雨の日書店
六月……日本は梅雨に入り、毎日毎日、雨ばかり。
『あぁ……なんで雨なんか降るかなぁ……』
傘を差して商店街を歩きながら、私はぼんやりとそう考えた。
地面には泥でよどんだ水たまり。空には、どんよりとして重そうな雨雲。
なんとなく、気分が落ち込む。
『どっかその辺のお店に入って、雨が弱くなってから帰ろっかな』
私はそう思い、当たりを見回した。すると、一つの看板が目に入ってきた。
――雨の日書店――
私はなんとなくその店にひかれ、中に入った。
*
お話に出てきそうな、古くからある本屋さん……そこは、そんな感じだった。
しかし普通の本屋さんとは違って机や椅子がおいてあり、まるで図書館みたいだった。
「いらっしゃいませ」
店の奥から、おじいさんが出てきてそう言った。
「おじょうさん、初めてだね?」
「はい」
私がそう答えると、おじいさんはにっこり笑って説明を始める。
「ここではね、自由に本を手にとって、その辺の椅子に座って、読んでいい。
それで欲しくなったら買えばいいし、買わずに読み切っても構わない。
家から本を持ってきて、ここで読んでも構わない。ここは、そういうところだよ」
おじいさんは説明を終えると、「それでは、ごゆっくり」と言って店の奥に戻っていった。
私はぼんやりと本棚を眺め始める。品揃えは、なかなかいいようだった。
本当に堂々と立ち読み……ならぬ座り読みをしてもいいのかどうか、迷う。
『う~ん……遠慮しておいたほうが、いいのかなぁ……』
そんな風に考えていると、後ろから声をかけられた。
「ごめんなさい。ちょっと、いいかしら」
振り返ると、上品な女性が立っていた。
「すみません」
私はそう言って、二、三歩横にずれる。
すると女性は微笑んで、「ありがとうございます」と言い、本棚から本を一冊抜き取った。
そして椅子のところに歩いていって、座って本を読み始める。
雰囲気からして、このお店の常連さんのようだった。
『あ、やっぱりいいんだ』
私はそう思い、自分も本を手にとって椅子に座り、読み始めた。
サァー………
雨の音が、心地よく聞こえる。
静かに、美しく。
本の中に、それを読む私に、浸透していく……
気がつくと、かなり時間がたってしまっていた。
こんなに心地よく本を読んだのは初めてだったので、夢中になってしまったのだ。
「すみません」
私はおじいさんに声をかけ、その本を買った。
「またのお越しをお待ちしておりますよ」
店を出るとき、おじいさんがそう言った。
言われるまでもなく絶対にまた来ようと思っていたので、私は笑顔で会釈した。
*
次の日。よく晴れた商店街を歩いて、私はあの本屋に向かう。
しかし、本屋は閉まっていた。
私はがっかりして、もと来た道を戻っていった。
*
その次の日、また雨が降った。
私は傘を差して、またあの本屋に向かう。
すると今日は、ちゃんと開店していた。
私は店にはいるとすぐに本を手に取り、椅子に座って雨音と本の世界に入っていった。
*
「昨日は、どうしてお休みだったんですか?」
店から出るとき、私はおじいさんにそう尋ねた。
「雨の日以外は、やらないのです」
「どうして雨の日だけなんですか?」
「雨音がないと、意味がないでしょう?」
おじいさんはそう言って微笑んだ。雨の良さをよく知っている人の目だった。
私も微笑み返す。
おじいさんほど雨を知り尽くしているわけではないけれど。
その時の私の目も、雨を好きな人の目になっていたと思う。
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