第8話 主人公の過ごし方


「それじゃあ次は、っと」

「ねえ、キーラ君。僕達って、こんなことをしていて大丈夫なのかな?」


 地図を片手に迷宮都市アーウェインを歩く赤髪の青年キーラの隣で、濃い緑というこの世界ではそれほど珍しくない髪色をした少年が声を掛けた。

 身長はキーラの肩ほど。身体は細身でどこか弱々しい雰囲気を持つ。大柄なキーラと並ぶといくつか年下にも見えるが、二人はれっきとした同年代。十六歳だ。

 少年の名前はフォルカ。

 キーラと同じく武術の才を認められて騎士学校への入学を許可された、田舎出身の騎士生徒。

 田舎から出てきたばかりで頼れる知人も居らず、周囲は騎士の肩書きを得るために入学するような貴族の子息達ばかり。

 一村人から騎士への立身出世を願って村を出たフォルカにとって、田舎者だからと見下してくる貴族とはどうしても仲良くする事が出来なかった。

 同時に、同年代の貴族達も、自分達を敬わないフォルカを良く思わず、フォルカと周囲との溝は深まっていくばかり。

 イジメられるという事こそなかったが、しかし話し相手すらいないのが現状だ。

そうしてフォルカが一人を寂しく思っていた所に声を掛けたのが、キーラだった。

 二人とも田舎の村出身という事で話が弾み、仲良くなるのに時間は必要なかった。

 もちろん二人の他にも田舎の村出身という生徒は居たが、しかし彼らは周囲の貴族に媚び諂い、一緒になってキーラとフォルカへ陰口を言うような連中だ。

 それを悪いとは言わない。

 人間とは権力に逆らえないのだ。

 土地を収める貴族に逆らえば、自分達だけでなく家族にまで迷惑が及ぶ。

 そうならない為の処世術としては当然の事。

 むしろ、我を通して貴族の反感を買うキーラとフォルカの方が珍しいというのが、この世界の常識だった。

 だからだろう。

 常識外れの二人だからこそ、僅かの間に親しくなれた。


「大丈夫だって。俺とお前の知力なら、クラス分け試験の筆記は完璧さ」

「いつも思うけど、まだどんな試験内容かも分からないのに凄い自信だね」

「まあな」


 得意げに鼻を鳴らしながら進むキーラの後を、フォルカが追う。

 場所は迷宮都市アーウェインの大通り。南門から騎士団宿舎までが通じる、アーウェインでも最も栄えている場所。

 栄えているだけあって人通りは多く、少し目を離せば大柄で目立つキーラでも見失ってしまいそうでフォルカは必至だ。

 時々足をもつれさせて転びそうになりながら、なんとかキーラの隣に並ぶ。


「それより、大事なのは次の実技試験さ」

「ああ、ダンジョンの第一層に潜って半日過ごすっていう……」

「そこで点数が良ければ、俺たち二人は揃ってAクラスだ」

「でも、ダンジョンに潜って悪魔と戦うんでしょ? 僕達も外に出て魔獣と戦ったりしないで大丈夫かな?」


 そう言うフォルカが周囲へ視線を向けると、キーラ達と同じ騎士学校の制服に身を包んだ同年代の少年少女の姿がちらほらと見える。

 彼らは今から傭兵を雇って迷宮都市の外で魔獣狩りに出て、自分を鍛えて試験に備えるのだ。

 入学式の翌日に行われるクラス分けの実地試験である、最初のダンジョン探索。

 AからDまであるクラスはそのまま自己の評価に直結し、Dクラスのままでは騎士になれないどころか退学させられることもありうるほど厳しい学校だった。

 当然だ。騎士とは民を守る者。弱い者には務まらず、なにより常に命を失う危険性がある。

 魔獣退治にダンジョン探索。山賊や夜盗の退治などなど。

 騎士になれば命の危険は増え、自分の身は自分で守らなければならないのは当然。

 弱い者の面倒を見る余裕など誰にも無いし、そんな人物に足を引っ張られては悔やんでも悔やみきれない。

 そういう『足手纏い』が集まるのがDクラスだった。


「大丈夫だって。俺を信じろ。ダンジョンのマップも、出てくる悪魔の弱点も、全部知ってるんだから」

「う、うん」


 キーラにとって、クラス分け試験でAクラスになるというのは絶対だった。

 いや、試験の点数がどうであれ、イベントで主人公は絶対にAクラスになるのだが、キーラはなんとしてもその時の副賞とも言うべきアイテムが欲しかったのだ。

 クラスで一番の点数を取れば貰う事が出来るレア防具、『騎士生徒のマント』。

 防具説明では、第一学年で最も優れた生徒のみが着用を許される騎士学校生徒のマントと書かれるそれは、物理と魔法の防御力が高く、魅了に高い耐性を持つ。

 第一学年の終盤までは十分使えるレアな防具。しかも、このイベント以外では手に入らないという点も、ゲーム知識を持つキーラからすると絶対に欲しい理由の一つだった。

 そしてもう一つ。

 試験で良い点数を出せばヒロインの好感度が上昇する。これも狙いの一つだ。

 ここで好感度を上げておかないと登場が遅くなるキャラも居るので、『最良のシナリオ』を目指すキーラとしては、なんとしても一位を取りたかった。


「大丈夫だって。ちゃんと装備を整えて潜れば、一層の悪魔なんて余裕さ。それより、テスラと合流するついでに腹ごしらえをしようぜ」

「わかったよ」


 そう言ってキーラが向かった先は、大通りに面した造りの大衆向け料理屋『クライムリンク』。

 昼時の今は客が多く、店の外にまで行列ができるほどの人気店。

 もちろん、主人公だからと言って割り込みが出来るはずも無くキーラとフォルカは列の最後尾に並んだ。


「結構待たないといけないね」

「しょーがない。今はまだ友達になったばかりだからなあ」


 キーラは店の料理というよりも、この店の看板娘であり同級生でもある『テスラ』とのイベントを思い出していた。

 テスラはゲーム序盤で仲間にする事が出来るようになる最初のヒロインキャラだ。

 ポニーテールに纏められた栗色の髪に垢抜けた容姿。きっちりと着こなした騎士学校の制服姿と、母性を感じさせる『クライムリンク』の制服姿のギャップが男心を擽る美人キャラ。

