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 うなぎの寝床とはきっとこういう部屋のことを言うのだろう。


 アオイがドアを開けると、そこには一般教室の半分ほどの面積の小部屋があった。「半分」というのはあくまで数字の上での話であって、実際の印象はさらに狭い。奥に細長いスペースを、壁際に並んだスチール製の棚や段ボール箱がさらに圧迫し、部屋の中央に並んだ二列の長机が部屋の印象をさらに狭苦しいものにしていた。


 あの事件から九ヶ月経ったいまでも、放課後にこの部屋を使っている部活はない。飛び降りた生徒が根城にしていた部屋ということで敬遠されているのかもしれない。


 アオイがこの部屋に出入りするようになったのは、やはり入学間もない頃だった。文芸部の顧問だった教師に許可をもらい、鍵を預かるようになった。文芸同好会。そういう建前になっているが、部員はアオイとその友人らの三人しかいない。それも一人は半ば登校拒否の状態で、もう一人は気まぐれでめったに姿を現さない有様だ。最後の一人であるアオイだけがこうして律儀に部室に通いつめている。


 アオイは部屋に入ると、体をぶるっと震わせた。なんと言っても、非公式の部活だ。予算は下りないし、ストーブもない。照明くらいは点けてもいいと言われているものの、アオイは手元が暗くなってきたら帰るようにしていた。パイプ椅子を引いて腰を下ろすと、ジョイントの部分が軋んでギギという音がした。


 幽霊か。


 その正体が自分たちだと知ったらみんな何と言うだろう。


 あの噂はきっと、自分たちが立てる物音を聞いた生徒が面白半分に言いふらしはじめたのだろう。使われていないはずの部屋。自殺した生徒。煙が立つには十分すぎる条件だ。みんないつだって火事を見たがっている。自ら火をつけるのが好きな人間だって少なくない。


 アオイは創作用のノートを広げた。この時期は日の入りが早いから、活動時間もその分短くなる。それまでに一文字でも多く書き進めておきたかった。もうすぐ完成する短編小説の続きを。

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