白雪魔女と鏡の悪魔



捨てられようとしていたオレの家を、お嬢様が欲しがった。


お陰でオレはその後もこの一族にいられることになった。よかったよかった。


それにしても、お嬢様ときたら。


つやつやした長い黒髪に、白い肌、薔薇の頬。


まるで白雪姫だ。


……いつか、欲しいな。



私の部屋の古い姿見の中には、悪魔が住んでいる。


銀色の髪に、海のように深い藍色の瞳。悪魔にふさわしい、美しさだ。


私は時々、戯れに彼に尋ねてみる。


「世界で一番美しいなのはだぁれ?」


すると奴はこう答えるのだ。


「オレだよ」


そして今度は逆に、私にこう問うてくる。


「こっちに来るか?」


その微笑みは、とても魅惑的。


けれどこんなナルシスト悪魔の誘いに乗るなんて冗談じゃないから。


「行かないわよ」


答えた後は、鏡に布を被せるのだ。



明日着て行く服のチェックがしたくて姿見の布をとったら、奴が高そうな椅子に座って足をくんでいた。


白くて細い綺麗な足は見る価値ありと言えるものだったけれど、それでは鏡としての役割が果たされない。


「どいてよ。あんたがいると、見えないじゃない」


そう文句を言うと、彼は笑った。


「似合ってるぜ?」


「あんたの意見なんて聞いてない。いいからどいて。できればそのまま消えちゃって」


「ひでーなおい。ここはオレの家だぜ?」


「ここは私の部屋よ。あんたが住んでるって知ってたら、そんな鏡貰わなかったわ」


睨み付けてやると、彼は肩をすくめた。


「お~怖い怖い」


そして。


「よ、っと」


姿見の中から、出てきた。


「え……?」


私は驚いて、そのまま固まってしまう。


たまに鏡の中にいない日もあったから、そこからいなくなることは出来るだろうと思っていた。


けれどまさか、出てくるなんて。


「どした?」


彼が私の顔の前で、ひらひらと手を振った。


我に返った私は、思わず後ずさる。


「何で、出てくるのよ……!」


「そりゃ、どけってお前が言ったからだよ。それと」


藍色の瞳が、私を捕らえる。


そのとき思った。その目は、海なんかよりもっとずっと深い色をしている。


「お前にさわってみたかったから」


細長い指が、私の頬にふれる。


その指の冷たさで、こいつは人間じゃないんだと、改めて感じた。



新しい姿見を買って、部屋に置いた。


古い方を捨てたりはしないけれど、怖くてもう布をとることなんてできやしない。


ためしに新しい姿見に問うてみる。


「世界で一番美しいのは、だぁれ?」


鏡は何も答えない。


よかった。この鏡の中には、何もいない。



それから約数ヶ月。毎週のように行われる見合いを、また今日も一つ断った。


母さんも父さんも私に早く結婚して欲しいようだが、私は家の繁栄のために結婚するなんてまっぴらごめんだ。


仮に相手がとんでもなくいい男であったなら話は別だが、今日会ったような男では絶対にイヤだ。


『あの男、なんの深みのない灰色の目をしてた』


そこまで考えて、気がつく。


私はあの日以来、奴を基準にして男を見るようになってしまっている。


世界で一番美しい者に、かなう男などいないというのに。


私は例の姿見にかけてある布を、勢いよく取り払った。


「お? 久しぶり」


あれから随分立っているというのに、奴は相変わらずそこにいた。


「世界で一番美しいのは、だぁれ?」


いつもの問いを、口にする。すると彼は笑って、おどけたような声で答えた。


「それはあなた様でございます」


続けていつもの口調に戻り、彼もまたいつもの問いを口にする。


「こっちに来るか?」


私も笑った。こんな奴、もう怖くない。怖いどころか最高だ。


世界で一番美しい、男なのだから。


「行くわ」


鏡の中から伸びてきた、白くて冷たい手を取って。


私はこの世にさよならを告げ、鏡の中に入って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る