 性格は強気だけど甘えん坊で、好感度が高くなれば主人公の前でだけは甘えた顔を見せてくれるというのもポイントが高い。

 なにより、ユニットは攻撃魔法に特化した成長をするが、同時に回復効果のある『料理』スキルも習得してくれるというのが嬉しい。

 回復薬作成のスキルはキーラも習得しているが、『料理』スキルは回復量こそ控えめだがそれにプラスして攻撃力や防御力にバフ――強化効果のある物がある。

 序盤では強化量は微々たるものだが、中盤、終盤ではその効果も結構馬鹿にできない。

 そんなテスラのイベントは、料理店で食事を行って好感度を上げる事と、一緒にダンジョンへ潜って珍しい食材を入手する事の二通り。

 恋愛ゲームらしいイベントは基本に忠実で、男性プレイヤーからの人気は上々。 男女別のキャラクター投票が行われれば上位十位には毎回入賞するというキャラクターだ。


「あ、また来てる」

「やあ、テスラ。今日も家の手伝い、偉いな」

「いや、普通だけどね。それより、学生にウチの料理は値段が高すぎるんじゃない?」


 料理屋前の列に並んでキーラがイベントの事を考えていると、並んでいる客の為に冷たい水を用意して配っていた茶髪の少女がキーラたちの前まで着て話しかけてきた。

 容姿は整っていて、接客業が主だからと化粧の類は一切していないのに、その美貌は周囲の目を惹きつける。

 朗らかな明るい笑みと優しげな目元は見る者の気持ちを落ち着かせ、『クライムリンク』の制服と白いエプロン姿の上からでも分かるくらい、その胸元は豊か。

 同年代のキーラ達はもとより、中年男性の視線すら集める少女の名前は『テスラ』。

 この『クライムリンク』の店長の娘で、看板娘として客を集める美少女だ。

 テスラが客に向ける礼儀正しい言葉ではなく、年相応の少女らしい言葉遣いでキーラとフォルカに声を掛けると、周囲の男達が何事かと聞き耳を立てた。

 もちろん、キーラもフォルカもその事には気付いている。それをキーラはあまり気にせず、フォルカは居心地が悪そうに身動ぎをした。


「大丈夫さ。ちゃんと金策は覚えてるし」

「ふうん……違法な事じゃないでしょうね?」

「まさか。夜にちょちょっと、ね」

「……怪しいなあ」

「もう少し仲良くなれたら、テスラにも教えるよ」

「はいはい」


 テスラはその言葉を他の男達が自分へ向けるものと同じく、口説き文句と捉えたのだろう。適当な返事で、けれど他の男達へ向けるものよりも少しだけ楽しげな声を出した。


「昼時が終わったら時間が空くだろ? 試験の準備を一緒にしないか?」

「ええ。けど、貴方ってアーウェインは初めてなんでしょ? 物知りよねえ……助かっちゃうけど。じゃ、また後で」

「ああ」


 そう言うと、キーラは少しだけ集中。

 すると彼の左目にはキャラクター『フォルカ』と『テスラ』のステータスが数値として表示された。

 フォルカはレベルが『9』。テスラは『7』だ。ちなみにキーラ自身はレベル『8』である。

 能力値はフォルカが素早さ重視で、テスラは知力と魔力が高い。

