第7話 お嬢様、初めての契約


「これが本物の剣……」


 騎士学校の寮を出たセレスティアがまっすぐ向かった場所は、公言していたように武器屋だった。

 壁には沢山の武器が並び、セレスティアはそのうちの一本を手にとって眺めている。

 窓から差し込む日の光に当てたり、傾けて刃の光沢を確認したり、持ち上げて鋼の重さを感じたり。

 その様子は剣の具合を確かめているというよりも、初めて見た大きな刃物に興奮している子供のソレ。背後に控えるアスカは、そんな子供のような仕草を丸出しにしている主をいつもの無表情で眺め、店の主である中年の男性は良い金づるがやってきたと内心でほくそ笑む。


「やあやあ、貴族様。何か武器をお探しですか?」

「ええ。騎士学校へ入学することになったので、使う武器を探しに来たの」

「なるほど、なるほど。でしたらウチは最高ですよ。扱っている武器はどれも一級品。素人にも扱えるものを揃えておりますから」

「へえ?」


 持っていた飾り気のない長剣を壁に戻し、セレスティアは店主の言葉に相槌を打ちながら別の剣を手に取った。

 今度は銀や宝石で飾られた、実用性はあまりなさそうだが高価な剣だ。


「やや、お目が高い」

「うん?」


 セレスティアが素人ながらに思うまま刀身を眺めていると、店の奥から中年の男性がそう声を掛けてきた。

 この武器屋の店主だ。

 セレスティアの身なり、そしてメイドを連れているところから貴族、もしくは相応に身分の高い人物だと思い声を掛けたのだ。


「その剣はダンジョンの第三階層に住む悪魔が落とした剣ですぞ。第三階層まで潜れる探索者はそれほど多くないですからな、手に入れるのも難しい剣です」

「へえ」


 セレスティアは感心しながら、その剣の刀身をじっくりと見た。

 ダンジョンには『階層』と言われるいくつもの段階があり、その芯度が深くなればなるほど出現する悪魔も強力になっていく。

 それに比例して、深い階層で手に入る『魔道具』も希少性が高く、多くが強力であり、入手階層というのはそれだけでモノの値段、品質を証明するものでもあった。

 セレスティアはその話を聞いてから、もう一度手に持っている剣を見た。

 厚い両刃の剣だ。刀身だけでセレスティアの身長の半分以上はあるのに、そう簡単には砕けそうにない。

 柄には拳を防護する飾りが付いていて、攻防が同時に出来るような造り。セレスティアとアスカが本で見たことがある、スキアヴォーアと言われる剣の刃が広く大きくなった形状だ。

