桜の下には死体が埋まっている(笑)



今度こそ彼女と別れようと思う。いい加減彼女のわがままに付き合っていたら、暮らしていけなくなってしまう。


僕は決意を固め、メールを打った。


『明日一時に、竹内第一公園に来れる?』


メールは五分としないうちに返ってきた。


『うん大丈夫♪ じゃあ明日、待ってるね~☆』


……メール越しに、ウキウキした彼女の顔が見えるようでいたたまれない。


でももう決めたんだ! 決めたんだから!


僕は自分にそう言い聞かせながら、ぱたんと携帯を閉じた。



次の日。彼女は僕より先に公園に来ていた。


所在なさげにベンチに座る彼女は、とても綺麗だ。栗色の髪が風に揺れて、キラキラと輝いている。


「桜ちゃん」


「あきら君!」


僕の顔を見たとたん、ぱぁっと笑顔になる桜ちゃん。すごく、かわいい。


「今日はどこに連れてってくれるの?」


少女漫画のヒロイン顔負けの、キラッキラの笑み。


負けちゃダメだ今日こそ言うんだ今日こそ……でも、でも……


「映画、見に行きたい気分になって……」


「やったぁ! 早く行こ♪」


嬉しそうに笑う桜ちゃん。僕の腕に腕を絡めて、頬を寄せてきた。


「あきら君大好き!」


あぁ……ダメだ。かわいすぎる。


「僕も大好きだよ」


「ありがと~♪」


大丈夫。財布にはお金がたっぷり入ってる。ここに来る前に、ちゃんとATMでおろしてきたから。


……考えてみたら、別れ話をするのにどうして僕はお金をおろしてきたんだろう……


どうやら僕は、桜ちゃんに会う前から負けていたようだ。



映画を見終わった後、桜ちゃんは買い物に行きたいと言い出した。


嫌な予感はした。けれどキラキラした目の桜ちゃんには逆らえず、結局商店街に来てしまっている。


「ねぇこの服どうかな?」


「このバッグどう思う?」


「こっちとこっちどっちがいいかな?」


多くの女の子と同じように、桜ちゃんは買い物が長い。うんざりするほど、長い。


それでも僕は


「かわいいよ」


「いいんじゃないかな」


「こっちの方が僕は好きだな」


なんて答えながら、頑張って付き合った。


そしてやっと彼女が満足し、駅に向かうその途中。


予想していた悪夢が、現実になった。


某有名ブランド店の、ショーウィンドー。そこに飾ってあるバッグを見て、彼女が瞳を輝かせたのだ。


「わ~~~! かわい~~い!!」


桜ちゃんはうっとりとそのバッグに見とれている。


「あの、桜ちゃ……」


「ねぇ、」


こちらを振り返った桜ちゃんの瞳は、おねだりモードでウルウルのキラキラだった。


僕の腕を手でちょんちょん、と叩き、とどめの一言。


「あのバッグ、あきら君が私に買ってくれるんだよね?」


台詞の割に、全く嫌らしい感じのしない愛らしい声。全身が輝いているかと思うような、金色のオーラ。


このかわいさに勝てる男が、この世にいるだろうか? ……少なくとも、僕には無理だ。


あぁ……またバイト増やさなきゃ。



バッグを手に入れた桜ちゃんは、ウキウキと機嫌がいい。


「ほんっとにありがとう!! 大事にするね!」


彼女に、嘘をついているつもりはない。無邪気で、純粋。


しかしいつもそう言いながらすぐに飽きて、新しいバッグを欲しがるのだ。


「幸せ幸せ!」


けれど……今この瞬間の笑顔は確かに本物で。これだから、憎めない。


「桜ちゃんが喜んでくれて、僕も嬉しいよ」


「ありがとう! 大好き!」


チュッ、というリップ音。頬に、キスをされたのだ。


驚いて顔を赤くする僕に、しかし桜ちゃんは気づかない。その手のバッグに見とれる作業に戻っている。


……全く。


わがままもかわいさも、時々僕を驚かせるその行動も、全てが素で。計算なんて一つもない。


これだから、勝てない。


別れることを考えるのはやめにして、彼女のわがままを許容できるような男になることを考えようじゃないか。


僕は決意と共に、桜ちゃんにキスのお返しをした。

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