 魔法系のスキルで覚えているのは初級炎魔法『ファイアボルト(火の矢)』だけ。

 魔道具ショップはすでに利用できるが、けれど魔法を覚えるために必要な魔導書系のアイテムは高価すぎてまだ購入できない。

 クラス分けの試験時に多くのプレイヤーが用意するロングソードという武器が五百ゴールドに対し、初級の魔導書でも値段が三千ゴールドもしてしまうのが原因だ。

 ダンジョン探索という最も効率の良い金策が無い現状では、ヒロインの好感度アップと装備調達に金を使っても、現状のレベルではMPの関係で数度しか使えない魔法に金を割くのは勿体なかった。


「よかったね、テスラさんが僕達に気付いてくれて」

「え?」

「だって、これだけ沢山のお客さんが居るんだよ? 僕たちに気付いてくれるなんて、奇跡だよ」

「フォルカは大げさだなあ」


 看板娘が話しかけてくれた事が嬉しかったのか、気弱なフォルカが周囲に知らない大人たちが沢山居るというのに少し興奮気味だ。

 キーラとしては主人公が居るのだからヒロインが話しかけるのも普通だと考えたが……。


(まあ、でも。NPCだって生きているんだし。ヒロインとかじゃなくて普通の人間って考えるべきなのかな)


 だとすれば、自分に街でも上から数えた方が早い美少女が話しかけてくれたとなれば、確かに奇跡みたいなものかな、とも思えてくる。


「本当、キーラは凄いね」

「なにが?」

「アーウェインの街の事は何でも知ってるし、テスラさんともすぐに仲良くなれたし」

「普通だろ、普通」

(確かに、知識として迷宮都市だけじゃなくてイベントの進行やヒロイン攻略まで、なんでも覚えているけどな)


 けれど、それを口に出すことはない。

 それはキーラにとってこの世界で生きる上で自分だけの知識。有利な点。アドバンテージだ。

 これを武器に自分は将来、大陸一の英雄になるのだから。

 そうやって会話をしていくうちに人の列は前に流れ、キーラ達はようやく店内に。

 異世界と言っても、人間が食べる物はそう変わらない。食用豚を使った生姜焼きのような料理にパン、野菜のスープ。

 米は世界観的に合わないからか用意されておらず、この世界での食事は基本的にパン食だ。

 それがちょっと物足りないと感じる辺り、キーラは自分の元になっている中身が日本人だったのだろうと予想する。

 まあ、外国にも米好きは沢山居るからそう確信できるわけではないが。


「ふう、食った食った」

「やっぱりおいしいね、『クライムリンク』の料理は」

「ああ」


 ゲーム上でも『料理』というスキルは重要だった。

 ダンジョンへ潜る前には必ず料理屋で食事をしてバフを受けるというのが、ゲームでのお約束。

 豚の生姜焼きは『腕力』に。フォルカが食べたステーキには『体力』が強化される効果が有る。

 これが、テスラのイベントを進めるごとに食べられる料理が増えていき、中盤以降は『取得経験値の上昇』効果が有る料理ばかりを食べることになるのだが……。


(毎日同じ料理ばかり食べてると飽きそうだな)