 何より印象に残るのは、その豪奢な飾り。柄の至る所に宝石が鏤められていて、それが窓から差し込む陽光を反射して煌びやかに輝いている。

 セレスティアが抱いた第一印象の通り、とても実戦には向いていないだろう。

 それは、実物の剣を見慣れていないセレスティアとアスカでも分かる事だった。

 ただ、宝石がふんだんに使われていて高価だから買わせたいという店主の意志が透けて見えるような気がして、セレスティアは苦笑しながら宝石剣を壁に戻した。


「私はなにぶん、初心者なので。まずは簡単に壊れない、壊れても替えが利く剣が良い」

「そうですかい? お嬢様はとてもお美しいのですから、その美しさに見合った良い剣を持つべきだと思いますがね」


 剣に美しさは関係ないだろうとセレスティアは思ったが、彼女も年頃の少女。

 美しいと言われると気分が良くなり、流石に宝石剣は無理だったが、それなりの値段がする剣の方へ足を向けてしまった。

 その後ろで、アスカがコホンと小さく咳をする。


「お嬢様。訓練用の剣なら騎士学校へ入学した際に支給されると聞いていますが」

「う、だ、だがな。中には自分用の武器を用意して入学する者も居るのだろう?」

「……それはそうですが」


 アスカは、セレスティアが生徒全員に支給される同一の剣ではなく、自分だけの剣を欲しているのだと察した。

 恐らく、ここで購入した剣が支給品の剣よりも粗悪だったとしても、セレスティアは文句を言わないだろう。

 彼女は『自分の剣』が欲しいのだから。

 察して、ここ六年間は我儘を言わなかった主人の小さなワガママも、少しくらいならいいかな、とも思ってしまう。

 こういうところはセレスティアに甘いアスカだった。


「初心者なら、まずは丈夫で扱いやすい物を選んだ方が良いよ?」


 アスカが一応釘を刺しておこうともう一度口を開き掛けたところで、そんなアスカの後ろから声が掛けられた。

 店内にはセレスティア達以外にも客が居たので油断していたが、背後まで近づかれるま

で気付かなかったことにアスカは驚く。


「……どちら様でしょうか?」

「ん? あ、ごめん。声を掛けない方が良かったかな?」


 声を掛けてきたのは、長身のアスカとそう変わらない――ちょっとだけ身長が低い濃い紫髪の女性だった。

 長い髪は頭の高い位置で一つに纏められ、前髪から覗く瞳の色は黄石色。

 朗らかに声を掛けてきたというのにその目付きは鋭く、セレスティアとアスカを値踏みしているような雰囲気……も一瞬で霧散する。


「いやあ。貴族様がこんな安物の武器屋に来ているから気になって」

「一言多いんだよっ、ベール」


 ベールと呼ばれた女性はペロっと可愛らしく舌を出すと、困ったように乱暴に頭を掻いた。

 それは、セレスティアやアスカが知る女性像――淑やかであろうとする姿とは真逆。

 粗野な印象を受ける仕草だったが、しかしそれが苦にはならない。このベールという女性が纏う雰囲気と仕草がよく合っている。

 そういう性格の女性なのだろうと、何故か一目で納得してしまう。

 セレスティア達が無言になったのをどう思ったのか、紫髪の女性はコホンと恥ずかしそうに咳払いをする。


「ああ、ごめんなさい。……もう少しお行儀良くした方が良かったかしら?」

「だなあ」


 最後の方は小声で、店主の方に聞いているベール。

 それが聞こえ、セレスティアは胸を張りながらベールの目を正面から見返した。


「初めまして、ベールさん。こちらこそ、返事もしないでごめんなさい」

「ぅえ!? いえ、いえ! お気になさらず」


 態度の悪さを注意されるかもと思っていたが、まさか謝罪の言葉を向けられるとは思っておらず、ベールは驚いた声を漏らした。

 その声が可笑しくて、武器屋の店主が堪えきれずに噴き出していたが、ベールがその足を勢いよく踏んで黙らせる。


「私はセレスティア。こっちはアスカ。今日からこの街に来たの」

「ああ、それはさっき――騎士学校に入学するんだとか……するそうで」

「ふふ。普段通りに喋って構わないわよ? 私も、丁寧な言葉遣いは苦手だから」

「は、はあ」

「……お嬢様?」


 ベールの緊張を解す為に言った言葉だったが、アスカが背後から低い声でセレスティアの名前を呼ぶ。

 その声に顔を向けないまま、セレスティアは少しだけ困った顔をした。

 それを見たベールが、なんとなく二人の関係を察する。お転婆なお嬢様と堅物の従者。

 大体間違っていない関係だった。


「先ほどもそうだったけど、貴族が謝罪の言葉を口にするのは驚かれるような事なのかしら?」

「へ?」


 ベールと武器屋の主人が同時に声を上げた。

 貴族というのは……その格によって上下はあるが、多くが傲慢だ。

 自分達は平民とは違う。自分達は偉い。自分達は上に立つ人間だ――実際に土地を収め、領民に土地を貸し与え、得た財で土地を肥やすのを仕事としているのだから平民よりも偉いというのも間違ってはいない。

