5

「ねえ、やっぱり帰ろうよ」


 ドアの外から女の子の声が聞こえた。アオイはペンをぴたっと止める。


「ここまで来て何びびってんの」


「だって……」


「幽霊なんているわけないでしょ。何なら、ノックしようか? きっと誰もいないって」


 宣言どおり、ノックの音が響いた。アオイが「どうぞ」と返事をすると、二つの悲鳴が重なって聞こえた。


「だから帰ろうって言ったのに」


「いやいや、いまのは生きた人間だって。たぶん」


「嘘。だってほら、電気も点いてないんだよ」


「あの……生きてますよ」


 アオイが答えると、ドアの外が一瞬静まり返った。


「ほら、中の人もそう言ってるし。入ろ? 失礼しまーす」


 ドアが開くと二人の女子生徒が入ってきた。身長にけっこう開きがある。先に入ってきた方が小柄で、後ろに隠れている女の子の頭が十センチほど上に飛び出していた。アオイはすばやく二人の足元に目をやり、スリッパの色を確認する。紺色。自分と同じ一年生だ。


「えっと、一年だよね」小柄な方が言った。


「ええ」


「あの……何でこんなとこいるんですか」背が高い方が訊いた。同学年と分かっているのに敬語が抜けないのは癖なのだろうか。眼鏡の奥で、黒目がちな瞳がきょろきょろと泳いでいた。


 アオイは闖入者たちに事情を説明した。その間に、小柄な方が照明のスイッチを入れる。部屋がぱっと明るくなって、二人がアオイの説明に納得した様子がよく伺えた。


「そっか。じゃあ、幽霊の正体も分かったところで、あたし帰る」


「そんな」眼鏡の方が言う。


「幽霊じゃないんだから平気でしょ」


「でも初対面だし……」


「あんただって、マックじゃ注文くらいできるでしょ?」


「でもこの人、バイザーつけてないよ」


「知るか。帰る」 


 小柄な方は宣言どおり、眼鏡の方の静止を振り切って部屋を後にした。ガタッとドアが閉じて、薄暗い部屋の中に眼鏡の少女とアオイが残された。


「この部屋には何の用で?」


 アオイは水を向けた。眼鏡の少女はしばらくもじもじして、髪を触ったり、視線を泳がせていたが、やがて決心がついたようにして言った。


「わたし、小説を書いてきたんです」

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