 今からそんな心配をするキーラ。

 まあ、それはゲーム内時間でまだ一年近く先の話だ。

 水を飲んで時間を潰していると店内の客がどんどん減っていき、昼時を過ぎる頃には数組の客が残るだけとなった。


「お待たせ。ごめんね、遅くなっちゃって」

「いいよ。テスラさんこそ大変だね、入学前のぎりぎりまで家の手伝いをするなんて」

「うーん。私としては普通なんだけどね」


 騎士学校の制服に着替えたテスラは、特に自分の現状を気にしている風でもない。

 多くの生徒はより良い成績を残そうと、入学許可が下りた時点で迷宮都市へ移住し、入学直後の試験の準備を行い始めるのが普通だ。

 けれどテスラはその期間も家の手伝いをして、試験の準備が全然できていない――そこで手を差し伸べるのが主人公と親友キャラというのがテスラと知り合うことになる流れである。

 キーラはそのシナリオ通りにテスラと知り合い、こうしてパーティを組むようになっていた。

 試験の際にパーティを組む事が出来る最大人数は四人。

 その情報をフォルカとテスラは知らないが、キーラが教えて一緒に行動する利点を説いている。

 こうする事で当日は混乱することなく一緒に行動するためだ。


「それで、今日はどうするの? 私達も外で戦闘訓練?」

「いや。ダンジョンに出る悪魔は今のレベルで十分対応できるし、大通りの『ハルトマンの武具店』で装備を作ってもらおう」

「ええ……装備って、お金と素材が必要なんでしょ? 大丈夫なの?」

「金策は覚えているって言っただろ?」


 キーラがそう言うと、フォルカは深くため息を吐いた。


「なに、どうしたのフォルカ君?」

「その金策がちょっとね」

「違法な事?」

「いや、ちゃんと合法さ。夜中に街を出て、レアモンスターを退治するだけ」


 迷宮都市アーウェイン周辺には夜にだけレアモンスター『金色野兎』が出現する時がある。

 その兎の体毛は一匹三百ゴールドという序盤では大金となり、レアドロップで『うさぎのしっぽ』という運にプラス補正がある効果の装飾品を落とす。

 この『うさぎのしっぽ』がまた高価で、序盤で複数入手できるアイテムなのに一個五百ゴールドの値段だった。

 問題なのは『金色野兎』のレベルは『15』と高いこと。ただその兎は街で買える『ニンジン』と『ネムリ薬』を混ぜたアイテムで眠らせる事が出来、その間に討伐するしかなかったが。

 あと、兎は沢山のゴールドを落としても、経験値的には物凄く不味い。

 序盤だけの金策モンスターである。


(魔獣を倒しても尻尾だけが残るっていうのは結構謎な光景だったけどな)


 魔獣も悪魔も、その肉体の殆どは魔力で構成されている。

 一番最初に戦った猿の悪魔『グシオン』だって、倒した後は黒い霧のような形状になって霧散した。

 あれと同じで、魔獣も倒せば死体が残らないのだが、ドロップ品だけは残るというのがこの世界では普通の光景だった。

 死体は消えるというのに尻尾は残るというのも変な光景だが、慣れるとそれが普通なんだと思えてくるのだから不思議だ。

 そうしてキーラとフォルカは序盤から金策に励み、さらに『うさぎのしっぽ』を売ったことで『一万四千ゴールド』という大金を手に入れていた。

 これは、テスラのような料理屋だと、数か月分の稼ぎとなる。それをたった数日で用意したことにテスラは驚いた。


「凄いのね、貴方って」

「ふふん。でも、ダンジョンに潜れるようになればもっと稼げるさ」

「……えぇ」


 あまりの大金に、喜びや驚きよりも、純粋にヒいてしまうテスラ。

 それは最初にこの稼ぎを教えたフォルカと同じ反応だった。

 人間、いきなり大金を目の前に出されると、それを使える事よりも、むしろこれからどうなるのだろうという不安が勝るものだ。

 テスラとフォルカの感性はこの世界だけではない、一般的な人間のソレ。

 けれどキーラにとっては、これもゲーム知識を生かした知略。

 今度はこの金を元に素材を買い漁り、現状では最高レベルの鍛冶師に最強の装備を用意してもらう。

 それで、クラス分け試験を無双するのだ。


「それじゃあ行こう、二人とも」

「うん」

「え、ええ」


 フォルカはそんなキーラに少し慣れたのか、これから何をすると告げられてもあまり驚かなかった。

 付き合いの短いテスラはキーラの行動に不信感を抱きつつも、これも試験で良い成績を収めるため、そして今は頼れる相手がキーラとフォルカ以外に居ない事もあり、おっかなびっくりとした様子でついて行く。