 けれど、それを前面に出し過ぎる貴族が多く、その態度に辟易としている平民も少なくない。

 昔のセレスティアがそうだ。

 我儘で、領内の物は全部が思い通りになると思い込んでいる者。それが、平民が抱く貴族の姿。

 だから、その貴族が平民に謝罪の言葉を口にするというのは驚きで、ベールのような粗野な――男勝りな性格の女性でも面食らってしまうのだった。

 その様子が先ほどぶつかった青髪の少女と重なり、ついセレスティアは聞いてしまったのだ。


「え、っと。はあ、まあ」


 そう聞かれて、ベールと武器屋の店主は変な貴族だな、と思った。

 普通はそう言う事は聞かないし、しかも相手は貴族なのだ。

 妙な事を口にして機嫌を損ねるのもどうかと思い、黙ってしまう。

 先ほどベールが声を掛けたのも、セレスティアに武器を買ってもらうためだった。ベールはこの武器屋の地下に部屋を借りて生活をしている女性だ。

 店主と血の繋がりはなく、両親が知り合いという関係。

 だから時折、セレスティアのような武具に疎い客が現れると親切を装ってそれなりに高価な武器を勧めていた。


「そうなの……悪い事をしたら謝罪するのは当たり前だと思っていたけど」

「いえ。それは間違っていません、お嬢様」


 けれどアスカは、そんなセレスティアの行動を支持した。


「正しくない。間違っていると思ったのなら、ちゃんと謝罪するべきです。それは貴族としてではなく、人間として正しい行為だとアスカは思います」

「そうよね。まあ、驚かせてごめんなさいね、ベール」

「あ、はい」


 その再度の謝罪に、ベールの方は返事をしながら頭を下げてしまった。

 態度が示すように、ベールは少々男勝りな、勝ち気な女性だ。貴族相手にも物おじしないし、長く武器屋で生活して接客が板についているからか、相手がどの程度で不快に思う、怒りだす瞬間のようなものをなんとなくで察している。

