す。これでは誰も救われない。いたずらに子が増えるだけ」


 ピカリ。空から大地へと光が落ちる。悲しみと愛しさのこもった光。遅れて音が響き渡り、大地が震える。今夜は何度も落ちるだろう。何せ久方振りなのだ。その音を聞かずにすむよう、サソリはそっと耳をおさえた。



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