「あ、そういえばキーラ。知ってる?」

「ん?」


 『クライムリンク』を出て少し歩いたところで、テスラがキーラに声を掛けた。


「大通りの路地裏にある武器屋で最近、貴族がアルバイトを始めたんだって」

「貴族が?」

「うん。珍しいよね、貴族がアルバイトなんて」


 フォルカやテスラからすると、貴族というのはお金持ちで、アルバイトなんかしなくても実家から仕送りがあって、お金には困らないという印象だ。

 事実、試験の為に傭兵を雇っている者の多くは貴族で、キーラ達のように田舎から出てきた平民は簡素な武具を揃えただけで街の外へ訓練に出ているのが現実だった。

 そんな貴族の姿を知っているからか、お金持ちの貴族がアルバイトをするという事に驚き、テスラはその話題をキーラに振ったのだ。


「路地裏って言うと、ヴァーデル武器店か?」

「え? 違う違う。なまえ、なんだっけ?」

「あ、そっか」


 リーベ・ヴァーデルが武器店を開く事が出来るのは、二年に進んでからだったとキーラは思い出した。

 今はまだ、リーベは路地裏の武具店でその才能を腐らせているはずだ。

 鍛冶屋にはランクがあり、これからキーラ達が利用する『ハルトマンの武具店』はランク『4』。

 他の武具店はそれよりも低く、ランクが低いと作れる武器や防具の種類が少ないし、質も悪くなってしまう。

 しかし主人公の行動次第では、リーベが最短で二年目に開くことになる『ヴァーデル武具店』はその時点でランク『12』。

 しかもヒロインキャラである彼女にもイベントが用意されており、その進行状況によっては最高ランクの『25』まで成長するのだ。

 ただ、店を持っていない彼女は使える道具も最低レベルで、鍛冶ランクは『2』。

 ダンジョンへ潜ってイベント進行用の素材を集められない今はまだ、キーラはリーベの鍛冶技術に興味がなかった。


「ふうん」

「あれ、興味ない?」

「いや、見る目が無いなあ、って。あそこって、今はまだ設備がそんなに整っていないはずだし。そんなところで武器を頼んでも、良い成績は出せないだろ?」

「あー、確かに。貴族ってやっぱり、目利きは苦手なのかな?」

「そうなのかもしれないね」


 キーラ達はその貴族を少し小馬鹿にするような口調で話していた。

 お金持ちの貴族。

 お金次第で何でもできると思い込んでいる傲慢な貴族。

 平民の中には、悪い言い方だが、そうやって妬んでいる者も少なくはない。

 もちろん、キーラ達にその意図があったわけではない。ただ、平民出身の三人の周囲にはそう口にする者が居て、その考え方が当たり前になってしまっていただけの事。

 ただ馬鹿にしただけではなく、貴族も自分達と同じく欠点があると話題にしただけの事だ。


(でも、そんなイベントなんてあったかな? ただ話題に出ただけっぽいし、シナリオには関係無いみたいだけど)


 キーラはその事を深く考えなかった。

 そんな事よりも、数日後、現状の最強装備を手に無双して有名になる自分達の事しか考えられなかったからだ。

 ここで良い所を見せてテスラと仲良くなる。

 そしてなにより、レアアイテムの入手と、当日に飛び入りで参加するここアーウェイン領を含む『フラルタリア王国』の第四王女、王位継承権から最も遠い『人形姫』と呼ばれる女性と仲良くなる切っ掛けになるのだ。


「くふふ」


 未来を知っている。イベントを知っている。

 そのキーラからすると、この世界は本当に天国のようだった。

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