 その経験から、怒られない程度に口を出してしまう事もあったが、今はその本来の姿は鳴りを潜め、ぼけっとした顔でセレスティアを見返してしまっていた。


「それで、ベールさん。貴女は武器に詳しいかしら?」

「あ、うん。はい。人並みより少しは?」

「ふふ、普段通りに喋っていいわよ? 私の事もセレスティアと呼んで?」

「それは、ちょっと……」

「そう?」


 相手は貴族、しかも初対面の相手の名前を呼ぶのもはばかられて、ベールは口元を引きつらせた。

 いつもは強気な口調で相手を驚かせる彼女だが、今は貴族らしからぬ態度のセレスティアに驚かされっ放しだ。

 そんなベールの姿に、武器屋の店主はまたくつくつと低い声で笑う。


「けれど、武器屋って本当に色々な武器があるのね」

「はい――ああ。うん。えっと、武器に不慣れなら剣を選ぶのが一番無難かな。扱いやすいし」


 また慣れない敬語で話そうとしたところで、セレスティアがベールの瞳を下から覗き込むと、ベールは困ったように普段のような喋り方をした。

 それが引き攣っているように感じて、アスカはある意味で昔のような我儘さを発揮する主人の姿に僅かだが口元を綻ばせる。

 その姿が、とても楽しそうに見えたからだ。


「槍とか弓はどうしても慣れが必要になるけど、剣だったら持って振るだけでもある程度の効果はあるし、盾も持てば身を守れるから」

「うん、そうね。だったらやっぱり、最初は剣を使った方が良いかしら?」

「……でも、お金に糸目をつけないなら、こんな路地裏にある武器屋よりも大通りにある大きな店の方が品揃えはいいよ?」

「って、おい!? そこで日和るのかい!?」

「だ、だって――なんか、安物の剣を売るのって気が引けるしっ」

「安物言うなぃ!? これでもそれなりの品揃えを維持してるんだぞ、うちはっ」


 それは、新興の迷宮都市に店を出しているのだからセレスティアも理解していた。

 少なくとも、セレスティアとアスカが屋敷に訪ねてきた旅商人が揃えていた武具よりもはるかに優れていると素人目にも分かるほど。

 そして、セレスティアはベールのその言葉に首を横へ振って応える。


「そんな事はないわ。立地条件なんて関係ない。良い品物は良いお店に揃う物だと思うの。それに私、このお店の雰囲気、結構好きよ?」

「へ、へへ。そうですか?」

「顔っ。だらしないなあ……」


 セレスティアが店の雰囲気を誉めると、店主の顔がだらしなく緩んだ。それを見てベールが呆れた声を出す。


「こういう武器は、全部が迷宮で手に入った物なの?」

「いいえ。他の街で売られているようなものもありますよ。そういう物は鍛冶師が打って作ったものですな」

「へえ。鍛冶屋もあるのね」

「ここの地下にありますぜ。ちなみに、飾られていない剣を打ったのはこいつでさあ」


 そう言って武器屋の店主はベールに親指を向けた。

 そのベールはまさか鍛冶の話題になるとは思わず、少し照れている。


「貴女が打っているの!?」

「えっと、はい」

「凄いわね。鍛冶というのはとても大変なのでしょう?」


 セレスティアが読んだ本の中には、簡易ながら鍛冶の方法も記されたものもあった。

 炉に火をくべて鉄を溶かし、溶かした鉄を叩いて形にし、刃を研ぐ。

 言葉にするのは簡単だが、鉄を溶かすほどの熱が籠った部屋で鉄を叩き続ける事の辛さは、経験したことのないセレスティアでも物凄く疲れる事だと理解できていた。


「え、っと。けっこう?」

「まあ、バクバクとメシを食っても太らない程度には大変ですぜ、お嬢様」

「…………」


 ベールは無言で武器屋の店主の足を踏みつけようとしたが、今度は避けられてしまう。

 なんだかとても仲の良い親子のように思えて、セレスティアは口元を綻ばせた。


「ねえ、私にも鍛冶ってできるかしら?」

「お嬢様!?」

「だって、目の前に鍛冶師が居るのよ? 聞くくらいいいじゃない」

「はは――でも、おじょ……セレスティア、さん。には少し難しいかと」


 ベールもお嬢様と呼ぼうとしたところで、セレスティアが彼女の瞳をまた正面から見返す。

 その無言の圧力に負け、ベールはセレスティアの名前をたどたどしく呼んだ。

 それに満足して、セレスティアは言葉を続ける。


「やっぱり、熟練の技とかが必要なのね」

「それもあるけど……めちゃくちゃ暑いし。それに時間もかかるから」

「こいつは両親も鍛冶屋でね。五歳の頃からずっと工房が寝床みたいなもんでさ」

「まあ」

「いや、褒められている気がしないんだけど……」

「確かに、女っ気のない生活だと思うよ、俺は」


 また店主の足を踏もうとして避けられ、しかし今度はすぐにその無防備なわき腹に左拳を打ち込んだ。

 ちゃんと手加減してだったので、店主の方はケタケタと笑っている。


「ねえ、手を見せてもらえる?」

「手?」


 セレスティアに言われて、ベールは右手を差し出した。

 手の平が厚くなり、爪には黒い炭のような汚れ。店主の言葉通り、長年金槌を振り、鉄の熱気に晒されてきた職人の手だった。

 セレスティアはその手の平を眺めながら、ほう、と息を吐く。


「えっと、汚い手でごめんなさい」

「なぜ謝るの? とても大きな手だわ。職人の手のひら。私も木剣を振ってきたけど、こんなに厚くない……ベール、貴女は本当に頑張ったのね」


 セレスティアはニコニコと笑いながらベールの手を観察し、当のベールは困ったように、そして擽ったそうにしてアスカを見て助けを求めた。


「お嬢様。初対面の方の手の平をまじまじと見るのは、礼儀に欠けるかと」

「ぅ、そうね。ごめんなさい、ベール」

「いや、大丈夫。うん」


 右手を開放されたベールは、その手を庇うように胸に抱いた。

 女性らしくないとよく揶揄われる色気の無いツナギ姿だったが、その仕草は年相応の女性らしさがあり、武器屋の店主が隣で息を吐く。


「いつもそんな仕草が出来りゃ、それなりに男が寄ってくるだろうに」

「うるさいなっ」


 小声だったのでセレスティアには聞こえなかったが、普段から耳を澄ませているアスカは聞き逃さなかった。

 まあ、口に出して告げる内容でもないので黙っていたが。


「えっと……鍛冶に興味があるなら、鍜治場を見てみる?」

「いいの?」

「道具に触らないなら」


 普段は絶対に言わない事だったが、貴族らしからぬセレスティアの雰囲気と女性らしくないとコンプレックスになっていた手の平を誉められたことで、ベールはセレスティアに気を許していた。

