雨の日書店

六月……日本は梅雨に入り、毎日毎日、雨ばかり。


『あぁ……なんで雨なんか降るかなぁ……』


傘を差して商店街を歩きながら、私はぼんやりとそう考えた。


地面には泥でよどんだ水たまり。空には、どんよりとして重そうな雨雲。


なんとなく、気分が落ち込む。


『どっかその辺のお店に入って、雨が弱くなってから帰ろっかな』


私はそう思い、当たりを見回した。すると、一つの看板が目に入ってきた。


――雨の日書店――


私はなんとなくその店にひかれ、中に入った。



お話に出てきそうな、古くからある本屋さん……そこは、そんな感じだった。


しかし普通の本屋さんとは違って机や椅子がおいてあり、まるで図書館みたいだった。


「いらっしゃいませ」


店の奥から、おじいさんが出てきてそう言った。


「おじょうさん、初めてだね?」


「はい」


私がそう答えると、おじいさんはにっこり笑って説明を始める。


「ここではね、自由に本を手にとって、その辺の椅子に座って、読んでいい。


それで欲しくなったら買えばいいし、買わずに読み切っても構わない。


家から本を持ってきて、ここで読んでも構わない。ここは、そういうところだよ」


おじいさんは説明を終えると、「それでは、ごゆっくり」と言って店の奥に戻っていった。


私はぼんやりと本棚を眺め始める。品揃えは、なかなかいいようだった。


本当に堂々と立ち読み……ならぬ座り読みをしてもいいのかどうか、迷う。


『う~ん……遠慮しておいたほうが、いいのかなぁ……』


そんな風に考えていると、後ろから声をかけられた。


「ごめんなさい。ちょっと、いいかしら」


振り返ると、上品な女性が立っていた。


「すみません」


私はそう言って、二、三歩横にずれる。


すると女性は微笑んで、「ありがとうございます」と言い、本棚から本を一冊抜き取った。


そして椅子のところに歩いていって、座って本を読み始める。


雰囲気からして、このお店の常連さんのようだった。


『あ、やっぱりいいんだ』


私はそう思い、自分も本を手にとって椅子に座り、読み始めた。


サァー………


雨の音が、心地よく聞こえる。


静かに、美しく。


本の中に、それを読む私に、浸透していく……


気がつくと、かなり時間がたってしまっていた。


こんなに心地よく本を読んだのは初めてだったので、夢中になってしまったのだ。


「すみません」


私はおじいさんに声をかけ、その本を買った。


「またのお越しをお待ちしておりますよ」


店を出るとき、おじいさんがそう言った。


言われるまでもなく絶対にまた来ようと思っていたので、私は笑顔で会釈した。



次の日。よく晴れた商店街を歩いて、私はあの本屋に向かう。


しかし、本屋は閉まっていた。


私はがっかりして、もと来た道を戻っていった。



その次の日、また雨が降った。


私は傘を差して、またあの本屋に向かう。


すると今日は、ちゃんと開店していた。


私は店にはいるとすぐに本を手に取り、椅子に座って雨音と本の世界に入っていった。



「昨日は、どうしてお休みだったんですか?」


店から出るとき、私はおじいさんにそう尋ねた。


「雨の日以外は、やらないのです」


「どうして雨の日だけなんですか?」


「雨音がないと、意味がないでしょう?」


おじいさんはそう言って微笑んだ。雨の良さをよく知っている人の目だった。


私も微笑み返す。


おじいさんほど雨を知り尽くしているわけではないけれど。


その時の私の目も、雨を好きな人の目になっていたと思う。

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