 自分の生活の場である地下の鍜治場にセレスティアとアスカを案内する事に、不思議と抵抗はなかった。


「まあ!」

「お嬢様、はしゃぎ過ぎです」


 そう言うアスカだったが、彼女も無表情はそのままに地下の鍜治場、その壁に掛けられている道具に興味津々といった風だった。

 セレスティアでもめったに見ないくらい瞳を輝かせているのが、今日会ったばかりのベールにも分かるほどなのだから。

 そんな二人の様子を微笑ましく思いながら、ベールは鍜治場に足を踏み入れた。

 四方の壁は石造りで、高い位置に換気用の窓。使い込まれた炉と、壁に掛けられた金槌などの道具。

 炉に火が入っていないからか殺風景にも見える鍜治場だが、どこか生活感がある雰囲気だ。

 奥にはドアが一枚あり、その先がベールの私室なのだという。


「あの金床の前で鉄を打って武器を作っているのね!」

「うん。私はもっぱら武器専門だけど、街には防具とか装飾品を手造りにしている職人もたくさん居るよ」

「凄いわ! 出来てまだ三年の街に、そんなにも沢山の職人が集まっているなんて!」

「そんなに大げさな……迷宮都市なんだから、職人なんかほっといても集まってくるよ。メルカルヴァの王都に比べたら、まだまだ数も質もイマイチだし」

「メルカルヴァの王都はもっと凄いの?」

「そりゃあ、もう。騎士の国っていうくらいだから武器――特に剣とか槍の製造が盛んでね。ダンジョンで採れる素材の加工方法なんて、毎月のように新しい技術が見付かるくらいだ」

「そう。リーベはメルカルヴァの王都出身なのね?」

「小さい武器屋だよ。んで、アーウェイン領にも新しいダンジョンが見付かったからって、おじさんに付いてきたの」


 リーベはそう言いながら、使い込まれて汚れが目立つ炉の表面を指でなぞった。扱いが雑というわけではない。

 使い込まれて汚れが染みついた、彼女が今日まで努力してきた証だ。


「ヴァーデル武器店アーウェイン支部! ってのを作るつもりだったけど、いやはや。土地を借りるのも難しいのが現実さ」

「そうなの?」

「うん。考える事はどこも同じでね。ダンジョンで採れる良質の素材を加工して売るのが一番儲けが出るんだけど、私にはダンジョンに潜る知り合いが居なくて」


 迷宮都市の武具店に並ぶ装備の殆どはダンジョンの素材で作られている。

 それは、地上の鉱山などで採れる鉄などよりも遥かに良質で、探索者と契約する事が出来ればそれを安価で入手する事が出来る。

 ダンジョンの素材が良質な理由は、地上でも夜になれば見る事が出来る淡い光――魔力を多く含んでいるからだ。

 魔力を含んだ鉄や鋼、銀は悪魔に対して効果的で、ダンジョンの深い階層を探索する際には必須となってくる。

 運が良ければ悪魔が落とす事もあるが、そういう事は稀。深部探索者の多くはダンジョン内で素材を入手し、契約した武具店に卸して装備に加工してもらう。

 そして余った分を武具屋が買い取って店に並べるというのが、迷宮都市における流通の流れだった。

 そうなる場合、探索者は大手の武具屋と契約し、武具屋は将来有望な探索者を見つけては交渉していく。

 リーベのように若く、後ろ盾のない武具屋は探索者と契約する事が出来ず、地上の鉄などを加工して店頭に並べるしかなかった。

 それでも迷宮都市の一角に店を構えている辺り、リーベの加工技術も相当なのだが、やはり若い女性というだけで避けられてしまうのはしょうがないのだろう。


「鍛冶組合は若手に厳しいからね」

「それは不公平だわ。才能があるなら、それを生かせる場を用意するのが管理者の仕事なのに」

「ありがと、セレスティア。でも、才能の有無なんてまだ分からないさ。取り敢えず、今はこうやって自分の工房を持てただけで十分さ」


 それにはセレスティアが納得できなかった。

 けれど、リーベが言う通り、リーベ自身に才能があるかどうかは分からない。それを図るために鍛冶組合とやらは工房を用意したのだろうと、セレスティアは思う。

 しかし、肝心の素材が手に入らないのであれば、才能の有無を確かめることも出来ないとも思うのだ。

 実際には、探索者の信頼を得て契約するというのも鍛冶組合が若手に求める事の一つなのだが。

 工房で鉄を打っているだけでいいのとは違う。ちゃんと探索者や客と交流を深める事も昨今の鍛冶師に求められる事の一つなのだ。


「ねえ、リーベ。その契約というのは、探索者としか結べないの?」

「ん?」

「例えば騎士とか。貴族と契約するというのは?」

「出来るよ。相手が犯罪者じゃない限り、腕っぷしに自身があれば。けど、探索者以上に騎士なんて近寄りがたいし、貴族はこんな辺鄙な武具屋に近寄ったりしないよ」


 カラカラと笑いながらリーベが言うと、セレスティアは小さく右手を上げた。


「私は貴族だけど、来週から騎士学校に入るわ」

「お嬢様。さすがにその場の感情で行動するのはどうかと思うのですが」


 流石にそれにはアスカが待ったをかけた。

 リーベも一瞬驚いたが、しかしアスカの判断が正しいと彼女自身も思う。

 身なりこそ少年のような軽装だが、従者を連れているのだからそれなりの家格を持つ貴族だとリーベでも分かる。

 そんな貴族が将来性の分からない鍛冶屋と契約を結ぶなど、無意味どころか悪手でしかない。

 下手をすれば共倒れだ。

 貴族は家格に傷がつくことを何よりも恐れる。故に、安定を取って利益になる選択を選び続けなければならない。

 何故なら、貴族は自分一人ではなく領内の民の人生を預かっている存在だから。

 その民の人生にまで影響する……というほどでもないのかもしれないが、それでも小さな失敗がどれだけ大きな波紋を生むかは誰にも分からない。

 もしかしたら本当に、この選択がセレスティアの将来に陰を落とす可能性すらある。

 それを心配するのは当然だった。


「あら、アスカ。これは義理や人情で彼女を無償で支援するわけではないわよ?」

「ですが……」

「考えてみなさい。まだ誰とも契約していない鍛冶師が目の前に居るのよ? しかも、鍛冶組合とやらから工房を預けられる腕前の。なら、彼女に素材を提供し、私達がその武器を使って店を宣伝する。そうする事で店の人気は高まり、彼女の腕前は上がって私達の武器はより良くなっていく……素敵じゃない?」

「多少というか、過度に希望的な思考が多いですが――本当の目的は?」

「今なら私達専属の武器屋になってくれて、私とアスカだけの武器を作ってくれそうだから……」


 最後の理由は聞かなきゃよかったな、とリーベは思った。

 なんとも俗っぽい。貴族というよりも、子供のような考えだ。

 けど。


「専属っていうのは無理だよ。上の店に武器を卸さないといけないし」

「あ、そっか」

「それに、彼女の才能が本物かどうかもわかりません、お嬢様」

「それは……騎士学校っていうのは、入学のすぐ後にダンジョンに潜って腕試しをするんだろう? 毎年、あと二、三日もしたら他の武具屋も新入生に武器を売り込み始める時期だし」

「ええ、そうね。あと二週間くらいかしら」

「それまでに私がアンタ達の武器を用意するよ。揃っている素材で作れる、最高のやつを。その武器でダンジョンに潜って、私の腕前を確かめてくれたらいい」

「ですって、アスカ」

「それでしたら問題ありません。契約するかどうかは、試験の後に」


 アスカもしっかりしているようで、しかし同年代の少女だ。

 自分専用の武器という響きには心が惹かれてしまう。結局、セレスティアの希望通りに入学後のダンジョン試験ではリーベが用意した武器を使うことになった。

 ちなみに、その試験とは別に筆記の試験も行われるのだが、その点数で騎士学校第一学年時のクラス分けがなされたりするというのは事前の案内でセレスティアとアスカは知っていた。


「ちなみに、武器は何を使うんだい?」

「私は剣。アスカは刀よ」

「カタナ!? また珍しいもんを……でも大丈夫。ちゃんと私、刀の打ち方も勉強しているから」

「ですって、アスカ」

「刀を打つ事が出来ても、実践で使えるものが仕上がるかは別だと思いますが」

「もう。変なところで意地悪なんだから……」


 一週間後、セレスティアとアスカはアーウェイン騎士学校へ正式に入学する。

 その腰には、まだ自分達の武器はない。

 入学する多くの生徒達は自分だけの武器を手にしていたが、二人に不安は無い。

 そして、物語(本編)が始まるのだった。

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